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映画『ブラックブック』


                                                           
F・J記

この“愛”は“裏切り”から始まる――
過酷な運命に翻弄されながらも、戦火の中でこそひときわ白く美しく輝く女スパイ――
彼女が愛してしまったのは敵であるナチ将校だった――。

1944年、第二次大戦ドイツ占領下のオランダ、ハーグ。ユダヤ人のかつて歌手だったラヘル・シュタインは、何者かの“裏切り”によって文字通り九死に一生を得、エリス・デ・フリースと名を変え、レジスタンスに参加する。そこで美貌と歌声を武器にスパイとして、ナチス親衛隊(SS)治安諜報部(SD)ルートヴィヒ・ムンツェ大尉に近づいてゆく。だが欺くべき彼の優しさに触れ、彼女は次第に彼を愛してしまう。この“愛”は仲間からの、仲間への、あるいは、仲間による“裏切り”なのか?“愛”と欲望と謎が渦巻く中で、ラヘル/エリスの選択はいかに・・・。

 鬼才ポール・バーホーベン監督が、自身の戦争体験、30年の構想を経て23年ぶりに母国オランダで撮った渾身の一作である。キャッチコピーは「〈愛と裏切りの〉ロードショー」。しかし、“愛”“裏切り”に加えて“自由”も隠されたテーマではないか。
まず、こんな映画を制作・製作できること自体、オランダならではの高い「表現の“自由”」を謳歌している(なお、オランダ王国憲法15条〔自由〕、7条〔表現〕)。言語もオランダ語、ドイツ語、英語、ヘブライ語が飛び交う。ロシア人役まで英語を喋るハリウッド映画ならば、こうはいかない。また、銃撃シーンやベッドシーンは、同監督『ロボコップ』『トータルリコール』『氷の微笑』『インビジブル』など以上に、エロティシズムとバイオレンスに満ち満ちている。オランダの「エロ・グロ・ナンセンス」と言ってしまってよいかもしれない(ちなみに『氷の微笑2』と同監督『ショーガール』はラジー賞をもらってしまった)。もっとも、時に、日本の「エロ・グロ・ナンセンス」がまず治安維持法の取り締まりの対象とされたというのだから少し真剣に向き合わざるを得ない(なお、青少年有害社会環境対策基本法案の問題も)。そして、本作は歴史の光と闇を描く、史実に基づいた物語である。ただ、真剣に身構えすぎて歴史・社会派映画として観るより、やはり基本的に娯楽映画として観たほうが、長時間の大作なので肩が凝らないかもしれない。

役どころと役者に目を移そう。ヒロインのラヘル/エリスは“自由”奔放である。機転のきいたというか思いつきというか、行動が軽やかである。哀しみは振り切っている。とくに『嘆きの天使』(1930年)のローラを即興で歌う姿は、往年の名女優マレーネ・ディートリヒを彷彿とさせる。また、エリスの“自由”なスパイ活動は、第一次大戦時の女二重スパイであったマタ・ハリも想起させる。作中でも『マタ・ハリ』(1931年)で演じた女優グレタ・ガルボが代名詞として挙がる(『間諜X27』〔同年〕で演じたマレーネの名ではなく)。マレーネやグレタら大女優と比べるのは酷だが、本作で3度目のオランダ映画祭の最優秀主演女優賞に輝いたカリス・ファン・ハウテンは、流暢なドイツ語も操り、軽快かつ明朗な演技・歌声にも魅せられる。
ムンツェ大尉を演ずるセバスティアン・コッホも世界に活躍を広げてきた。本作の保安諜報部(SD:Sicherheitsdienst)役と関連して記憶に新しいのが、先日のアカデミー外国語映画賞『善き人のためのソナタ』での盗聴される役どころである(なお、盗聴するシュタージ〔Staatssicherheit〕大尉を演じたウルリヒ・ミューエも、『スパイ・ゾルゲ』で元SDの駐日大使オイゲン・オット少将を演じていた)。もっとも、セバスティアンは、SDなのに本作でもまたしても盗聴される役どころである。『オペレーション・ワルキューレ』でクラウス・フォン・シュタウフェンベルク国防軍大佐を演じたときといい、銃殺シーンに縁がある男でもある。笑い方が『ホロコースト』(2002年)でアウシュヴィッツ所長ルドルフ・ヘスSS中佐を演じたときと同じなのも気になる。
 ともかくも役どころのエリスいやラヘルとムンツェは“裏切り”から真に“愛”しあうことになる。なお、役者のカリスとセバスティアンの二人も撮影後の実生活で“愛”しあっているという。“裏切り”のないことを願いたい。

映画の本筋へ戻ろう。本作では“自由”(解放、Liberty)のために抵抗運動(Resistance, Widerstandsbewegung, Verzetsbeweging)、抵抗権という“自由”を行使する者たちを描く。しかし、『白バラの祈り』とは一味違う。史実に基づきレジスタンスのなかにも“裏切り”があったことに光を当てる。監督は、レジスタンスの視点から撮るが、彼らを英雄視せず「善き人」づらした悪役の“裏切り”や騙し合いを見せる。「良き法律家は悪しき隣人」という諺があるのは、法学に関わっている者としては心外だが、本作では法律家も隣人も疑いたい。さらに、(『ヒトラー』〔2004年〕で〔かつて人体実験も実施した〕SS軍医エルンスト・ギュンター・シェンクと同様に高潔にクリスティアン・ベルケルが演ずる)SS将軍コイトナーも英国軍法153条を形式的に盾にとる“裏切り”シーンがある。その結果、理不尽な執行へ至る。これは、同法や上官の命令という「制定法の不法」と憲法的価値ゆえに抗命する“自由”という「制定法を超える法」の問題である。憲法学的にも少なくとも権力担当者への疑いは常に意識すべきだろう

オランダの解放後、ラヘル/エリスは「自由になってからが、恐ろしい」という旨、呟く。やや別の文脈だが、連想されるのは、帝政崩壊後のワイマール時代、権威から解放され“自由”になった個人が、産業化・機械化する大都市の孤独の中で「自由からの逃走」を始め、ナチズムの全体主義へと至った「恐ろしさ」である。作中でも、解放されたオランダ人が“自由”を吐き出して闊歩し、利敵協力(Collaboration, Kollaboration, Collaboratie)した者に対して復讐する様子を生々しく描く。ここで重要なのは、区別せずに用いてきた“自由”には、「人欲の解放」(拘束の欠如としての感性的自由)と「規範創造的な自由」(理性的な自己決定)がある(丸山真男、樋口陽一)。後者のいう、他律ではなく自律的な個人の“自由”が憲法の想定する“自由”と考える。

報復の連鎖の物語は続く。このテーマは『ミュンヘン』のほうが重く描いているが、本作も最後のシーンのメッセージ性は高い。冒頭でも示された1956年10月の、エジプトとイスラエル・英仏とのスエズ戦争のワンカットである。ラヘルの家族“愛”やユダヤ人一偏等では終わらない。もっとも、手塚治虫の晩作『アドルフに告ぐ』(そういえばアドルフ・カウフマンもSD中尉だった)のほどは中東に目を向けていない。とはいえ、本作は『シンドラーのリスト』や『戦場のピアニスト』と並ぶことを売り文句としているが、これらと比べれば、この最後のワンシーン・ワンカットの意義は大きい(松浦美奈の字幕もまずまずに)。欧州の中東問題への関心は高い。本作が注目を浴びる理由には、アメリカの“裏切り”(大量破壊兵器でっちあげ、対テロ戦争「不朽の“自由”」作戦とも無関係)に端を発するイラク戦争と治安悪化の背景もあるだろう。独裁体制(国家)における“自由/不自由”と、解放後(国家なき状態)の“自由/不自由”といずれがよいか、判断は難しい。そもそも戦争へ突き進む国家へとさせないことが重要だろう。なお、今年は本作の舞台で開かれた第2回ハーグ平和会議から100周年にあたる。

 水島治郎(政治学)によれば、17世紀から現代に至るオランダ社会は、ユダヤ人など少数派への「寛容」によって特徴づけられるが、近年、「迫害」もあった負の過去の見直しが進められているという。ユダヤ人問題のみでなく、大戦後、植民地インドネシアの抵抗運動を弾圧した軍事行動について、60年後、オランダ外相は初めて遺憾の意を表明した。ドイツによる被害国オランダが加害国の面を公的に認めたのである。
現在、ドイツも過去と向き合い続けるが、日本はどう歩むのか(インドネシアに関し『Mardiyem』)。

 題名でもある「ブラックブック」のことを補足しておこう。名前を書かれた人間は死ぬ『デスノート』のようなキワモノではない。ユダヤ人や“裏切り”者の名前を記した黒革(?)の手帖である。その意味では名前を書かれた人間は死んでしまっただろう。実在したというが現在は行方不明の一冊である。本作は、その闇の記憶を吐き出したといえる。「ブラックブック」と並んで、美味しそうなプーランのチョコレートも、本作のキーアイテムである。もっとも、ビターな「ブラックチョコレート」という題であったり、「食欲の解放」をしていたりすればラヘル/エリスの運命は変わっていたかも・・・というハイライトはご自身でご覧いただきたい。是非は別としてラヘルの自分を律して見失わなかった意思(意志)、「規範創造的な自由」が、小さな行動にも映っている作品である。

【原題】 "Zwartboek"
【製作】 オランダ・ドイツ・イギリス・ベルギー合作、2006年
【監督】 ポール・バーホーベン
【出演】 カリス・ファン・ハウテン、セバスティアン・コッホほか
【上映】 2007年3月24日より、新宿テアトルタイムズスクエアほか公開

 
                                                           

 

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