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映画『赤西蠣太』


                              
F・J記

仙台伊達藩の江戸屋敷に着任した下級武士・赤西蠣太は、うぶで醜い男。しかし、実は江戸屋敷でのお家騒動を探る間者(スパイ)であった。集めた密書を仙台へ届けることになるが、黙って江戸を出ては怪しまれてしまう。同じく間者の青鮫鱒次郎が考えたのは、屋敷一の美女、奥女中・小波にわざと失恋し、そのせいで江戸を逃げるひと芝居をうつ、という筋書きだった。
聴きどころは、ショパンではじまり、ワーグナーでおわる、二つ。観どころも、二つ。ひとつは、赤西蠣太(片岡千恵蔵)が間者として、上級武士・原田甲斐(片岡千恵蔵、二役)らを、いかに欺くか、という展開。もうひとつは、蠣太の偽りの恋文をめぐって、小波が蠣太の外見にとらわれず、本当に心を寄せていく展開。両者に共通するキーワードは「騙」「疑」だろう。

監督である伊丹万作が、「元来私は一個の芸術家としてはいかなる団体にも所属しないことを理想としているものである(生活を維持するための所属や、生活権擁護のための組合は別である)」ことから、個人の意見を明らかにしたものを多少長いが、引用する。 
「だますものとだまされるものとがそろわなければ戦争は起らないということになると、戦争の責任もまた(たとえ軽重の差はあるにしても)当然両方にあるものと考えるほかはないのである。
そしてだまされたものの罪は、ただ単にだまされたという事実そのものの中にあるのではなく、あんなにも雑作なくだまされるほど批判力を失い、思考力を失い、信念を失い、家畜的な盲従に自己の一切をゆだねるようになつてしまつた国民全体の文化的無気力、無自覚、無反省、無責任などが悪の本体なのである。
このことは、過去の日本が、外国の力なしには封建制度も鎖国制度も独力で打破することができなかつた事実、個人の基本的人権さえも自力でつかみ得なかつた事実とまつたくその本質を等しくするものである。〔・・・〕
それは少なくとも個人の尊厳の冒?、すなわち自我の放棄であり人間性への裏切りである。〔・・・〕
『だまされていた』といつて平気でいられる国民なら、おそらく今後も何度でもだまされるだろう。いや、現在でもすでに別のうそによつてだまされ始めているにちがいないのである」(「戦争責任者の問題」映画春秋1946年8月号)。

なお、伊丹万作の娘・ゆかりは、その夫・大江健三郎とのデートのときも、父にならい「だまされない」ようにしていたそうである(憲法記念講演会2005年5月3日)。

【製作年】 1936年
【原作】  志賀直哉
【監督】  伊丹万作
【出演】   片岡千恵蔵(二役)、毛利峯子、原健作ほか


                              

 

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