教員が集う 中高生のための映像教室 『憲法を観る』
 
 
トップページ 憲法教育を考える 震災で生き残った一本松と地方自治
 
震災で生き残った一本松と地方自治
2011年9月19日
白藤博行さん(専修大学法学部教授)
 

 2011年8月も半ば、かねて東日本大震災にかかる法律問題を語るからにはぜひとも被災地を訪ねたいと考えていたところ、遅まきながら仙台、気仙沼、そして陸前高田などを訪問することができた。3・11の震災後5ヶ月以上が経過し、瓦礫こそ多少整理されているとはいえ、津浪災害の傷跡は深く寂寞とした「まち」景色には、鼓動が止まる思いがした。7万本の松並木が流され、たった1本残った陸前高田の松が、震災の絶望を乗り越え復興への希望のシンボルとなるには、まだまだ途方もない我慢の時間と、多くの人々の知恵と人間力が必要であると実感した。ほんの少し前まで地元の人々の生活の場であったはずの水没地の上に立ち竦み、あらためてこの「まち」の復興と地方自治のこれからを考えさせられた。
  わたしが地方自治に関心を持ったのは、「貧困」が蔓延する身の回りに苛立っていた、今からもう40年以上も前の高校生の頃である。そして地方自治法を勉強したいと思う決定的な契機となったのは、自宅(三重県津市)から大学(名古屋)までの通学途中で四日市公害を目の当たりにしたことである。窓を締め切った電車の中にも侵入する異臭、晴れの日も空を覆う黒い煙。かつて「希望の灯」と小学校校歌で歌われた石油コンビナートの煙突の焔が、子どもたちの命や健康を奪い、老人の息を止める元凶となった。幼児や老人の死あるいは彼らを苦しめる喘息の病について、毎日のように報道された。しかし、国はもちろん、住民の命や健康を守る最後の砦であるはずの四日市市という自治体がこれを止められない・住民を護れないことに、強い憤りを感じた。そんなとき、故室井力先生が「公害と行政法」をテーマにゼミナールを開講しており、迷わず入門した。
  憲法学の教科書や講義で、憲法が地方自治を保障していることくらいは知っていたが、それ以上でも以下でもなかった。少し勉強を始めると、憲法と地方自治法の具体の規律内容との間の乖離、さらに法の仕組みと地方自治の実態との間の乖離には、驚かされることばかりであった。そして、公害で苦しむ住民を自治体がなぜ守護し救えないのか、の問いに対する答えも、すぐに識ることになる。わが国が高度経済成長を遂げる1960年代、その副作用として多発する公害問題。国は、これを放置できずに公害対策基本法を制定し、公害対策の諸立法(大気汚染防止法、水質汚濁防止法など)の整備を余儀なくされるが、そこには大きな陥穽があった。そもそも制定当時の公害対策基本法の前文には、いわゆる経済発展調和条項といわれる規定が存在し、公害対策の諸立法は、わが国の経済発展を阻害しない限りの規制しか許されないことになっていた。しかも、この不十分極まりない公害対策立法は、自治体条例による公害規制にも大きな影を落とすことになる。すなわち、憲法が「法律の範囲内で」(94条)の条例制定権を保障し、これを受けた地方自治法が「法令に違反しない限り」の条例制定権を具体化していることを根拠に、自治体の条例制定権の範囲を極めて狭く解する法律と条例との関係論、いわゆる「法令先占論」が席巻し、住民の命や健康を守護しきれない法律であっても、これよりも厳しい条例規制は違法であるとの解釈がまかり通り、住民の命と健康は経済発展のための犠牲とされた。多くの法律家がこの法律と条例の問題に手をこまねいているとき、こと公害行政領域においては、条例が不十分な法律を補完し住民の命や健康を守ろうとするにもかかわらず、これを違法とするような法律があるとすれば、そのような法律こそ憲法違反であるといった、故室井先生の地方自治の憲法保障論は異彩を放ったと言ってよい。憲法と地方自治の重要性を識った最初の経験である。
  ここで地方自治の法律問題についてあれこれ論じる暇はないが、一言だけ言及したい。近時の「地方分権改革」論や「地域主権改革」論において、「住民に身近な行政」は基礎(的)自治体に優先的に配分されるべきであるといわれる。基礎(的)自治体が住民に身近な行政担当団体として住民のことを最もよく知ることができ最適の対応ができる、というのがその理由とされる。しかし、実際には、財政的誘導などで半強制的に実施された市町村合併が、今から10数年前に3230余あった市町村を1720余に減らし、多くの小さな自治体は息の根を止められた。大規模化された基礎(的)自治体の行政は、住民から遠くなり、住民自治のよりどころは奪われてしまったようにみえる。これで「住民に身近な行政は、住民に身近な自治体に」といえようか。地方自治の原点が、今もなお問われ続けているのである。
  このたびの東日本大震災の被災自治体・被災住民の復興問題を考える際にも、この地方自治の原点が問われている。個人的には、この間の誤った「地方分権改革」政策によってかえって地方自治の貧困化が進み、それが原因となって震災被害の拡大が生じた側面があるのではないかと推察している。したがって、震災復興が「人間の復興」であるべきという意見にそもそも同意したいし、そのためには「自治の復興」が不可欠であるとも考えている。つまり、公害問題における「人間の救済」が地方自治を抜きに考えられなかったのと同様、震災復興における「人間の復興」にも、地方自治の視点が欠かせないと考えている。
  さまざまな「復興への提言」が「不幸への提言」にならぬよう、被災自治体・被災住民の声が復興計画に反映されることを期待してやまない。陸前高田の一本松と地方自治の問題を、日本の未来の問題として、多くの若者たちと一緒に議論したいものである。

 
【白藤博行(しらふじ ひろゆき)さんのプロフィール】
専修大学法学部教授。専修大学法学研究所所長。弁護士。行政法、地方自治法などを研究。自治体問題研究所副理事長。共著書『新地方自治の思想−分権改革の法としくみ−』(敬文堂、2002年)、『現代自治体再編論』(日本評論社、2002年)、『地方自治制度改革論―自治体再編と自治権保障 シリーズ地方自治構造改革を問う』(自治体研究社、2004年)、『アクチュアル地方自治法』(法律文化社、2010年)、『地方議会再生―名古屋・大阪・阿久根から』(自治体研究社、2011年)など。