教員が集う 中高生のための映像教室 『憲法を観る』
 
 
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憲法の種を蒔く
2010年5月24日
赤石あゆ子さん(弁護士)
 

 中学3年生の時、学校の授業で日本国憲法を学びました。社会科のM先生は、教科書の後ろに載っている日本国憲法全文の、前文から99条まで全ての条文を取り上げて解説していました。当然1回の授業では終わらず、何時間もかけて最後の条文までたどり着いたと記憶しています。
  その授業の中で私が鮮明に覚えていることが一つあります。それは、12条の「この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によって、これを保持しなければならない。」という規定について、先生が「『不断の努力』だから、昨日は努力したけど今日は努力しない、となると憲法違反になっちゃうよ」と言って、教室がどっとわいたことです。その前には、自由や権利は国から与えられるものではなくて国民が勝ち取るものなんだというような解説があったのだろうと思いますが、それがどんな言葉で語られたかは忘れてしまい、この冗談だけが記憶に残っているのでした。

 大人になり、結婚して子供を産み、子育てをしながら司法試験を受験しようと思い立ち、憲法の勉強を始めた時も、この「不断の努力」の話を懐かしく思い出しました。同時に、憲法の授業に何時間も割くなんてよくできたものだと思わずにいられませんでした。もっとも、当時の中学校でも憲法の逐条解説をする先生は極めて少数だったようです。管理主義的な風潮が強く体罰も横行していた当時の中学校にあって、M先生は異色の存在で、いつも気さくに生徒と冗談を交わし、授業でも生徒に自由に発言させていました。そんなM先生だから、日本国憲法への思いは強く、生徒にはきちんと憲法のエッセンスを身につけてほしいと願っていたのかもしれません。M先生の授業は、生徒の中に憲法の種を蒔く作業だったように思います。私の場合、先生の意図とは離れた横道のところで種を保存していた訳ですが・・・。

 弁護士として仕事をするようになって、「不断の努力」は自分の仕事上の課題にもなりました。ただ、日常の仕事で憲法の条文を直接使うことはめったにありません。
  例えば、働く女性が職場で昇任・昇給差別を受けたと相談に来られれば、「男女雇用機会均等法」が禁止する差別として使用者に是正を求めることになりますし、真面目に働いてきた労働者が社長の胸先三寸で突然解雇され、残業も沢山したのに残業代が支払われてこなかった、という事件ならば、「労働契約法」に基づいて解雇の効力を争い「労働基準法」に基づき未払いの残業代を請求します。失業して収入が途絶えてアパートを追い出され、路上生活の末に意を決して生活保護を受けようとしたが役所の窓口で受け付けてもらえなかった、という人がいれば、一緒に役所へ行き「生活保護法」に基づき保護の決定をするよう求めます。また、刑事事件の被疑者として逮捕され身柄拘束(勾留)されたが勾留すべき理由がないという場合には、弁護人としては「刑事訴訟法」に基づき準抗告という手続で勾留に対し異議を申し立てるなどして、身柄の解放を求める活動を行います。
  このように、普段は個々の法律を使って仕事をしているのですが、そこには憲法との強い関わりがあります。「男女雇用機会均等法」は憲法14条の法の下の平等を、「労働契約法」や「労働基準法」は憲法27条の勤労の権利を、「生活保護法」は憲法25条の生存権を、また「刑事訴訟法」は憲法31条以下で詳細に規定する被疑者・被告人の権利を具体化したものです。ですから、法律を駆使して個人の権利や自由を守ることは、憲法の人権規定を実のあるものにするための活動でもあると考えています。
  こうした仕事をする時、いつも思うのは、個々の法律とともに、それらの根拠となっている憲法のことをもっと多くの人に知ってほしいということです。労働基準法を知らなければ残業代を権利として請求できることを知らないままになってしまうかもしれませんから、法律を知ることはとても大事です。ですがそれだけでは不十分です。もし法律が改悪されてしまったり、そもそも法律がなかったりする場合、自分の権利は憲法上の人権として保障されるはずだということを知ってこそ、法律がないから、改悪されたからといって諦める必要はないとの自信をもてるからです。

 私の所属する群馬弁護士会では、2009年10月、「未来社会はどんな色?若ものたちの明日と日本国憲法のアツイ関係」と題して、伊藤真さんの講演と、中学生・高校生・大学生と伊藤真さんによるパネルディスカッションとを内容とするイベントを開催しました。ディスカッション参加者には事前に伊藤さんの著書「中高生のための憲法教室」を読んでもらい、事前の勉強会にも参加してもらいました。参加者からは「今まで自分の生活と関係がないと思っていた憲法が、実は私たちの生活と密接な関係にあることを知りました。」「伊藤真先生もとても分かりやすく憲法の話をして下さり、憲法がとても身近になりました。」「憲法は私たちが暮らすために重要な大黒柱だと再認識しました。」といった感想が寄せられました。このイベントで学んだことを弁論大会で発表した高校生もいました。将来の日本に生きる若い人たちが憲法を自分のものとして意識の中に取り込んで行く姿に、イベントを企画した私たち弁護士も大いに刺激を受けました。

 このほど、法学館憲法研究所が「憲法を観る」というWEBサイトを開設されたことを、心から歓迎いたします。DVD教材とともに、このサイトは全国にいる「M先生」を勇気づけ、タンポポが綿毛を飛ばすように憲法の種をあちこちに蒔いてゆくことでしょう。蒔かれた種がやがて芽を出し、花を咲かせ、さらに遠くへと綿毛を飛ばすことを、今から期待しています。

 
【赤石あゆ子(あかいしあゆこ)さんのプロフィール】

1957年群馬県生まれ
東京都立大学人文学部卒業(中国文学専攻)
2000年群馬で弁護士登録
2003年高崎市にあおば法律事務所開設
群馬弁護士会憲法問題特別委員会副委員長、日弁連憲法委員会委員