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「個人の尊重」
2010年5月17日
浦部法穂さん(法学館憲法研究所顧問)
 

 「すべて国民は、個人として尊重される」。憲法13条にうたわれたこの「個人の尊重」ということこそが、憲法のいちばん基底にある原理である。憲法の基本原理が人権尊重、国民主権、平和主義であるということは、いまや、中学生や高校生にも常識となっているであろう。では、なぜ、人権尊重であり、国民主権であり、平和主義なのであろうか。その答えがこの「個人の尊重」なのである。すなわち、一人ひとりをかけがえのない個人として尊重しなければならないからこそ、一人ひとりの自由・人権を守らなければならない(人権尊重)。一人ひとりの個人の政治に対する考え方も、それぞれ等しく同じ価値あるものとして政治に反映されなければならない(国民主権)。そして、一人ひとりを個人として尊重するということは、なによりも、人間を「数」としてしかとらえない軍隊や戦争とは相容れないし、誰もが「平和」な生活を送れるということが大前提として必要である(平和主義)。つまり、憲法の三大原理といわれている人権尊重、国民主権、平和主義は、いずれも、「個人の尊重」という同じ根っこから派生しているものなのである。

 「個人の尊重」とは、一人ひとりの人間を自立した人格的存在として尊重するということであり、一人ひとりがそれぞれに固有の価値をもっているという認識を前提に、それぞれの人がもっている価値を等しく尊重しようというものである。平たくいえば、一人ひとりの人間を大事にする、ということである。それは、一人ひとりが「違う」存在であるということを認め合い、その「違い」をそれぞれに尊重するということでもある。日本では、しばしば、「平等」ということを、「みな同じ」という意味合いで語ることが多いが、「平等」とは、本来、「人はみな同じだから平等でなければならない」のではなく、「人はみなそれぞれに違うからこそ平等でなければならない」というものとしてとらえられるべきものである。つまり、一人ひとりの人間は、みな、それぞれに違うのであり、一人ひとりが他者とは違った価値をもっている、だから、それぞれの人がもっているそれぞれに異なった価値を等しく尊重しよう、というのが「個人の尊重」原理のうえにたった「平等」の考え方なのである。

 学校は集団生活の場である。そのため、ややもすれば、自分を抑えてでも周りと同調することが良いことだとされがちであるが、それは「個人の尊重」に反する。集団生活には、一定のルールは当然必要である。しかし、それは、集団のために必要なのではない。お互いを個人として尊重するということから、一定のルールが必要とされるわけである。「学校のためなんだから、クラスのためなんだから、みんなのためなんだから、我慢すべきだ」というのでなく、自分自身も他者も一個の人格的存在として尊重するという観点から自分の好き勝手にはできない場合もある、ということを生徒が理解できれば、集団生活のルールをつうじて「個人の尊重」ということの意味を実感できるのではないだろうか。

 「個人の尊重」は、「個人主義」の社会を前提としている。「個人主義」は、これも日本では誤解されやすいが、「利己主義」ではない。「個人主義」の社会とは、「自立した個人」を構成単位とする社会のことで、そこでは、当然、他者もまた「自立した個人」として存在することが自明の前提となっているから、自分のことだけで他人のことは考えない「利己主義」は通用しない。西欧においては、封建社会が崩壊していく過程のなかで、自然発生的に「自立した個人」が生まれ、そういう「個人」が主体となって近代社会を形成してきたという歴史があるが、日本の場合には、「個人」が成熟することなく「上からの近代化」が推し進められ、「個人主義」の社会になりきらないままに、こんにちまできている。したがって、「個人主義」社会を前提とする「個人の尊重」原理も、なかなか理解されにくい面があることは否定できない。しかし、人権、平和、国民主権という価値を是とする以上は、その共通の根っこともいうべき「個人の尊重」原理の理解を深めることは必要不可欠だといえよう。次代を担う中学生・高校生に「個人の尊重」ということの意味を正しく伝えることが、憲法教育の重要な意義だと考える。

 
【浦部法穂(うらべのりほ)さんのプロフィール】

法学館憲法研究所顧問、神戸大学名誉教授、弁護士。
主な著書に、「違憲審査の基準」(頸草書房、1985年)、「ドキュメント日本国憲法」(共編著、日本評論社、1998年)、「いま、憲法学を問う」(共編著、日本評論社、2001年)、「法科大学院ケースブック 憲法」(共編著、日本評論社、2005年)、「憲法の本」(共栄書房、2005年)、「憲法学教室 全訂第2版」(日本評論社、2006年)、「世界史の中の憲法」(共栄書房、2008年)など。