教員が集う 中高生のための映像教室 『憲法を観る』
 
 
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「平和教育」への期待と課題提起−平和研究の視座から
2010年5月3日
杉田明宏さん(大東文化大学/平和学)
 

 中高生を対象としたDVD映像教材『憲法を観る』の完成と「教員が集う」WEBサイト開設という積極的な企画展開に深く共感しつつ、「平和教育」の現状と課題について平和研究の観点から若干の意見を述べたいと思います。
  さて、大学で担当している「平和学」や「平和学習論」といった授業で、「中高生時に受けた平和教育は?」と聞くと、多くの学生が沖縄修学旅行の経験か広島・長崎の原爆について習ったことを挙げます。これらが多くの学生の被教育経験として記憶に残っていること自体は、日本社会の中に共有された集合的な記憶がまがりなりにも次世代の中にも刻印されているという意味で重要なことでしょう。しかし、残念ながら、ここにはいくつかの深刻な問題が内在しており、私たちはそれを直視し克服することなしには歴史を前進させる主体を形成することは困難と言わざるをえません。ここでは3点だけ課題を挙げてみましょう。

その1 日本人の物語に偏している
  例えば沖縄戦や原爆投下、都市空襲について学習する際、日本人の夥しい犠牲や体験者の過酷なエピソードが文字や映像の形で示され、そのような悲惨な過ちを繰り返さない決意を引き出すという展開が通例でしょう。そこに植民地化された台湾や朝鮮半島等からの数万人の人々や、場合によっては欧米人の戦争捕虜もが巻き込まれていたことは、認知されていないか忘却されている、あるいは重視されていないのではないでしょうか。
  これはもちろん、戦後の平和教育の理論・実践の最先端部分が「被害体験」のみならず、加害・加担・抵抗といった体験の諸相を統一的にとらえ、学習内容を深化さる努力を積み重ねてきており、その教えを受けた子どもたちの中からグローバルな視点で活躍する優れた人材が生まれていることを了解した上での指摘です。問題はそれが100万人におよぶ小中高の教員(本務者)の中にどの程度共有され、「常識」となっているかということです。その点から言えば広がりは不十分と言わざるをえないでしょう。

その2 原因・構造・プロセスに触れてない
  上記とも関連して、「先の大戦」を取り上げる歴史教育を中心とする平和教育は、パールハーバーからの対米英戦争(太平洋戦争)の、しかもその末期の都市空襲、沖縄戦、広島・長崎の悲劇に焦点化されることが多いと思います。言うまでもなく、これは、個々の教員の力量の問題ではなく、本質的には学習指導要領と検定教科書の分量・配列に起因する部分が大きく、構造的な問題というべきでしょう。
  ともあれ、その結果、日本人が体験した過酷な事態が子どもたちの印象・記憶に残ったとしても、その事態がどのような要因構造と展開によって生じるにいたったかという点については、知識や問題意識が乏しいというのが実態です。そこからは、アジア諸国に武力・経済力によって進出・支配しようとしてきた明治以降の国策の問題性(そこには欧米列強の帝国主義的モデルがあったとしても)や、それが十五年戦争へと展開していった問題、あるいは、そのことを構造的に支えた大日本帝国憲法体制の問題性などの視点が出てこないことになります。それでは、どこにどのような手を打てば戦争を予防することができるのか、という知恵も生まれないでしょう。

その3 平和を築く方法論に触れていない
  前述の「予防」の問題とならんで、いったん対立が暴力(戦闘・殺戮)へと展開してしまった両者が、その後、どうようにして和解し共存していくことができるのかという視点の学習もほとんどなされていないのではないでしょうか?これは日本が引き起こした十五年戦争に関して言うなら、戦争責任・戦後責任、賠償・戦後補償、講和・平和条約、日本国憲法体制の形成といった問題群ですが、この戦後史にあたる部分は、歴史教育においてはとりわけ「時間切れ」になりやすいという、これも構造的な大問題があると言えます。世界史的視野で考えても、「暴力と戦争の20世紀」という状況があった一方で、とりわけ20世紀後半(第2次大戦後)において、国際連合をはじめとする国際機関や非同盟運動・地域共同体といった安全保障システムを構築し、生物・化学兵器・対人地雷・クラスター爆弾等の兵器を制限・禁止していく地球市民の知恵とパワーがどのように形成されてきているのかを跡付け、平和を築く方法論を学ぶ機会は、極めて乏しいように思われます。

 このように、私たちの戦後の「平和教育」は一定の地平を切り拓きながらも、まだまだその潜在的可能性を汲み尽くされず、その名に値するものになりきれていないのではないか、というのが私の認識です。『憲法を観る』という優れた教材を使い、WEBサイトのコミュニティーで励まし合いながら、日本の平和教育をさらに豊かに発展させて行きたいと考えているところです。

 
【杉田明宏さんのプロフィール】

1959年生仙台生まれ。大東文化大学専任講師。専門は心理学、平和学。大学院時代の「宮城の高校生平和ゼミナール」設立を出発点に、大東文化大学の平和ゼミ、大東文化9条の会(D9s)、浦和のピースカレッジといった若者の平和の学び場づくりに関わってきた。日本平和学会理事(1999-2001)、平和の文化をきずく会幹事、平和の学び場コラボ21常任理事、「平和のための埼玉の戦争展」呼びかけ人、非核の政府を求める埼玉の会常任世話人などをつとめながら、平和教育・平和運動と関わらせた平和研究を実践している。主な著書に『平和の文化8つのキーワード』(共著)、『平和を創る心理学』(共著)、『語りあい未来を拓く平和心理学』(共著)、『暴力についてのセビリア声明』(共編)などがある。