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憲法改正と人権としての社会保障

2013年7月1日

井上英夫さん(金沢大学名誉教授)

1 憲法25条はすでに「改憲」されている

 日本国憲法25条は、1項で、すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する、と「国民の権利」を保障し、2項で、国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない、と「国の義務」を規定しています。
 2012年4月に発表された自民党の憲法改正草案も、「すべて」を「全て」に、「すべての生活部面について」を「国民生活のあらゆる側面において」に変更するという瑣末な字句修正にとどまっていますから、25条の生存権保障は否定できないできました。
 ところが、8月の社会保障制度改革推進法は、社会保障制度改革の基本を「自助、共助、公助」としました(2条)。この考え方は、恩恵から権利、そして権利の中でも最高位の人権へと発展してきた社会保障の歴史を無視したものです。第二次大戦前の救護法時代(1929(昭和4)年)ですらなく救恤規則(1874(明治7)年)の時代に立ち戻り、社会保障の「保障」は実態を失い、支援・援助へと変質させられています。
 現代の社会保障、とりわけ激しい攻撃にさらされている生活保護も、人権として保障され(そのために違憲立法審査権が行使される)、国がその保障の義務と責任を負い、財源は国が負担するというところに真骨頂があります。国の設置した社会保障制度審議会も、すでに1950年には、憲法25条について、「これは国民には生存権があり国家には生活保障の義務があるという意である。これは、わが国も世界の最も新しい民主主義の理念に立つことであって、これにより旧憲法に比べて国家の責任は著しく重くなったといわねばならぬ。」と言い切っています。こうして見ると、憲法25条は、社会保障制度改革推進法により既に改悪されていると言わざるをえません。下位の立法による最高規範憲法の改正です。
 それは、日米安保条約・地位協定・自衛隊法等によって無視され、解釈改憲によってずたずたにされている第9条の姿に重なります。
 あらためて憲法25条を素直に読めば、社会保障制度改革推進法、さらにその具体化である生活保護法改正法案は、いずれも違憲立法であり、違憲立法審査権の行使により無効、廃案とされるべきものです。

2 憲法25条は時代遅れである −改正すべきか

 しかし、他方で、憲法25条を守るだけでいいのでしょうか。一億総飢餓状態と言われた1946年の憲法制定時に比べれば、日本の経済発展・生活の向上はめざましいものがあります。また、社会保障をはじめとする世界の人権保障の発展は著しい。この点では、日本国憲法の人権保障そして憲法25条はすでに時代遅れと言わざるをえない面があります。
 一つだけ例を挙げておきましょう。
 憲法25条の保障する生存権は、「最低限度の生活」を保障するものとされています。この「最低限度」に引きずられて、「健康で文化的」という基準がないがしろにされているのが現状です。したがって、「最低限度」を削除し、国際的基準となっている「十分な」あるいは「他の人と同等」の生活を営む権利を有するというように憲法を改正すべきでしょう。  
 ただ、結論から言えば、憲法改正は、必要ありません。25条をゆたかに解釈し、さらに豊かな水準を提起している国際条約を批准し、国内法をその基準に合わせて整備していけばよいのです。

 @憲法25条を豊かに

 憲法25条を素直に読めば、「生存権」=最低限度の生活の保障はもちろんのこと、他の人々と対等の十分な生活を保障する生活権、そして、「できる限り最高の健康」を享受する権利としての健康権を重層的に保障しているというべきです。これまた、生存権と最低限度という言葉のニュアンスから脱却し、より豊かな発想をもって憲法25条にあらたな息吹を注ぎ込む時が来ていると思います。
 憲法も明言しているように、最低生活が、動物的生存や「ギリギリの緊急的生存」であってはならず、「健康で文化的な」水準でなければならないのはもちろんですが、国には、「最低限度」の生活を常に引き上げ、向上させ、「十分」な生活、さらには「最高水準」の健康を保障する義務があります。2項では、国に、社会保障等の政策・制度について量的、質的な「向上・増進義務」を課しているのですから。
 60年以上前ならいざしらず、世界屈指の経済力と「豊かさ」を誇る現在の日本においていつまでも「最低限度」の保障に止まっていて良いはずはないと思います。
 また、人権の保障は、金、物、人の保障だけで足りません。現代では、保障すべき生活の質も問われるわけです。憲法13条の人間の尊厳の保障、すなわち自己決定により自らの生き方、たとえば施設(ホーム)で暮らすか自宅で暮らすかを選択し、決定できなければならない。また、参加により自ら受けるサ−ビスの量・質についても決定できる自由と独立が保障されなければならないでしょう。

 A国際条約の遵守と批准を

 そのためには、すでに批准している国際人権規約等の基準をクリア−し、ILOの社会保障関係条約等の批准、2006年の「障害のある人の権利条約」の選択議定書を含めた批准と国内法の整備が必要です(憲法98条2項)。なお、最後に残された「高齢者のための権利条約」の採択と批准も21世紀社会保障・人権保障の重要な課題です。

 B豊かな歴史観・世界観の共有-権利のための闘争を

 憲法97条は、基本的人権を、「人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果」(憲法英文ではfruits of the age-old struggle of man to be free)であると謳っています。人権は、人々の闘争でかちとられてきたという、この歴史観と日本やアメリカという一国にとどまらない人類的視点を私たち一人ひとりが共有する必要があると思います。
 ところが、自民党憲法改正草案では、人権の本質としての「権利のための闘争」を否定し、この97条は完全に削除されています。このことの意味も考えてみたいと思います。

 

◆井上英夫(いのうえひでお)さんのプロフィール

金沢大学名誉教授。埼玉県秩父市生まれ。専門は、社会保障法、福祉政策論。
日本社会保障法学会代表理事、日本学術会議法学委員会「不平等・格差社会セーフティ・ネット」分科会委員長、厚労省ハンセン病問題検討会委員長などを歴任。
現在、生存権裁判を支援する全国連絡会会長、老人福祉問題研究会会長、高齢期運動サポ−トセンタ−理事長などを務める。
『医療保障法・介護保障法』(共編著、法律文化社)、『実務 社会保障法講義』(共編著、民事法研究会)、
『患者の言い分と健康権』(新日本出版社)、『障害をもつ人々の社会参加と参政権』(共編著、法律文化社)、『若者の雇用・社会保障』(共編著、日本評論社)、『住み続ける権利 −貧困、震災をこえて』(新日本出版社)など著書多数。

 


 

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