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戦後補償と憲法 

2013年6月17日

松本克美さん(立命館大学法科大学院教授)

 発表されている自民党の「日本国憲法改正草案」は、現行の日本国憲法前文を削除し、その代わりに、「日本国は、長い歴史と固有の文化を持ち、国民統合の象徴である天皇を戴く国家であって・・・」とはじまる新しい前文を提案している。「我が国」の「発展」を強調し、他国の侵略において引き起こした大量虐殺事件、生体事件、性奴隷、強制連行・強制労働など、第二次大戦(1931年の満州事変から起算すると15年戦争)において日本が引き起こした数々の戦争犯罪行為も「先の大戦による荒廃や幾多の大災害」の中にうやむやに解消してしまいかねないこの表現には、とりわけ1990年代以降、日本国や日本企業を相手取って提訴された100件近い戦後補償訴訟で問題とされた過去の行為についての反省は全く感じとれない。
 現行日本国憲法前文は、「日本国民は・・・政府の行為によって再び戦争の惨禍が起ることのないようにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する」としている。先にあげたような戦後補償訴訟で問題となっているような戦争犯罪行為も「戦争の惨禍」である。このような「加害」としての「戦争の惨禍」を自覚することこそが「過去の克服」ということであり、「政府の行為によって再び戦争の惨禍が起ることのないようにする」ことであろう。
 戦後補償で問われているのは、法的責任はもとより、いやそれ以前に、日本国憲法前文が明記するような「政治道徳の法則」であり、「国家の名誉」の問題である。戦後補償の問題は条約により解決済みであるとして被害国国民の個人の請求権について請求権が消滅した、あるいは裁判上の請求権能が喪失したと説く国家に対して、「政治道徳の法則」を貫徹させ、「国際社会における名誉ある地位」を実現させるのは、「政府の行為によって再び戦争の惨禍が起ることのないようにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言」した国民の果たすべき課題であることはいうまでもない。戦後補償はそのような課題を我々につきつけている。
 第二次大戦で、日本と同じく国内外でおびただしい犠牲者を出したドイツには、ナチスの戦争犯罪行為に真摯に向き合い、それを心底反省し、過去と決別することなしには、ヨーロッパの中で独立主権国家として生き残る道はなかった。東西ドイツの統一後、戦後補償問題として残された最後の、そして、最大の問題が強制連行・強制労働被害に対する補償であった。この補償問題は、様々な紆余曲折を経ながらも、結局はドイツ連邦、州と企業が半額ずつ出資した基金をつくり、そこから被害者団体に補償金が支払われ、さらに被害者団体から被害者個人に給付がされるという形の基金方式で解決されることになった。そのために、ドイツでは、2000年に連邦議会において「記憶、責任、未来」基金創設のための法律が制定された 。この法律の前文では、ドイツ連邦議会とナチスの不法に関与した企業は、自らの歴史的責任と道義的責任及び政治的責任を認めることを明記している。この基金の設立にあたり、当時のドイツ連邦大統領のヨハネス・ラウは連邦議会で次のような演説を行った。「奴隷労働、強制労働は、単に、正当な賃金が払われなかったことだけを意味するのではありません。それは、迫害であり、権利の剥奪であり、人間の尊厳のおぞましい軽視でした。しばしば、労働により人を殺すことも、意図的になされました。」「私は知っています。多くの方たちにとっては、金銭は、まったく補償にならないことを。その方たちは、苦難が苦難として承認され、自らが被った不法を不法と名付けられることを望んでいます。」「私は、今日、ドイツ人の支配下で、奴隷労働、強制労働をしなければならなかったすべての方々に、ドイツ国民の名前で許しを乞います。あなた方の苦難を私たちは決して忘れません。」
 安倍晋三首相は「歴史認識は歴史家の判断に任せるべき」だとの趣旨の発言を再三繰り返している。しかし、どのような歴史認識を有するのかは、政治家が自らの政治的責任を果たす上での核心ではないのか。政治家としてこれほど無責任な発言はあるまい。

 

◆松本克美(まつもとかつみ)さんのプロフィール

立命館大学法科大学院教授。民法専攻。主著として『時効と正義――消滅時効・除斥期間論の新たな胎動』(日本評論社、2002年)、『続・時効と正義 ― 消滅時効・除斥期間論の新たな展開』(日本評論社、2012年)など。

 


 

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