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労働者は改憲を望んでいない 

2013年6月3日

和田肇さん(名古屋大学法学研究科教授)

労働者の尊厳をずたずたにしてきた自民党政権

 人は生きるためにはパンが必要であるが、また尊厳が保たれることも必要である。
 しかし、1990年代後半以降の自民党政権下あるいは自公政権下においては(3年強の民主党政権下はとりあえず除いて)、労働者の尊厳はずたずたにされてきた。それは、経済成長や経営の効率化の成果を一部の者(株主や取締役)の利益のためだけに配分し、労働者の利益は軽視や無視され(企業の収益は内部留保という形で確保し、労働者には還元しなかった)、他方では、労働者間に雇用の不安定化や格差を、そして多くの者の貧困や社会的排除を生み出してきたからである。先進国の中で極めて高レベルにある相対的貧困率とその上昇、ワーキング・プア層の拡大、短期雇用やその積み重ねにすぎない不安定雇用者の増大、等々、政府の統計からも明らかにこの傾向が見て取れる。
 しかし、自民党(あるいはそれが中心の)政権は、この事実に目をつむり、無視し続けてきた。時には、それを自己責任として揶揄し、突き放しすらした。生活保護受給者が増加すると、その原因を取り除こうとするのではなく、親の面倒を見ない芸人として宣伝し(犯罪でもないこうした秘密情報はどこから漏れたのか、誰が漏らしたのか)、パチンコ店通いする受給者として国民に非難させた(マスコミが荷担して)。そして今や、生活保護の申請を困難にする方向に法律を変えようとしている(厚生労働省は施行規則や通達の明文化にすぎず、何もこれを変更しようとするものではないと言うが、現場では誰もそれを信じていない)。

労働者は何を望んでいるのか

 多くの労働者が望んでいるのは、ほんのささやかな幸せである。できたら最初から正社員で就職したい。もしそれができなくても、最初の1,2年くらいは試用の期間でよいが、それが過ぎたらほぼ確実に正社員になりたい。一定程度働いて自信が付き収入が安定したら結婚し、2人が働きたいのならそれができ、この中でキャリアが形成される環境が欲しい。仮に何らかの理由で離職や退職をせざるをえないとしても、雇用保険が受けられ職業訓練の機会が与えられ、次の職にスムーズに移れるような雇用政策、そんなことを望んでいる。ヨーロッパにはそれが実現されている国が現に存在している。 
 憲法のことを考えようとするなら、時間と精神の余裕がないと不可能である。ところが自民党政権には、労働者に余裕を与えたら、憲法のことを考え、他人と議論するようになり、その結果やかましいことを言うようになり、それは好ましいことではない、という発想があるかのではないかと勘ぐりたくなる。熟議民主主義が成り立つためには、人には若干の金銭(たまに外食をしたり旅行する)と時間の余裕(毎日2時間、毎週2日間、年間で約3週間)が必要である。何も豪邸が必要だと言っているわけではない。健康で文化的な生活を送りたいというささやかな願いである。それは憲法25条の実質化である。しかし、現実には、本当に死んでしまうほど働かされる雇用の現場は、雇用政策の無策によって一層悪化している。 

憲法28条について

 私の専門である労働法に関して言えば、自民党の憲法改正草案では憲法28条に手が加えられようとしている。つまり、28条に2項がわざわざ追加され、その結果、あたかも比較法的に見ても特異な現行の公務員制度を絶対視するかのように読める。
 国家公務員の労働関係・労使関係をどのようにしようか、自律性をどのように確保しようかという議論をしている最中である。民主党政権下ではそのための法案が国会に提出された。しかし、野党の反対に遭い、審議入りすらしなかった。
 自公政権下の平成20年に成立した国家公務員制度改革基本法12条は、「政府は、協約締結権を付与する職員の範囲の拡大に伴う便益及び費用を含む全体像を国民に提示し、その理解のもとに、国民に開かれた自律的労使関係制度を措置するものとする。」と定めている。したがって、現行国家公務員法と異なる自律的労使関係の法制度を構築することは、自民党すら拒否できないはずである。ところが自民党憲法改正草案では、これを逆戻りさせてしまうことが構想されている。改正草案28条2項は、全く不要な、否、時代錯誤もはなはだしい規定である。

豊かな発想がどこに? 

 自民党の憲法改正草案を読んだが、どこから文化の香りが漂って来るだのろうか。前文を見ても、改正草案は翻訳調ではないが、決して美文でできているわけではない。むしろ憲法前文の方がよほど崇高で、文化の香りに満ち、人間の想像力をかき立ててくれる。
 私たちは、愛国心を強要されることを望んではいない。為政者が行うべきことは、自然と国を愛する気持ちが沸いてくるような政治の実践である。若者に「希望は戦争」と言わせるような政治ではないはずである。
 自民党の政治家は、憲法99条を知っているのであろうか。そもそも違憲状態で選出された議員がいる国会で憲法改正を議論するとは、この上のないパロディーである。

 

◆和田肇(わだ はじめ)さんのプロフィール

名古屋大学大学院法学研究科教授。労働法専攻。主著として、『労働契約の法理』(有斐閣)、『ドイツの労働時間と法ー労働法の規則と弾力化』(日本評論社)、 『人権保障と労働法』(日本評論社)、 『労働者派遣と法』(編著、日本評論社)など。

 


 

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