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勧善懲悪思想の復活か

2013年5月6日

村井敏邦さん(大阪学院大学教授・法学館憲法研究所客員研究員)

「天に代わりて不義をうつ」思想

 「天に代わりて不義をうつ、忠勇無双のわが兵は……」、太平洋戦争へ人々を駆り立てた軍歌の一つにこんな文句のものがありました。日本を絶対的正義とし、相手方を悪として懲らしめる、勧善懲悪思想が如実に示されている歌です。
 この勧善懲悪思想は、太平洋戦争の正当化にも用いられ、小野清一郎など「大東亜共栄圏を支える法思想家」の考え方の中核に据えられました。このような法思想の下で、「鬼畜米英」の言葉とともに、多くの若者の命が散っていきました。
 ところが、自民党政権は、憲法を「改正」して、自衛隊を「防衛軍」として正当化し、さらには、尖閣列島や竹島問題をきっかけとして、「愛国心」を強調し、一旦は捨て去られたはずの思想を復活させようとしています。
 この思想は、現代では、基本的人権を相対化し、犯罪被害者の保護を強調し罪を犯した人に対する厳罰化という方向で現れ出ています。

基本的人権保障の意味

 憲法において基本的人権の保障がなぜ必要なのでしょう。近代社会の発足時点では、国家権力の行使に対する限界としての意味があったのです。刑罰権は、国家の権力行使の中核に位置します。そのため、アメリカ独立宣言やフランスの人権宣言において、最も重要な事項として問題になったのは、刑罰権の行使による人権蹂躙です。そこで、フランス人権宣言では、刑事手続における適正手続きの保障と並んで、罪刑法定主義、無罪推定が規定されました。
 日本国憲法もこの流れを受け、31条以下に刑事手続に関する規定を設けています。フランス人権宣言に規定されていた罪刑法定主義や無罪推定は規定されていませんが、31条の解釈上、ここに含めて考えられています。また、31条には「適正な」という言葉はありませんが、この規定が適正手続きを保障したものであることは、現在では否定する議論はありません。
 ただし、現実の司法活動においては、適正手続きを守らない捜査が依然として後を絶ちません。また、厳密な法解釈を超えて、処罰を拡大する傾向も散見されます。冤罪事件として問題になる事件においては、無罪推定どころか有罪推定ではないかと思われる裁判事例も多数みられます。
 こうした現実の司法運営を見るとき、適正手続きの保障、罪刑法定主義、無罪推定などの刑事裁判の原則は、改めて強調する必要があります。憲法を改正するならば、このような原則を明文化すべきだという意見があるのも、そうした現実との関係で十分に理解できることです。

犯罪被害者への配慮規定の問題

 現在は、「犯罪被害者発見の時代」とも言われています。もっとも、犯罪被害者は今新たに発見されたものではありません。もともと、憲法は、個人の尊重をうたい、いかなる場合でも、基本的人権の侵害をしてはならないと宣言しています。犯罪は、まさに基本的人権の侵害そのものです。その意味では、犯罪による被害を受けないこと、被害を受けた場合には、国は十分な保護と保障をすることが、憲法の人権規定の基礎にあるといってよいのです。そうであるからこそ、特別に犯罪被害者の保護を憲法の中に明文化していないのです。明文化する必要はないし、それを具体化するのは憲法問題ではなく、法律問題であり、社会問題であると考えているのが、現行憲法の基本的思想とみてよいのです。
 ドイツの刑法学者リストは、刑法が「犯罪人のマグナカルタ」であると言いました。これは、罪を犯した人に対する刑罰は、刑法に定めがない限りは科されることがないという意味で、犯罪人を守る最後の砦として刑法が働くことを示す言葉です。
 大変含蓄の深い言葉ですが、刑法が発動されるのは、いわゆる法益(法律によって保護されるべき利益)が侵害された場合であり、現在では、個人の法益を侵害した場合が最も重要な犯罪として考えられています。
 この法益侵害こそ犯罪の基本だ、という考えの基底には、被害および被害者保護があります。被害があって初めて刑法が発動されます。刑法は、被害や被害者のことを忘れているのではなく、当然のこととして、それを基礎に犯罪や刑罰を規定しているのです。

刑罰は復讐の手段ではないこと

 犯罪被害者の保護を強調する人の中には、刑罰は国が被害者に代わって復讐をする手段であり、刑事手続はその復讐の場であると、公言する人もいます。しかし、これは明らかな間違いです。
 刑法や刑罰が国家の手に集中するようになったのは、私的な復讐が横行し、社会の秩序が保てなくなったためであるという経緯はあります。その時代には、私的な復讐を禁止する代わりに、国の手によって加害者に犯罪と同程度の苦痛を与えることによって、罪を犯した者に報復するという、「同害報復」が刑罰思想を形成していたのです。これが、日本では勧善懲悪思想となり、軍国日本の刑法思想ともなったということは、冒頭に記載した通りです。
 戦後の刑法思想においては、勧善懲悪思想が生み出した理不尽な結果に対する反省から、刑法領域においても、勧善懲悪に代わって、罪を犯した人に対しては、適正な刑罰を科すことによって社会への再統合を目指すという考え方が主流となりました。
 復讐や憎しみからは何も生み出されません。罪を犯した人も、社会から排除するのではなく、社会に再び受け入れることが、より豊かな社会を作ることになる。刑罰は、罪を犯した人が社会復帰するための手段であると考えるようになったのです。
 犯罪被害者の保護は必要ですが、それが上のような流れを逆行させるものであってはいけないのです。憲法の中で犯罪被害者への配慮をうたうことによって、その逆行に力を与えることになるのが、懸念されます。

◆村井敏邦(むらい としくに)さんのプロフィール

大阪学院大学法科大学院教授。弁護士。
一橋大学法学部長、龍谷大学法科大学院教授を歴任。
『刑法−現代の「犯罪と刑罰」〔新版〕』(岩波書店)、『民衆から見た罪と罰−民間学としての刑事法学の試み』(花伝社)、『裁判員のための刑事法ガイド』(法律文化社)など著書多数。

 


 

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