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自民党改憲案と国民生活

2013年4月22日

森 英樹さん(名古屋大学名誉教授・法学館憲法研究所客員研究員)

「憲法より飯だ」

 まもなく5月1日、メーデーですが、11年ぶりに再開された1946年、戦後初のメーデーに、「憲法より飯だ」というプラカードが登場したことはよく知られています。日本国憲法の制定は、1946年2月を転換点に、総司令部が全面的にコミットして原案が作成され、その政府原案が3月6日に公表されるころから、政治的に重要なイッシュシーとして知られていましたが、他方で国民生活は、餓死者も珍しくないほどの深刻な食糧難に喘いでいました。そんな中で迎えたメーデーのプラカードですから、当時の政治の焦点と国民生活の関心事とのギャップを示す典型例として、しばしば引証されています。
 ただ、だからといって「国民不在の日本国憲法制定」と揶揄するのは皮相な見方でしょう。1945年までの塗炭の苦しみが、「陛下のために」命も財産も差し出す戦時体制とそれを支えた神権天皇制からきていたことは、多くの国民が身体でわかりはじめたころでしたから、天皇をただの「象徴」に転換し、戦争と戦力を完全に放棄するとうたった新憲法の核心部分を知るや、「これでようやく自由になれる、平和になれる」と、安堵したに違いありません。そういう思いを綴った手記や言説は多数残されています。憲法草案に落ち着いて目を通し検討するには、日々の生存に追われる毎日で、だから「憲法より飯だ」でした。

ふたたび「憲法より飯」?

 さて現在です。先の総選挙で自民党が公約を公表したとき、安倍総裁は、民主党マニフェストを批判しつつ、「自民党の政権公約を貫くものは、実現できることしか書かないということだ」と啖呵を切っていました。その公約『日本を、取り戻す。—重点政策2012』は、最後の最後に「憲法改正」を掲げ、2012年4月の「改正草案」の骨子を列挙しています。ですから、これを「公約」にした総選挙で自民党は「圧勝」したから、その「実現」に邁進することが国民との約束だという「物語」になっています。
 「圧勝」といっても「1強多弱」で小選挙区選挙を行えば「1強圧勝」になるのは当たり前で、いわば人為的に作られた虚構の「圧勝」でしたし、おまけに選挙権の平等に反する違憲の小選挙区選挙だったのですが、そこはスキップしています。
 しかし、先の総選挙で国民は、自民党に憲法を変えてほしくて「圧勝」させたのでしょうか。ほんの一例ですが、総選挙直後の朝日新聞緊急世論調査(2012年12月26日・27日実施)によれば、「安倍首相に一番力を入れてほしい政策」という設問に対し、「景気・雇用」48%、「社会保障」20%、「外交・安全保障」11%、「原発・エネルギー」10%、「教育」6%、ときて「憲法改正」は6位、たったの3%でした。言ってみれば「憲法より飯」だったのです。つまり国民の多くは、居丈高に叫ぶ改憲やら教育「改革」にはなじめないまま、この間、新自由主義的「改革」の進行で、悪化の一途をたどっている格差、雇用、社会保障などをなんとかしてほしいと、切ないほどに願っているのです。改憲だ、国防軍だ、日米同盟だ、国益だとダンビラを振りかざし「強い日本」を「取り戻す」という絶叫に、ほとんどの国民は辟易しているのではないでしょうか。

改憲草案における「飯より国益」

 そういう視線で自民党改憲案の特に第3章「国民の権利及び義務」を読んでみると、権利・自由が「公益・公の秩序」の前にひれ伏す、とても息苦しくて生き苦しい社会が待っているのでは、と思えてなりません。
 たとえば、「人身の自由」を定める18条は、「その意に反すると否とにかかわらず、社会的又は経済的関係において身体を拘束されない」と変更するのは「社会的・経済的」ではない(たとえば軍事的!)「関係」では「身体を拘束」できる、とも読めます。拷問の「絶対」禁止を定める36条から、さりげなく「絶対」が削除されていますが、ブッシュ政権が9・11以後、怪しいとみたアラブ人を拘束して拷問してきたあの残酷な光景を想定するのは、取り越し苦労でしょうか。家族生活を定める24条は、冒頭に、家族主義をうたい家族共助を義務づける新項をはめこみ、「両性の合意のみ」で成立する婚姻の要件規定から、これまたさりげなく「のみ」を削除しています。自民党『Q&A』によれば「家族や社会が助け合って国家を形成する自助、共助の精神をうたい…その中で、基本的人権を尊重する」のだそうで、家制度への回帰が濃厚でしょう。24条ではなぜか「個人の尊厳」規定は残していますが、13条の「個人として尊重」規定は、得体の知れない「人として尊重」に転換されています。この意味合いもはっきりしませんが、『Q&A』は「個人が人権を主張する場合に、人に迷惑を掛けてはいけないのは、当然のこと」と言っていますので、近代憲法の硬質な「個人」ではなく、べったりとした「人の道」の「人」を説いているようです。
 そういえば『Q&A』では、現行憲法が「西欧の天賦人権説に基づいて」いると批判し「我が国の歴史、文化、伝統を踏まえたもの」に転換すると言っていました。これが、人権の総則的規定である12条・13条を改変して、あらゆる権利・自由に「公益及び公の秩序」による制限・禁止を予定するのですから、要するに近代憲法であることをやめる、というに等しいようです。

「憲法より飯」の今

 国民の政治に期待する生活確保の切ない思いは、アベノミクスなる人為的バブルではなく、生活に落ち着いた安定を「取り戻す」こと、そうすることで将来の生活に確たる見通しを得ることでしょう。そうした「飯」の問題を脇に置いて改憲に前のめりになる政治は、やはりアベノリスクというほかありません。

◆森英樹(もり・ひでき)さんのプロフィール

名古屋大学法学部教授・法学部長・副総長、龍谷大学法科大学院教授を経て、現在、名古屋大学名誉教授。法学館憲法研究所客員研究員。
あいち九条の会世話人、憲法会議代表委員も務める。
『主権者はきみだ』(新版、岩波ジュニア新書)、『憲法のこころに耳をすます』 (かもがわブックレット)、『3・11と憲法』(共編、日本評論社)、『国家と自由・再論』(共編、日本評論社)など著書多数。

 


 

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