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「安保法制違憲訴訟(国家賠償請求)第7回口頭弁論報告集会(5/11)」開催さる

2018年6月4日

 2018年5月11日(金)安保法制違憲国賠訴訟の第7回期日が行われました。これを受けての報告集会です。

 冒頭、寺井一弘弁護士から、裁判体が全員代わったことについて報告がありました。

 「安保法制違憲訴訟のような重要な裁判では、3人の裁判官(裁判長、右陪席、左陪席)が合議体として担当するのですが、今回のように全員が交代したのは異例中の異例で、裁判は楽観できない状況になっています。裁判所をしっかりと監視しながら、証人申請を認めるように裁判所に迫っていかなければならないと思っていますが、それには世論の後押しがなければならないと痛感しています。」

 つづいて、福田弁護士から、弁論更新についての報告がありました。

 「新しい裁判官に、今までどのような主張してきたのかの全体像と、新安保法制法の違憲性と危険性について最近の状況を踏まえて問題点を指摘するという2部構成で話をしてきました。

 第1部では、これまでの原告の主張の概要と、新安保法制法制定によって内閣、国会がどのように原告の平和的生存権、人格権、憲法改正決定権を侵害したのかということを話しました。

 第2部では、まず、昨年8月に北朝鮮がグアム島に向けて4発ミサイルを発射する計画を表明したときに、小野寺防衛大臣が国会で存立危機事態、すなわち集団的自衛権を行使する場合に当たりうるという発言をしたことを取り上げました。これは日本がミサイルを撃ち落さなければならないということを念頭においての発言にほかならず、国会の審議を経るまでもなくあっという間に戦争にまきこまれるおそれがあり、新安保法制法はそのような事態を引き起こしうる恐ろしい法律だと訴えました。

 さらに、先日イラクの日報が見つかり、非戦闘地域であったはずなのに実態がそうではなかったということが明らかになったことを取り上げ、後方支援については戦闘現場でなければ活動できると拡大したわけですから、今回見つかった資料は新安保法制法を見直すきっかけとなる重要な資料となるのではないかと指摘しました。

 最後に、新安保法制法が施行されて以降、イージス・アショア2機、F35ステルス戦闘機42機の導入が決定し、日本最大の護衛艦いずもの空母化が検討されるなど、防衛費が拡大しており、日本が軍国主義国家に変容していく危険性も指摘しています。

 裁判所は、これは弁論の更新ではなくいままで言及しなかったことを新たに主張しているのではないかと思ったようですが、今現在の視点で新安保法制法を検討して欲しいということで、訴えさせてもらいました。」

 この後、伊藤真弁護士(法学館憲法研究所所長)から報告がありました。

 「本日は、裁判所の違憲審査のあり方とその役割について話をしてきました。

 確かに裁判所には、政治的なものに関わることで却って国民からの信頼を失うのではないか、違憲判決を出したとしても国会が対応しないことによって、司法の権威が失われてしまうのではないかという考えがあります。しかし、政治に対する信頼を国民が失ったとしても、司法に対する信頼はまだ失われていません。わたしたちが提起した問題について、何も答えないで放置する方がよほど大きな信頼を失うことになるのではないかと訴えました。

 さらに、この訴訟では、憲法判断に踏み込まないで、原告の言い分を認めませんという判決も法的には成り立ちます。しかし、議会制民主主義の根幹が揺らいでしまっており、そういう選択をしてもいい事件ではありません。仮に政治的な問題だから司法が口を挟まないということになれば、国の方向を誤らせることになります。あのときが重要な分岐点だったと後世から評価される時代に、今私たちはいるのかもしれないという指摘をしています。

 明治憲法では、違憲審査権そのものが裁判所にはありませんでした。しかし、現行憲法では裁判所に違憲審査権があり、国会が多数で作った法律をいわば非民主的な裁判所が違憲無効とすることができます。これが裁判所に認められているということは、憲法が裁判所に政治的な判断ができるような権限を認めたということにほかなりません。それにも関わらず、あえて憲法判断を裁判所が避けるということになったら、司法が政治にかかわらない方がいいという話ではなく司法が時の政権与党や有力な政治家には逆らわない方がいい、それだけの話になってしまいます。人はそれを保身と言うのではないですかと、あえてこのようなきつい表現を使いました。

 また、この事件は、自衛隊や安保条約の合憲性に関して9条が問題となったかつての訴訟とは大分性質が違います。今回、イラク日報のような法律制定の過程で議論するのに必要な情報が全くでてきませんでした。議論自体もほとんどなされておらず手続的に大きな問題があります。これは政治的な敗者が言っている話ではなく、多くの有識者が憲法違反として反対しており、端的に憲法9条の枠組みを越えていないかを法的に判断してもらえばいいと訴えています。

 司法も国家権力であり、それを正しく行使するというのは難しいことです。自らの出世ではなく、裁判官は一人の人間として、判決が及ぼす社会への影響をいろいろと考えると思います。裁判官は、憲法を守ることもできるし、目の前で苦しんでいる一人一人の原告の方を救うこともできるすばらしい職業です。憲法を学んだときの原点、法律家のとしての原点に立ち返り判断してもらいたいと思います。」

 口頭弁論では、伊藤弁護士の後に、古川(こがわ)健三弁護士から「原告らが受けた被害について」、その後、棚橋桂介弁護士から、「証人の採用について」の陳述がありました。(※報告集会は欠席)

 つづいて、本人尋問を受けた原告から、まず、元自衛官である井筒高雄さんが報告しました。
「元自衛隊レンジャー隊員の立場から、今回の安保法制が9条との関係で違憲であると話をしてきました。新安保法制法では、9条があるのに駆け付け警護が認められ、自衛隊は大きく様変わりしてしまいました。専守防衛だったものが、日本がやられなくても同盟国がやられたら世界中に戦争をしにいく国になってしまいました。

 法廷では、自衛隊員は、戦場で負傷したとしてもまともな医療行為が受けられないような現状であるということを訴えました。新安保法制によって戦争する仕組みはできましたが、医師法や薬事法を改正しないことには、今の準看護師資格の衛生兵が現場に出向いても、止血することはできても痛み止めの投与すらできません。そういったことに対して政治は何のアプローチもしようとはしていません。負傷した自衛隊員が帰国後働きつづけることができなくなれば、収入が途絶え、官舎から出されてしまい、家族も路頭に迷うことになります。25年前にPKO協力法ができ、こんな法律では戦場で犬死するだけだと思い退職しましたが、そのとき以上に政治が劣化し隊員の命が軽んじられてしまっています。

 これから戦争する国になってしまうと、税金の流れも大きく変わります。従来GDP1パーセント枠に収まっていたのは、戦争をしないことが前提となっていたからです。今後、戦費という財政負担が発生することになります。本来、福祉、教育、環境、経済に使わなければならないわたしたちの税金が戦費に流れ込むのです。

 現行の9条を全く変えることなく、なぜこの新安保法制がまかり通っているのかを、裁判所には是非判断して貰いたいと思います。」

 続いて、鉄道員の常盤達雄さんが報告をしました。

 「私はごく一般的な鉄道駅員にすぎませんが、新安保法制による身近な不安や危険を訴えたいと思い参加させていただきました。昔から鉄道と軍事は、輸送という面で切っても切り離せません。横田基地へのジェット燃料輸送は現在も行われています。その通過点の、立川駅でその運行管理をすることもあります。さらに、職場の近くに米軍の通信施設があり、不安を感じています。

 わたしは、乗車券を販売する窓口で働いているのですが、そこでは戦争で負傷した方が無賃となる戦傷病者後払いという制度があります。今ではあまり利用する人はそれほどおりませんが、これから、また利用されるような時代になるのではないかと心配しています。

 法廷では、仕事が軍事に関わっていることから自らの不安を訴えてきましたが、政府が、中国の軍拡、北朝鮮の核兵器、さらにJアラートなどで国民の不安を煽ってきた面があると思います。そのおかげか日本の軍事費も年々アップし、新安保法制も成立しました。与党が数の力で押し通しただけではなく、狙い通り国民を不安させることができたためではないでしょうか。それにも関わらず、不安は無いという2枚舌を政府は使っています。」

 最後に、教育学者で東大名誉教授でもある堀尾輝久さんが報告しました。

 「国家賠償請求という裁判の性格の問題と関係して、この法律によって個人が受けたその打撃を表現しなければならないため、陳述書を書くのはかなり苦労しました。

 私は1933年生まれで、戦時下に育ち、そして戦後改革を通して自己形成をしてきました。私の父は、わたしが4歳のときに日中戦争に行き、2年後に戦死しており、家には「誉れの家」という札が付けられました。そうやって、私は、誉れの家の子にふさわしい軍国少年になりました。国のために命をささげる、それが誉れの家の子の生き方だと思っていました。

 しかし、戦争が終わって、自分が大事だと思っていた教科書を墨で塗るという体験をし、この価値観の転換の中で疑い深い青年になっていきました。学生運動にも距離を置きながら、大学では法学部に行き丸山真男先生や尾高朝雄先生のゼミで、自分が軍国少年になった時代がどういうものだったのか、なぜファシズムを支える人間になっていくのか、社会と人間の研究をしました。同時にその時代に戦争に反対した人もいることも勉強することを通して、平和の問題を自分の生き方の問題にするようなかたちで研究を続けてきました。

 法学部を卒業後、教育の問題、平和の問題を深く人間の問題として捉えるため研究者としての生活が始まりました。人間にとっての平和の意味、戦争とは何だったのかを大きな課題として、憲法や教育基本法の理念をどう考えるかということで研究してきました。そういう人間にとっては、この新安保法制というものが、自分の人格にとって、自分が尊重する価値観、ようやく身につけた平和の問題に対して真っ向から対立するような仕方で世の中を変えていってしまうと思われました。安保法制は憲法の価値を貶める法律であることを非常に強く感じ、怒りを持ってこの問題に向き合おうとしています。」

 弁論更新については、当日配布した報告集会資料に全文が紹介されています。
 アクセスしてご覧下さい。
 http://anpoiken.jp/kokubai/


 

 

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