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東北アジアにおける平和創造のために:市民社会が二元論を乗り越える(トランセンドする)

2016年12月5日



奥本京子さん(大阪女学院大学教授・NARPI(東北アジア地域平和構築インスティテュート)運営委員長)

いま、不自由で不寛容な社会・世界が増幅しているように感じられる。一般に、「敵か味方か」を判断しそれを宣言することが常に要求されていて、われわれは、「敵」であればとことん打ちのめし、打ちのめされるといった運命にあるのだろう。先の米国における大統領選挙 —多額の費用をかけ華美に彩られたエンターテイメントの極みであり、そこでは、まさに政治的ゲーム(あるいはスポーツか)がヤンヤとの喝采を浴びている— では、罵倒や非難に満ちた言説の中で、最終的に勝者と敗者が選抜されていく。そこにあるのは白か黒かの世界であり、グレーゾーンは無い。

米国がその筆頭を決めるとき、世界中が固唾をのむ・・・とされている。そろそろ最期のときであろうとはいえ、それでもまだ「帝国」である。しかしこの帝国が憎しみ(ヘイト)で分断されたあと、帝国自体は、また世界はどこに向かって行くのだろうか。

その世界の中、われわれの足元の社会においても、同様の現象が起こっている。憎悪と排除が蔓延し、マイノリティを見下していく。アジア太平洋戦争期、帝国として植民地主義を掲げて数々の暴力を犯した日本は、後になってもこのことに正面から向き合わず、アジアの一員となりきれない。「日本」とした琉球・沖縄、そして、アイヌモシリに対する植民地主義の反省もない。

勝つか負けるか、白か黒か、敵か味方か、等の二元論に満ち満ちた社会・世界には、大転換 —平和的な非暴力手段によって— が必要である。暴力のメンタリティから脱却し、平和のそれへの変容が求められている。以下、小さくも希望のかけらを紹介したい。

 

ナルピのトレーニングの様子

ナルピ(NARPI、東北アジア地域平和構築インスティテュート)の活動は、東北アジアの市民社会に拠点を置く複数の市民団体・NGOによって運営されている(事務局はコリア)。活動を始めてから、2016年で6年目を迎え、8月に台湾の金山と台北にて合宿を行ったところである。ナルピの活動とは、主に「東北アジア人」あるいは「東北アジアの歴史的コンフリクト(紛争・対立・葛藤)」に関心を寄せる人たちのための実践的な平和トレーニングを提供することである。それは、数十人の参加者にとって安心できる「場」を用意し、暴力の文化と構造を変革し、関係性や社会の平和的転換や、和解を可能とするためのトレーニングを提供するという夏季の2週間のプログラムによって、相互にエンパワーメントを行う。

ナルピは、2010年に、広島でのパイロット・プロジェクトとしての4泊5日の合宿の最初の試みから、また、2011年に本格的にトレーニングを開始してから、ソウルや非武装地帯近郊のインジェ、広島、南京、ウランバートル、台北にて —すなわち東北アジアのどこかで— 毎年、平和な東北アジアのための研修を通して、数十人の「東北アジア人」を中心とした平和構築家(ピースビルダー)を養成してきた。トレーニングの主な目的は、東北アジア —日本、コリア、中国、台湾、モンゴル、東ロシア等— における傷ついた関係性の修復・改善に繋がる契機を作り出すことである。政治・外交レベルの仕事が遅々として進まず、状況は、「平和」という価値から見れば、却って悪化・逆行していることを鑑みれば、市民社会・NGOが主体となってその作業を進める必要が、現在、より増している。

今までのナルピでの経験から言えることは、このような「場」 —時間と空間— において、人が人として出会うことによって、「政治やメディアのプロパガンダに洗脳されたり流されたりする必要はない」と気づき、「われわれがしっかりとつながり、共に考え行動することが、社会・世界を変える」との実感を得ることは、かけがえのない平和の土台となる、ということである。そして、参加者は、ナルピで修得した技術や態度を持ち帰り、各現場・各地でそれを活かして、さらなる平和の仕事を推進していく。こうしたプログラムは、ナルピのみならず、もっと多く必要だと考える。

具体的なトレーニングの内容は、例えば、紛争解決、平和教育、修復的正義、演劇アプローチ、ジェンダーと平和構築、組織における紛争転換、持続可能な開発、社会変革のための非暴力行動、等のテーマをめぐって、ワークショップスタイルにて実践的に学習する。また、トレーニングの合間に、フィールドトリップを行い、合宿開催地周辺を巡り、平和や暴力をめぐるスポットを訪問し、参加者どうし、またローカルのスピーカーから講義を受けたりして、学びを深めていく。そこでは、何よりも、二元論的志向 —敵か味方か、勝者か敗者か、黒か白か、優勢か劣勢かなど— から卒業し、「グレーゾーン」の中で共にもがき、問い合い、対話を進め、共同プロジェクトとしての行動を起こす態度と技能を養成することが可能となるのである。

この原稿を執筆している今、執筆者は、カンボジア・シエムリアップにて、「平和実践家のためのリサーチ(研究)会議」に参加している。ついさっきまで、会場のホテルの中庭での夕食とロック・レゲエ・コンサートが開催されていて、そこから自分の部屋に戻ったところである。今日の午後は、ケニア出身でソマリアにて平和活動の実践をしている仲間と一緒に、同じセッションで報告する幸運に恵まれた。彼女は、村・共同体単位の地道なトラウマ・ヒーリングの活動を続けている。執筆者は、東北アジアの和解の現状と、日本帝国主義・植民地主義の根っこが現在の東北アジアをめぐるコンフリクト状況に大きな暗い影を落としていることを紹介し、われわれが行っているナルピでの和解の実践について詳しく分析した。

多くのフィードバックの中には、次のようなものがあったことを紹介しておきたい。フィリピンから来たという二人の参加者は、彼らの祖父母・父母らがどのように日本の戦争に巻き込まれたか(弟たちを目の前で焼かれたこと、父を殺されたこと、母がレイプされたことなど)を涙ながらに共有してくれた。また、「エンパシー(共感)」とは何か、それは複数の視点・観点を持つということではないかという視点、加えて、「和解」の最後の段階における「クロージャー(終結)」はどうしても不可欠なのだろうかという疑問、アジアにおける「恥」・「顔を立てる」の概念とナショナリズムとの関係についての質問が、東南アジア、南アジア、またはアフリカからの参加者から投げられ、それを契機に深い対話が実現したように思う。

積極的な意味において、率直で無邪気(ナイーブ)な精神を共有できるこの種の会議では、東南〜南アジアを中心に世界各地から、武装集団と交渉したり、武力紛争の犠牲者に寄り添ったり、村単位でのジェンダー問題に関わったりした、リアリティと共に生き、仕事する人々が集結する。彼女・彼らのその「聖なる愚直(divine naivete)」(John Paul Lederach, The Moral Imagination: the Art and Soul of Building Peace. Oxford: Oxford University Press, 2005. p. 115. 翻訳は執筆者による)のもつ力は、日本では往々にしてシニシズム(冷笑主義)の餌食になる。しかし、現実をよく知るからこそ、非暴力の手段、すなわち対話によってしか、平和は達成できないのだと、ここでは多くの仲間たちは口をそろえる。

黒か白か、敵か味方か、正義か悪か、政府側か抵抗勢力か、といった単純な二分法に依拠することは、現実の平和ワーク、すなわち、コンフリクト(紛争・対立・葛藤)と共に生きて、それを転換・変容するという作業には、なじまない。多様な要素、声、感情、痛みや苦しみ、喜びをひたすら受容し、その中から、共通の平和の要素を抽出し、さらにプロセスしていく。

今夜、即席に「デビュー」を果たした上記の"Imagine Peace ASEAN Band"は、ミャンマーのレゲエ歌手を筆頭に、ミンダナオ、マレーシア、そして地元カンボジア出身の「市民社会」平和活動家・実践家たちで構成されている。カンボジア出身のアーティストのうちの一人は下半身不随の様子、大きな車輪が2つ付いた台車に乗っての登場である。ミャンマーのレゲエ歌手は、独裁政権下からずっと地道に平和のメッセージを歌に託してきた。なんとダイナミックで刺激的な市民芸術家たち(citizen artists)であろうか。音楽に耳と全身を傾けながら、バンドメンバーと聴衆(会議の参加者たち)のエネルギーに身をゆだねることの幸せと豊かさを噛みしめて、多様性の中の余韻を楽しみつつ、希望を忘れずに進んで行きたい。


◆奥本京子(おくもと きょうこ)さんのプロフィール

博士(文学)
大阪女学院大学 国際・英語学部 教授
NARPI(東北アジア地域平和構築インスティテュート)運営委員長
日本平和学会 事務局長・理事
トランセンド研究会 副会長
非暴力平和隊・日本 理事

専門は、平和学、平和ワークにおける芸術アプローチ、紛争転換・非暴力介入論、ファシリテーション研究、メディエーション研究、NGO活動研究など。東北アジアにおける和解のプロセス(平和ワーク)を、朗読劇など多様な芸術形態をとおして探求したり、東南アジアや南アジア、そして他地域における紛争転換・非暴力介入のためのネットワークを深化させることに注力している。さらに、ワークショップの手法により、平和創造のためのファシリテーション・メディエーションを如何に深化させることができるか、また、市民社会における平和ワークに関するNGO活動について研究している。
主な著書に、『平和ワークにおける芸術アプローチの可能性:ガルトゥングによる朗読劇Ho'o Pono Pono: Pax Pacificaからの考察』法律文化社、『国際関係入門:共生の観点から』(共著)東信堂、『平和学を学ぶ人のために』(共著)世界思想社、『非武装のPKO:NGO非暴力平和隊の理念と活動』(共著)明石書店、『北東アジアの平和構築:緊張緩和と信頼構築のロードマップ』(共著)大阪経済法科大学出版部、『18歳からわかる 平和と安全保障のえらび方』(共著)大月書店、『「慰安婦」問題・日韓「合意」を考える:日本軍性奴隷制の隠ぺいを許さないために』(共著)彩流社、訳書に、『ガルトゥング紛争解決学入門:コンフリクト・ワークへの招待』(共監訳)法律文化社、など。



 



 
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