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今週の一言
予備費と憲法85条
2022年6月13日

片桐直人さん(大阪大学大学院高等司法研究科准教授)


1.予備費と予算議決
 2022(令和4)年5月31日、令和4年度一般会計補正予算(第1号)が参議院で可決され、成立した。この補正予算については、当初予算において計上されていた予備費について既使用分の補充が手当てされるという「極めて異例」の手法が採られたことで耳目を集めている。これに留まらず、ここ数年、予備費のあり方に対する国民の関心は高い。確かにコロナ禍のような「持続する危機」を理由として巨額の予備費計上が漫然と認められれば、不確実性の増す世界情勢のもと、原則たる「予算制度」の存在意義が揺らぐのではないか、それは財政国会中心主義の放棄につながりはしないか、という警戒感が生まれるのも無理はない。
 ただ、メディアも含めて、予備費がどのようなものなのかが正確に理解されないまま、「国会の統制が及ばない」とか、「予算事前議決制の例外の濫用」といった批判がなされているのは気がかりである。このような言い方は半分正しいが、半分、不正確である。あえて挑発的な言い方をすれば、予備費に関する国会の統制は通常の予算と同程度に及んでいないのである。以下、憲法85条と予備費について概略を述べ、問題の所在を明確にしたい。

2. 憲法85条と財政国会中心主義
 憲法85条は、「国費を支出…するには、国会の議決に基くことを必要とする」と定める。この条文には、予算の国会審議議決を定める憲法86条とは異なる独自の意義がある。というのも、憲法86条が国費支出の議決の形式や手続を定めたものであるのに対して、憲法85条は国費支出議決の実質的・内容的側面を規律していると考えられるからである(佐藤功『憲法 下(新版)』(有斐閣、1984年)1114頁)。憲法85条の要請を満たすには、個別の支出の根拠が歳出予算によって与えられるだけでは足りず、個別の支出について国会が十分にコントロールできるほどの「規律密度」が歳出予算に備わっていなければならない。
 この観点から重要なのは、歳出予算の「区分」である。財政法23条は、歳出予算について、まず部局等の組織別に区分し、さらに目的に従って項に区分することとしている。このように区分された歳出予算が国会に示されることによってはじめて、国会は「誰が何のためにどれだけの金額を支出しうるか」をより良く審査できるし、そのような審査を経て議決をすることで国費支出に関する国会の意思を明確に示すことにもなる。
 予算の区分は予算執行の段階でも重要な意義を持つ。財政法31条は、予算は成立後、内閣によって、国会の議決したところ(つまり、部局や項)に従い、配賦されるものとしている。また、各省各庁の長は、各項に示される額について、その項に示される目的の外にこれを使用することができない(32条)。この意味で、国会の議決した予算(特に歳出予算)には法的拘束力が認められる。
 同時に、予算の区分は説明責任の確保という観点からも重要な機能を持つ。予算の配賦を受けた部局は、自らの行った支出が、その項の示す目的に適合的で必要なものであったかを説明する責任を負う。このような説明責任は国会において決算が審査されて解除されるまで続く。
このように、憲法85条の定める国費支出国会議決制は、国会による支出の実質的な統制と国会に対する内閣の説明責任の確保に関わるものであって、財政国会中心主義(憲法83条)の根幹を形成する重要な要請なのである。

3.予備費の「使用」
 財政法24条は、憲法87条が予定する予備費の制度を、「予見し難い予算の不足に充てるため」に一定額を「歳入歳出予算に計上する」仕組みとして具体化している。しばしば誤解されているようにも感じられるが、現在の予備費は国会の議決を事前に受けていないのではなく、予算に計上され議決を受けるものの、その使途が具体的に確定されていないという点に特徴がある。予備費が予算に計上され議決を受けることとされているのは、「予見し難い予算の不足」に対処するためのものであっても、なるべく通常の歳出予算同様の事前統制をおよぼそうという配慮に基づくものということができる。
 それでも「使途が具体的に確定されていない」という点で、現在の予備費はなお、憲法85条の国費支出国会議決制の例外をなす。憲法85条の要求する水準で規律密度が確保されているとはいえないからである。予備費は予算に計上されるものの、予見し難い不足に充てるという性質上、通常の歳出予算と異なって、予算議決時にその区分を定めることができない。結果、予備費について、内閣は、「予見し難い予算の不足」がある場合に、いわば裁量的に、予備費から財源を捻出して新しい項の金額をつくり、あるいは既定の項の金額を追加したりすることができる(財政法35条)。なお、財政法は、これを「予備費の使用」と呼ぶが、この「使用」は実質的には(国会の議決なしに行われる)予算の配賦に等しい行為であり(財政法35条4項参照)、内閣による使用決定後は、通常の歳出予算と一体のものとして執行される。

4.予備費の統制
 このように、国会の議決した予算は、予備費の使用について、通常の歳出予算ほどの規律をしておらず、その意味で、内閣には予備費使用に関するある種の裁量が認められている。しかし、この裁量についてもまた、可能な限り、通常の歳出予算に近い水準で統制する工夫がなされている。
 何よりも重要なのは、憲法87条2項の要請する予備費「支出」の国会事後承諾制度である。これを受けて、財政法36条は、内閣が、「予備費を以て支弁した金額」について、この金額に関する各省各庁の長が作製する調書と財務大臣が作製する総調書を、国会に提出して承諾を受けなければならないとしている。なお、財政法36条にいう「支弁」も、同35条にいう「使用」と同じ意味で理解されており、結果、憲法87条2項にいう事後承諾も、予備費を財源としてなされた実際の支出ではなく、予備費の「使用」ないし「支弁」に対して行われることになるが、これは、すでに説明したような現在の予備費の特性からして自然な制度の建て付けだと思われる。
 また、予備費は「予見し難い予算の不足」のために設けられる制度であることにも留意すべきである。予備費の使用が正当化されるのは、予算成立時に予見できなかった事情が発生し(予見不可能性)、国費支出が必要となり(必要性)、補正予算による項の新設や予算の移用・流用等によっても対応できない場合で(補充性)、予算による議決を受ける間がない場合(緊急性)がある場合に限られるはずである。国会の事後承諾の際には、これらの観点からの積極的な審査が求められよう。
 さらに、財政法35条が定める手続も予備費使用に関する裁量を統制する機能がある。同条は、予備費を財務大臣が管理するものとした上で、各省各庁の長が、予備費の使用を必要と認めるときに、理由、金額及び積算の基礎を明らかにした調書を作製し、財務大臣に送付し、財務大臣が、これに調査・調整を加え予備費使用書を作製した上で、閣議決定を受けることとしている。これは、予備費以外の予算作成の手続(財政法17条2項、18条、20条2項、21条)に似た規定であって、予備費の使用に一定の手続的合理性をもたらすだけでなく、そのような手続において、予備費使用の必要性等を、各省各庁大臣・財務大臣・内閣という機関間の相互牽制を働かせつつ確認しようとするものだと理解できる。
 
5.むすびにかえて
 以上、予備費の制度について憲法85条の趣旨とともに確認した。現在の予備費は、予算によって議決を受けているものの、予見し難い予算の不足に備えるために、具体的な使途が明らかにされていないという点で、憲法85条の例外をなす制度である。もっとも、これに起因する統制不足について、予備費の総額が予算によって議決され、その使用が国会の事後承諾を受けることとされているほか、財政法も一定の手続的規律を設けて、それを補おうともしている。このような制度それ自体には一定の合理性があるように思われる。
 問題は、このような制度が適切に機能しているかであろう。例えば、予備費の予算計上の妥当性やその使用の妥当性を適切に検証するためには、その計上や使用の根拠が可能な限り詳細に公開される必要があろう。この点、予備費以外の歳出予算については、予算添付書類には位置付けられていないものの(財政法28条参照)、各省各庁のホームページにおいて概算要求書や各目明細書の公開がなされるようになっている。これらは予算や予算添付書類には含まれない各項目の積算根拠が示されていて貴重な情報となる。対して、予備費について、財政法35条2項は、各省各庁の長が予備費の使用を必要と認める際に、「理由、金額及び積算の基礎」を明らかにした調書(予備費使用調書)を財務大臣に送付することとしているものの、この調書は事後承諾の際の添付資料ともされておらず(財政法36条)、公開もされていないようである。
 また、財政法35条が定める手続的規律が真価を発揮するのは、各省各庁レベルにおける「予見し難い予算の不足」の認知をトリガーとしてボトムアップ的に予備費使用が決定されるケースであるように思われる。ところが、平成の統治機構改革の結果、予算編成を含む財政運営全般において内閣の指導性が格段に強化されているのであり、内閣の強力な指導に基づき予備費使用が決定されるのだとすれば、財政法35条が予定する機関間牽制の仕組みが適切に機能するかは疑わしい。
 さらに、予備費の内容を国会が積極的に審査しうる体制づくりにも課題があるように思われる。そもそも、予備費は国会の各院ともに、予算委員会ではなく、決算行政監視委員会(衆議院)と決算委員会(参議院)に付託される。しかし、予備費の性質からいえば、予算委員会に付託されるべきものであり、通常予算や補正予算の審議に併せてそれまでの予備費の使用について承諾を行うべきだろう。
 もっとも、予算に関する情報公開や国会への情報提供体制の強化、平成の統治機構改革の結果生じた予算過程における内部統制の仕組みの変容への対応、国会の審査体制の充実といった課題は、予備費に限らず予算制度全体に当てはまる。冒頭で、予備費は通常の予算と同程度にしか国会の統制が及んでいないと述べたのはそれゆえである。
 これらの課題はいずれも、国会がその気になれば対応できるものばかりである。国会が財政国会中心主義(憲法83条)の趣旨をどれだけ真剣に受け止めて改革の意欲を見せるかが問われているのではないか。

◆片桐直人(かたぎり なおと)さんのプロフィール

大阪大学大学院高等司法研究科准教授
京都大学大学院法学研究科博士後期課程修了。近畿大学法学部准教授等を経て現職。
専攻は憲法、通貨・中央銀行法、財政法、宗教法。





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