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今週の一言
国際刑事裁判所とは何か
2022年5月23日

竹村仁美さん(一橋大学准教授)


1 国際刑事裁判所とは
 2022年3月2日、オランダ・ハーグにある国際刑事裁判所(International Criminal Court: ICC)のカーン主任検察官は、39の締約国によるウクライナの事態の付託を受けて、2013年11月21日以降にウクライナ領域内で行われた戦争犯罪、人道に対する犯罪、集団殺害犯罪(ジェノサイド)に関する捜査を開始したという声明を発表しました。3月9日、日本政府も2007年に締約国となって以来初めて、ウクライナの事態を国際刑事裁判所に付託しました。現在、国際刑事裁判所とは何か、国内外で関心を集めています。
 国際刑事裁判所は、1998年7月にローマで開催された外交会議において採択された国際刑事裁判所に関するローマ規程(以下、規程)という多数国間条約によって2002年に設立された常設の国際刑事裁判所です。現在の締約国数は123ヶ国となっています。
 伝統的に国際法は国家間関係を規律する法として発達してきました。常設の国際刑事裁判所で国際法を適用して直接自然人を裁くに至るまでには、ニュルンベルク裁判、東京裁判、そして冷戦後に国連の安全保障理事会(以下、安保理)が設置した旧ユーゴスラビア、ルワンダの臨時国際刑事法廷といった時限的な国際法廷による個人の刑事責任追及の試みが存在します。国際刑事裁判所は、冷戦後の臨時国際刑事法廷同様、第1審と上訴審という2審制を採用しています。加えて、国際刑事裁判所には予審裁判部が存在しており、主に第1審で訴追が行われる公判前の手続に関与します。それら裁判部門の他、国際刑事裁判所は裁判所長らで構成される裁判所長会議、検察局と書記局を擁します。裁判官は全部で18名おり、「徳望が高く、公平であり、誠実であり、かつ各自の国で最高の司法官に任ぜられるのに必要な資格を有する者」(規程36条3項(a))であって、(1) 刑事法と刑事手続についての確立した能力と裁判官、検察官もしくは弁護士等の資格の下での経験、又は(2) 国際法関連分野の能力と裁判所の司法業務に関連するものの下での広範な経験を有する者の中から締約国会議での選挙で選ばれます(規程36条3項(b))。選挙の際、締約国は世界の主要な法体系の代表性と地理的衡平性、女性と男性の公平性の必要性を考慮して選出することが求められています。

2 国際刑事裁判所の対象犯罪
 国際刑事裁判所の対象とする犯罪は、大きく分けて、(1) 文民・捕虜の殺害・拷問等武力紛争中に行われた国際人道法の重大な違反を構成する戦争犯罪、(2) 平時・武力紛争時を問わず文民たる住民に対する攻撃であって広範又は組織的な攻撃として行われる人道に対する犯罪、(3) 国民的・民族的・人種的又は宗教的な集団の全部又は一部に対しその集団自体を破壊する意図を持って行われる集団に対する殺害等の行為を指す集団殺害犯罪(ジェノサイド)、(4) 他国の領土保全に反し、国連憲章の明白な違反を構成する武力行使である侵略犯罪となっています。このうち、侵略犯罪については規程を採択した当時に定義等の合意がかなわず、改正規定という形で規程に組み込まれています。したがって侵略犯罪については、国連憲章第7章に基づき侵略の認定を行った安保理が国際刑事裁判所へ事態を付託しない限り、規程という条約に加えて改正規定を批准・受諾している締約国の事態と国民に対してのみ国際刑事裁判所は管轄権を行使することができるにとどまります。

3 補完性の原則
 規程1条を読むと、国際刑事裁判所は、以上の国際的な関心事である最も重大な犯罪を行った者に対して管轄権を行使する国際組織である一方、国家の刑事裁判権を補完するものにとどまることがわかります。したがって、国際刑事裁判所は事態の関係国にその捜査又は訴追を真に行う意思又は能力がない場合にのみ介入できるという補完性の原則の下に機能しています。

4 国際刑事裁判所と非締約国との関係性
 国際刑事裁判所は条約でできた国際組織ですので、基本的には条約に入っている国、締約国の領域、締約国に登録された船舶・航空機内で行われた犯罪又は締約国国民が行った犯罪を裁くことになります。したがって、締約国で犯罪が行われれば、国際刑事裁判所の非締約国の国民であっても訴追対象となり得るので、この点については非締約国のアメリカが継続的に批判しています。検察局への犯罪情報提供は国家、個人やNGO等誰でもできます。国際刑事裁判所の検察官はそれらの情報をもとに自ら捜査に着手し、予審裁判部に捜査開始を申請できます。この他、戦争犯罪等、国際刑事裁判所の管轄する犯罪が発生していると思われる締約国の事態について、締約国が事態を検察局へ正式に付託、あるいは国連憲章第7章に基づいて行動する安保理も国連加盟国の事態を付託することもでき、その場合、検察局は予審裁判部に許可を得ることなく捜査を開始できます。安保理による付託の場合、国際刑事裁判所規程の締約国でない国の事態についても付託でき、実際に安保理決議1593(2005年)と1970(2011年)はスーダンとリビアという2つの非締約国の事態を付託しました。安保理常任理事国には国連憲章27条3項の下で拒否権がありますので安保理付託で常任理事国の関係事態が付託されることは考えにくく、他の形で事態が裁判所に係属して以降も、規程16条は憲章第7章下の安保理決議でいかなる捜査・訴追をも延期要請できると定めています。
 今回、ウクライナ情勢の主な関係国であるウクライナとロシアは規程の締約国ではなく(いずれも2000年に規程へ署名、その後ロシアは2016年に署名を撤回)、安保理による事態の付託もありません。にもかかわらず、検察官が捜査を開始できた背景には、規程12条3項に基づいてウクライナが国際刑事裁判所の管轄権を受諾する宣言を行っていたという事情があります。2013年11月にウクライナ政府がEUとの連合協定の締結を見送ったことで、首都キーウの独立広場(マイダン)を中心に反政府運動が盛り上がり、マイダン革命と呼ばれる政変が起きる過程で、2014年2月には100名以上の死者が出ました。政変後、ロシアはクリミアを編入し、東部ウクライナでも分離を目指す住民とウクライナ軍との間で衝突が生じました。そこで、ウクライナは2014年4月に、2013年11月21日から2014年2月22日の間にウクライナで行われた犯罪に対する国際刑事裁判所の管轄権行使を認める宣言を行い、2015年9月にも2014年2月20日以降にウクライナで生ずる犯罪について同裁判所の管轄権行使を認める宣言を行いました。この2つ目の期限の定めのない宣言が今回の国際刑事裁判所の締約国付託の法的根拠です。

5 国際刑事裁判所の判決の影響
 国際刑事裁判所は自然人について管轄権を持ち(規程25条1項)、「裁判所の管轄権の範囲内にある犯罪を行った者は、この規程により、個人として責任を有し、かつ、刑罰を科される」とされています(同2項)。したがって、裁判所の判決は自然人を拘束します。
 2012年に国際刑事裁判所は最初の判決を出し、コンゴ民主共和国の反政府勢力の指導者ルバンガに対して児童兵の徴集若しくは編入又は敵対行為のための使用という戦争犯罪で有罪とし、14年の禁固刑の判決を下しました。すでにルバンガは刑期を終えて釈放されています。このように活動当初の国際刑事裁判所検察局は、関係国の協力を得やすい反政府勢力の指導者を中心に捜査・訴追を行い、一定の実績を出してきました。
 他方で、安保理付託された非締約国の国家元首に対する捜査・訴追は一筋縄では行かず、国際刑事裁判所の非締約国の国家元首が慣習国際法上有する特権・免除を背景に、締約国の中でも一部アフリカ諸国は、国際刑事裁判所からスーダンの現職大統領に対して出された逮捕状への協力に同大統領が政変で退陣するまで反対してきました。
 国際刑事裁判所は条約体制をとりつつも、国際的な関心事である最も重大な犯罪を裁くという国際社会共通の普遍的課題を背景に設立されており、重大な国際法上の犯罪の不処罰を撲滅するという設立目的に鑑みれば、本来、諸国は規程への参加にかかわらず、国際刑事裁判所へ積極的に関与していく必要があります。とはいえ、国際刑事裁判所といえども各国の主権を超越して犯人を逮捕することはできないため、その実効性を高めるには、関係諸国の協力が不可欠です。したがって、今回のウクライナの事態に際し、国際刑事裁判所が世界的に脚光を浴び、非締約国アメリカも証拠収集に協力する姿勢を見せたことは裁判所の普遍性を強化し、意義のあることだといえるでしょう。

◆竹村仁美(たけむら ひとみ)さんのプロフィール

一橋大学大学院法学研究科/国際・公共政策大学院准教授。専門は国際法、特に国際刑事法。東京外国語大学卒、一橋大学大学院法学研究科修士課程修了、ライデン大学大学院LL.M.、アイルランド国立大学ゴールウェイ校附属人権センターにてPh.D.取得。九州国際大学法学部助教・准教授、愛知県立大学外国語学部准教授を経て現職。博士論文を単著として、International Human Right to Conscientious Objection to Military Service and Individual Duties to Disobey Manifestly Illegal Orders(Springer, 2008)刊行。最近の業績に、「国家元首の免除」論究ジュリスト第37号(2021年秋号)62-68頁がある。

【関連HP:今週の一言・書籍・文献】

今週の一言(肩書きは寄稿当時)

「ロシアによるウクライナ侵略と日本国憲法の思想」
山元 一さん(慶應義塾大学大学院法務研究科教授)

「ウクライナの侵攻と人間の尊厳」
山本 聡さん(神奈川工科大学 教職教育センター 副センター長 教授)

特別掲載「戦争と平和」
伊藤真(法学館憲法研究所所長)




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