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今週の一言
特定少年の実名報道と社会の責任
2022年3月21日

後藤弘子さん(千葉大学大学院社会科学研究院教授)


改正少年法と特定少年
 この4月1日から、民法の成人年齢が18歳となるが、少年法では、2021年の法改正で、成人の記載を削除したため、少年法において、成人年齢という概念はなくなった。一方で、少年法は、従来通り20歳未満を少年と定義し、未成熟、教育の必要性を理由とした特別扱いを継続することとなった。
 しかし、18歳未満少年に対してはこれまで通りの取扱いなのに対して、18歳・19歳少年は新たに「特定少年」として、これまでとは異なる「特別扱い」がなされることとなった。 
特定少年が犯罪を行った場合、全件家庭裁判所に送致されるが、虞犯の場合は送致されない。保護処分の言渡しの際には、「犯罪の軽重を考慮」する、保護観察や少年院収容期間が限定される、検察官送致の範囲が拡大するといった対応が行われることで、教育保護よりも責任主義が優先されることになる。加えて、検察官送致がされ、起訴されたあとは、基本20歳以上の被告人と同様の扱いとなる。
 しかし、特定少年は、18歳未満とは取扱いが異なるとはいえ、少年法上はあくまで少年であり、今回の改正のように検察官送致の範囲が拡大し、これまでより多くの少年が刑事裁判の対象となったとしても、少年法50条の規定の適用が除外されるわけではない。少年法50条は、刑事裁判においても、行為のみに注目するのではなく、少年の生育歴や少年の抱えている様々な問題を明らかにし、教育的かつ将来の社会復帰に資するような裁判が行われることを求めている。
 そのため、これまでの推知報道禁止(法61条)ルールが起訴後には適用されず、報道機関が実名報道をしても少年法に違反しないとする少年法68条による大転換が与える影響は、甚大なものとなる。

特定少年と実名報道
 これまでも、公的機関が実名を公表しなくても、報道機関は独自に取材して、実名や顔写真を入手していた。ただし、少年法61条の禁止により、これまで少なくとも新聞は少年事件の死刑執行がなければ、全紙足並みをそろえた実名報道はしてこなかった。
 今回、日本新聞協会は「第68条の特例に該当する事件について、氏名、写真などの掲載は各社の判断において行う」という方針を明らかにしている※1。
 これまで各社が判断に迷う典型的なケースは、少年事件の死刑確定時の実名報道であった。この判断は現在も割れている。毎日新聞・東京新聞は実名報道をしないが、朝日新聞・読売新聞は実名報道をしてきた。そして、実名報道をするしないにかかわらず、各紙は「おことわり」として、実名報道をする・しない理由を紙面に掲載してきた。
 死刑の言渡しはこれまでも特定少年のみ可能であったことから、今回の法改正で、実名報道に関しては、特定少年の起訴を死刑の確定と同じに扱うこととなった。新聞協会の方針の書きぶりからすれば、特定少年の実名報道に際しては、すべて「おことわり」を付して報道するようにも読める。
 少年法は、非行の責任を少年のみに負わせていない。望ましいのは、少年が非行に至る前の被害者であった段階で発見され、必要な支援が提供されることである。けれども問題を抱えている少年の発見に社会が失敗し、少年を非行少年に育ててしまった責任を、少年を再教育するという形で社会がとることを少年法は予定している。保護者に対しては、家庭裁判所が訓戒や指導を行う(法25条の2)ことが明記されており、また、社会は非行少年を発見すること(法6条1項)で、責任をとる。そして、報道機関には、その影響の大きさから、少年であることを推知できる形での報道をしないことで、少年の社会復帰の妨げにならないような報道をする責任を果たすことを要求しているのである。
 少年法68条は、同法61条を適用しないとだけ規定しているために、実名報道自体では、少年法に違反しないが、報道機関が少年の社会復帰を促進する責任を果たす少年法上の義務は残る。

特定少年と実名の公表
 今回の法改正で、特定少年の起訴後の実名に関して、警察・検察も公表するかの判断を迫られることとなった。起訴された少年事件について、裁判所は裁判体の判断によって、被告人の名前を法廷入口に掲示しない、公判で名前を呼ばないなどの対応を行ってきた。特定少年に対しても、少年法の理念からすれば、これまで通りの扱いの継続が期待される。
 もちろん、特定少年であっても、検察官送致されて起訴されるまでは、これまで通り、推知報道が禁止される。逮捕された特定少年は、犯罪捜査規範209条に基づいて、推知報道が禁止され、その後検察に事件送致されても、同様の扱いがなされる。検察は家庭裁判所への事件送致が義務付けられていることから、家庭裁判所送致後は、少年法61条により、推知報道は禁止される。
 検察官送致決定がなされた場合、原則として起訴が強制される(法45条5号)。起訴後は略式事件を除いて、警察は、犯罪捜査規範を改正して、特定少年の事件を同209条の推知に係る制限の対象としないとした。また、最高検察庁は、2022年2月8日付の事務通知で、実名公表の基準を「犯罪が重大で、地域社会に与える影響が深刻な事案」とし、裁判員裁判対象事件は原則としてそれにあたるとしている※2。
 そもそも、少年法の理念からすれば、警察・検察が起訴後であっても実名を公表する必要があるとは思えない。少年法68条は報道機関にのみ名宛する規範であると読むことは十分に可能である。
 特定少年の検察官送致後は警察が手続に直接かかわることはないため、検察が実名公表をしないと決めた事件について、警察が実名を公表することはないであろう。表現の自由との関係で検察が実名を公表すれば、たとえ逮捕時や家庭裁判所送致時に実名を公表せず、報道機関も実名を報道しないとしても、過去のすべての報道が実名とリンクすることになる。
 その影響は、家庭裁判所で収集される要保護性の情報にも及ぶ。そもそも、実名とのリンクが予想されるのであれば、きわめて秘密性の高い要保護性情報が十分に収集されないおそれもある。審判の非公開と推知報道禁止は、単に少年の将来の社会復帰促進のためだけではなく、家庭裁判所での収集情報の質を担保する制度としてこれまで機能してきた。
 加えて、特定少年であっても、刑事裁判で保護処分相当の判断がなされた場合には、もう一度家庭裁判所に事件を移送することが可能となる(法55条、「55条移送」)。そのため、55条移送後の家庭裁判所の審判で少年院送致や保護観察となる可能性も残されている。
 その場合、少年の可塑性を前提として、さらなる調査が家庭裁判所で行われるが、実名が公表された上での情報収集では、匿名が担保された場合と比べて、劣る情報収集しかできない可能性は否定できず、その後の少年院での教育や社会復帰に与える悪影響は無視できない。
 少年法上は少年である特定少年の実名を公表・報道してさらすことは、犯罪の責任を少年のみに押しけるものであり、少年を犯罪に追いやった社会の無責任を助長することになる。少年を被害者の段階で発見しなかった責任を、匿名による社会復帰の支援という形で果たすことは、新たな被害者を生まないという点からも、社会が事件を教訓化するためにも必要である。少年法68条の安易な運用は社会のためにならないことをそれぞれが銘すべきである。

※1  https://www.pressnet.or.jp/statement/report/220216_89.html
※2  毎日新聞デジタル2022・2・8

参考文献
後藤弘子「実名報道と少年法改正」論究ジュリスト37号(2021)113頁~120頁

◆後藤弘子(ごとう ひろこ)さんのプロフィール

慶應義塾大学大学院法学研究科博士課程単位取得退学。立教大学法学部助手、東京富士大学経営学部助教授などを経て、2004年4月から千葉大学大学院専門法務研究科教授。2017年から組織変更のために、千葉大学大学院社会科学研究院教授、2018年4月から2020年3月まで千葉大学大学院専門法務研究科長。専門は刑事法。法科大学院では、少年法、ジェンダーと法を教える。
日本被害者学会理事、ジェンダー法学会副理事長。東京少年鑑別所視察委員会委員長。NPO法人子どもセンター帆希理事長、NPO法人千葉性暴力被害支援センターちさと副理事長。

編著として、『ビギナーズ少年法 第3版』(成文堂)、『犯罪被害者と少年法』(明石書店)、共著として『社会の中の少年院』(作品社)、『治療的司法の実践』(第一法規)、『シリーズ刑事司法を考える 第4巻 犯罪被害者と刑事司法』(岩波書店)など。

【関連HP:今週の一言・書籍・文献】

今週の一言(肩書きは寄稿当時)
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