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今週の一言
改正少年法施行で少年報道はどう変わるか
2022年3月14日

山田健太さん(専修大学文学部ジャーナリズム学科教授)


18・19歳の中途半端な法的位置づけ
 2022年4月から改正少年法が施行される。大きなポイントが「特定少年」の設定で、一般成人と近い扱いを受けることが増える。その分かりやすい変更点が、「実名・顔写真」報道の解禁と伝えられているものだ。従来、加害少年は法61条で推知報道が禁止されており、「氏名、年齢、職業、住居、容ぼう等によりその者が当該事件の本人であることを推知することができるような記事又は写真を新聞紙その他の出版物に掲載してはならない」となっていた。これに新たに68条の「記事掲載禁止の特例」規定が加わり、「第61条の規定は、特定少年のとき犯した罪により公訴を提起された場合における同条の記事又は写真については、適用しない」となったからだ。
 ただしややこしいのが、この特定少年と規定された18・19歳が大人なのか子どもなのかがはっきりしないことである。発端となった憲法改正国民投票法で投票権年齢が18歳となったのを皮切りに、公職選挙法そして最近では裁判員法でも18歳を「大人」として扱うことになった。さらには民法上の成年年齢も、1876年の太政官布告以来といわれる改正で18歳に引き下げられた。私法上の契約をはじめ、居場所や進路の決定、医師などへの就業など、まさに「大人」扱いされるということになる。
 一方で、未成年者飲酒禁止法・未成年者喫煙禁止法・特定複合観光施設区域整備法・競馬法・自転車競技法・小型自動車競走法・モーターボート競走法などにより、酒・煙草・ギャンブルの年齢制限は変更されず、この点ではいまだ「子ども」扱いだ(ちなみにパチンコは「風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律」で以前から18歳未満が禁止で、この点でもチグハグだ)。これからしてもこの間の法改正によって、18・19歳が社会の中で極めて中途半端な位置に置かれてしまったことがわかる。
 そして、その最たるものが少年法における特定少年ということではなかろうか。議論の末、法の枠に残ったわけで「未熟な存在」で「子ども」あることには変わらないものの、厳罰化の声に押されるかのように、事実上、一般の刑事裁判で「大人」として取り扱われることが多くなるだろう(後述の通り原則「逆送致」となることが決まっている)。そして、冒頭にあげた報道においては、少年が保護の対象であることには一切変わりがないまま、18・19歳は一般事件同様に実名で扱うことになった。

報道では法ではなく倫理上の判断必要
 表現の自由の原則から言えば、推知報道禁止が極めて例外的な法規制である。したがって、今回の改正によって例外が外れて原則に戻ったわけで、今後は法の制約なく自由に実名で報ずることができるようになった、ともいえる。実際これまでも、法制定時において法曹界と報道界で話し合い、あえて法に従わない場合を文書で確認しているくらいで(「新聞協会の少年法第61条の扱いの方針」)、いかにこの法規制が例外的で、本来は自由な報道が認められてしかるべきかは、立法者側も理解をしていた証左ともいえる(なお、同方針は22年2月16日の改定で「第68条の特例に該当する事件について、氏名、写真などの掲載は各社の判断において行う」との補記を追加した)。
 しかし一方で、北京ルールズ(少年司法の運営に関する国連最低基準規則)で「原則として、少年犯罪者の特定に結びつくいかなる情報も公表されてはならない」と規定されているほか、子どもの権利条約等でも更生機会の確保や子どもの成長発達権などに鑑み、最大限の配慮(最善の利益)の対象とすることは、古今東西を通じた基本原則となっている。もちろん少年法も同様の趣旨であって、報道する側がこうした社会規範に則った取材・報道をすることは、社会的要請であって倫理上も当然従う必要がある。
 さらにいえば戦前の旧少年法では、報道禁止の規定があり、その罰則として1年以下の禁錮や千円以下の罰金(74条)が定められていたものの、戦後、現憲法の表現の自由規定に鑑み、罰則が撤廃された経緯がある。その結果、現在の推知報道禁止規定は、罰則を有しない「準則」とよばれる倫理的な規範として存在しているわけだ。その結果、たまに週刊誌で実名が報じられたり、ネット上で顔写真が晒されることがあっても、それらを直接少年法に基づいて取り締まるということはできない。まさにこの点からも、改正前の少年法規定においても、推知報道をしないということは報道倫理の問題であったということになる。
 また、通常の事件報道において事実を報じるという報道の基本原則に基づき、逮捕時の容疑者や公判時の被告人については実名・顔写真報道がなされているといっても、実際は人権配慮の観点から、多くの場合に匿名化がされている。性犯罪被害者や責任能力が疑われる加害者がその典型例だ。それからすると、少年法の枠にある特定少年は、法律上は制限がなくなったが、倫理上で人権配慮の観点から、報じる側が個々に判断する対象になったと考えるのがわかりやすいだろう。

読者・視聴者に理解を得られる報道を
 伝えられるところでは、裁判員裁判になった段階で検察が実名等を発表するとされるが、その前提は、少年警察活動要綱13条「発表上の留意点」で「推知させるような事項は、新聞その他の報道機関に発表しないものとする」とか、犯罪捜査規範209条「報道上の注意」で「その者を推知することができるようなことはしてはならない」との定めがあることとの関係から、それらを少年法特例に合わせて適用しないことにするものと推測される。
 ただし実際の少年事件の流れを追って考えると、特定少年が少年法上の特例として実名報道が許されるのは、家庭裁判所が成人と同様に刑事処分を受けるのが相当と判断し、検察官送致すなわち逆送決定を行った場合において、検察官の公判請求後(公開法廷で裁判を受けるべきと判断されて検察官に起訴された後)に限定される。すなわち、警察による捜査段階(もちろん逮捕時も含む)や家庭裁判所の審判段階の推知報道は、改正後の少年法によっても違法ということになる。
 さらに状況を多少複雑にすると予想されるのは、法規定に従うと特定少年が犯した事件は「全件家裁送致」(法41・42条)され、いったんは少年事件として扱われる。そのうえで「原則逆送」(法20・62条)となることから、一般刑事事件としての扱いに擬制される。しかしその上で、一部は家庭裁判所に「再移送」(法55条)されて少年事件の扱いに戻る仕組みとなっていることだ。しかもこの再移送は現在でも1割以上あり、改正後はさらに増えるとの想定もある。ということは、この規定に従って報道をする場合、段階に応じて<匿名→実名→匿名>と報じ方を変更するのかということになりかねない。
 もちろん一方では、通常の事件報道の場合、逮捕段階で実名に切り替えて報じていることに平仄をあわせ、特定少年事件においても同様に、逮捕段階から判決に至るまで一貫して実名で報じるという考え方もありうるだろう。これが上記で示した通り少年法規定には反することはいうまでもないが、事実報道の原則に忠実だといえばその通りだ。
 しかし、とりわけ新聞や放送という基幹ジャーナリズムが考えるべきは、どういう報じ方が最も市民社会に理解を得られるか、ではなかろうか。ただでさえ、いまマスメディアは読者・視聴者から厳しい批判の対象だ。そうしたなかで、より一層の信頼感を得られる報道を行うことが必須である。その際に、少年法の趣旨や法規定に明確に反したり、法規定にはあっているにしろ、コロコロと名前を出したり引っ込めたりする報道に対し、信頼を寄せる者は少ないだろう。
 4月からの少年事件報道が、さらなるメディアの信頼性を低下し、ジャーナリズムの衰退につながらないことを切に願ってやまない。


◆山田健太(やまだ けんた)さんのプロフィール

専修大学文学部ジャーナリズム学科教授、専門は言論法、ジャーナリズム研究。1959年、京都市生まれ。日本ペンクラブ副会長。放送批評懇談会、自由人権協会、情報公開クリアリングハウスなどの各理事を務める。東京新聞、琉球新報にコラムを連載中。

主な単著に、『法とジャーナリズム 第4版』(勁草書房)、『ジャーナリズムの倫理』(勁草書房)、『愚かな風~忖度時代の政権とメディア』(田畑書店)、『沖縄報道~日本のジャーナリズムの現在』(ちくま新書)、『放送法と権力』(田畑書店)、『見張塔からずっと 政権とメディアの8年』(田畑書店)、『言論の自由 拡大するメディアと縮むジャーナリズム』(ミネルヴァ書房)、『ジャーナリズムの行方』(三省堂)、『3・11とメディア 徹底検証 新聞・テレビ・WEBは何をどう伝えたか』(トランスビュー)など。ほかに、『現代ジャーナリズム事典』(三省堂、監修)、『政治のしくみと議員のしごと』(トランスビュー、共編)『放送制度概論-新・放送法を読みとく』(商事法務、共編)ほか。

【関連HP:今週の一言・書籍・文献】

今週の一言(肩書きは寄稿当時)

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