1.犯罪に巻き込まれた人々とは
2021年12月、被害者・加害者を超えて、犯罪で傷ついたすべての人々の尊厳の回復を目指して活動する団体Inter7(インターセブン)が誕生した。被害者・加害者双方の立場の活動家7人が共同代表を務め、筆者もそのひとりを担っている。
筆者は2008年、日本における社会的弱者や少数者への支援及び調査研究を行う団体World Open Heart(WOH)を設立し、あらゆる支援の網の目からこぼれていた「犯罪加害者家族」の支援を行なっている。世間の耳目を集める重大事件から軽微な犯罪まで2,000件以上のさまざまな状況にある加害者家族の支援を経験し、報道陣が詰めかけている加害者の自宅や事件現場、全国の裁判所や刑務所に連日足を運んでいる。現場で日々感じてきたことは、事件の目撃者や犯人視された人々、事故現場の近隣住民など加害者家族のみならず、支援の網の目からこぼれる人々が数多く存在するにもかかわらず、包括的な支援体制が欠如していることである。事件に巻き込まれた人々の行き場のない不満や怒りは加害者やその家族に向けられがちである。
2.ステレオタイプな被害者・加害者像
筆者は、これまで数々の重大事件の支援に際して、一時的・集中的な犯罪報道の在り方に疑問を呈してきた※1。逮捕報道に端を発したメディアスクラム(集団的過熱取材)によって、加害者家族は転居を余儀なくされることさえある。取材は続くかと思いきや、多くの事件は捜査段階をピークに報道の数は減り、ようやく真相が芽を出した刑事裁判の時期には、世間の関心は次の事件へと移っている。したがって、多くの事件は、背景が掘り下げられることのないまま、世間から忘れられ、社会に十分な情報が伝わらないまま、極悪人である加害者像と同情すべき被害者像というステレオタイプが作られていく。
再発を防ぐためには、事件がなぜ起きたのか、その理由が重要であるが、加害者側にも被害者からいじめを受けていたなどの被害事実が浮上することも稀ではない。すると途端に被害者と加害者の立場が逆転し、被害者を責めるような論調まで出ることがある。社会がすべきことは、誰かを責めるより、被害を防ぐために何をすべきだったかを考えることである。
3.責任を果たしていくための支援
加害者家族は、”Hidden Victim”(隠れた被害者)、 ”Forgotten Victim”(忘れられた被害者)と表現され、親が罪を犯した「子どもたち」を中心に発展してきた。子どもたちに一切の責任はなく、第二の被害者と呼んでも過言ではない。
一方で、日本の加害者家族支援のニーズは「親」である。芸能人の子どもが逮捕されると、必ずと言っていい程、親が出て来て謝罪会見を開くことに代表されるように、日本では子どもがいくつになっても「親」としての責任が問われる社会なのである。子の犯罪は社会的な死であり、親の社会的地位が高ければ高い程、世間からの責任追及は厳しくなり、自責の念から自死に至るケースも報告されている。
事件の背景を見ていくと、加害者の親たちは「被害者」と呼べるケースだけではなく、幼少期に虐待をしていたような「隠された加害者」であり、道義的責任のみならず、民事上の損害賠償責任を負う人々も存在している。責任を有する家族であれば支援は不要というわけではなく、むしろその責任を果たしていくためにこそ支援が必要なのである。
共同代表(Inter7共同代表。以下、同じ)の五十嵐弘志氏(特定非営利活動法人マザーハウス理事長)※2は自身も服役の経験を持ち、出所後は受刑者の社会復帰支援に力を注いできた。今の日本において、加害者の社会復帰は容易ではない。世間からのバッシングで家族は地域を追われ、帰る家もなくなり、仕事もない加害者が、どうやって賠償義務を果たせるのか。自ら犯した罪と向き合い、償いを続けていくためには、更生できる環境が必要である。
4.司法の限界
弟を保険金殺人で殺害された共同代表の原田正治氏(Ocean被害者と加害者の出会いを考える会発起人・被害者遺族)※3は、弟を殺害した死刑囚と刑務所で面会を重ねてきた。なぜ、彼が弟を殺めなければならなかったのか、本人から真相を聞きたかったからである。刑事裁判は、責任に応じた量刑を判断するところであり、事件の真相を明らかにするには限界がある。共同代表で交通事故被害者遺族の片山徒有氏(被害者と司法を考える会)※4もまた、裁判外での被害者・加害者対話の必要性について考え実践してきた。
当事者にとって、刑事裁判の判決はひとつの区切りであり、必ずしも事件の終わりを意味しない。
5.異なる立場の人々が共に考える居場所
共同代表の荒牧浩二氏(オークス・奥本章寛さんと共に生きる会事務局長)は、死刑囚とその家族を支援し、奥本氏が拘置所で作成した絵を基にグッズを販売し、その売り上げを遺族に送る活動を続けてきた。オークスの活動は、ただ死刑に反対するだけではなく、「生きて償う」とはいかなることか、奥本章寛氏と考え続けている。
被害者遺族でありながら死刑制度に反対する原田氏や片山氏は、批判を受けることもあるという。対立と分断を煽る風潮が強い社会において、異なる立場の者同士が集い、問題を共有することが共生社会への第一歩である。
共同代表の弓指寛治氏(画家)は、交通事故に遭い後遺症に悩まされていた母親を自死で亡くし、交通事故をテーマとした作品も手掛けてきた。そこには被害者だけではなく、加害者の存在も丁寧に描かれている。
弓指氏の作品を鑑賞した女性は、母親としての複雑な心境を吐露した。
「子どもが小さい頃は、とにかく事故に遭うのが心配でした。そろそろ運転できる年齢になるので、加害者になる可能性もあるんですよね…」
人生において、被害者・加害者双方の立場を経験する人々も存在している。日本の殺人事件の半数は家族間で起きており、残された家族は被害者家族であり加害者家族でもある。現在、被害者の立場にあるからといって、将来、加害者になりえないという保証はない。
6.すべての人が個人として尊重される社会へ
共同代表の柳川朋毅氏(イエズス会社会司牧センター)は、憲法13条が保障する幸福追求権について、誰にも幸せになる権利があり、幸せになるために誰かを傷つける必要はないと説く。加害者を社会から抹消し、被害者が幸せになることを許さない風潮を変えていきたい。
我々が、対立と分断を超えた先に目指す社会とは、世間が押し付ける被害者・加害者像から解放され、自分らしい生き方を選択できる社会である。
※1 阿部恭子著『息子が人を殺しました』(幻冬舎新書、2017)
※2 五十嵐弘志著『人生を変える出会いの力:闇から光へ』(ドン・ボスコ社、2016)
※3 原田正治著『弟を殺した彼と、僕。』(ポプラ社、2004)
※4 片山徒有著『犯罪被害者支援は何をめざすのか―被害者から支援者、地域社会への架け橋』(現代人文社、2003)
◆阿部恭子(あべ きょうこ)さんのプロフィール
NPO法人World Open Heart理事長。東北大学大学院法学研究科博士課程前期修了(法学修士)。2008年大学院在学中、日本で初めて犯罪加害者家族を対象とした支援組織を設立。全国の加害者家族からの相談に対応しながら講演や執筆活動を展開。著書『家族間殺人』(幻冬舎新書、2021)、『加害者家族を支援する―支援の網の目からこぼれる人々』(岩波ブックレット、2020)、『家族という呪い―加害者と暮らし続けるということ』(幻冬舎新書、2019)、『息子が人を殺しました―加害者家族の真実』(幻冬舎新書、2017)など。
【関連HP:今週の一言・書籍・文献】
今週の一言(肩書きは寄稿当時)
犯罪被害者遺族になって思うこと
渡邉 保さん(被害者が創る条例研究会 世話人
DV加害者、放置したままでいいですか?
山口のり子さん(アウェア代表)
加害者は変われる
栗原 加代美さん(NPO法人女性人権支援センターステップ理事長)