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今週の一言
宇宙ビジネス法の可能性とバブル
2021年11月22日

小塚 荘一郎さん(学習院大学法学部教授)


1.宇宙ビジネスの新時代「ニュースペース」
 ここ数年、宇宙ビジネスに対する注目が、年を追うごとに大きくなってきた。新聞などのメディアでも、科学技術に関するニュースだけではなく、経済ニュースとして宇宙ビジネスが頻繁に取り上げられている。それに伴って、若手の弁護士の方が、「宇宙法」に対して関心を持つことも増えているように感じられる。学生の皆さんの中には、宇宙法の専門家になりたいという動機で法曹の道を志望している人もいるだろうか。
 宇宙ビジネスの新しい展開は、2010年前後に、宇宙産業が情報通信(ICT)産業と融合したことから生まれた。シリコンバレーなど米国の西海岸で、ICT産業に関与してきたエンジニアやファンドが宇宙産業に参入し、技術面でも、ビジネスモデルの面でも、破壊的とも言うべきイノベーションをもたらしたのである。その結果、まず、人工衛星やロケットの小型化が始まった。10㎝×10㎝×10㎝を1Uとする超小型衛星(キューブサット)が、大学の研究・教育用だけではなく、商用や軍事用にまで実用化されている。その先には、人工衛星のソフトウェア化が待っている。通信衛星や観測衛星といった衛星の機能(ミッション)を設計・製造段階で決めてしまうことなく、スマートフォンと同じように、打上げ後、軌道上でソフトウェア(アプリ)を使ってインストールするという「スマート衛星」が既に開発されている。そして、小型化とソフトウェア化が進めば、人工衛星開発のコストが下がり、宇宙利用の民主化が進むと予想される。途上国を含む多くの国で人工衛星が開発され、世界中で一般のユーザーが衛星データをスマートフォン上で呼び出し、日常生活に利用するという未来も、遠くはないであろう。

2.日本の宇宙法
 宇宙活動に関して、日本には現在、宇宙基本法、宇宙活動法(人工衛星等の打上げ及び人工衛星の管理に関する法律)、衛星リモセン法(衛星リモートセンシング記録の適正な取扱いの確保に関する法律)、そして宇宙資源法(宇宙資源の探査及び開発に関する事業活動の促進に関する法律)という4本の法律がある。このうち宇宙基本法は、超党派の議員によって立案された議員立法であり、日本における宇宙利用の基本理念を定めるとともに、宇宙開発戦略本部を設置するというものである。そして、宇宙基本法によって政府に義務づけられた「宇宙活動に関する法制の整備」(同法35条)として、宇宙活動法及び衛星リモセン法が制定され、日本国内から行われる宇宙活動については国の許可を得なければならないとされている。
 宇宙資源法は、今年(令和3年)の通常国会で成立したばかりの新しい法律である。この法律は、宇宙基本法と同じく超党派の議員立法として成立した(自民・公明・立民・国民・維新の各会派が賛成)。宇宙機を用いた宇宙資源の探査・開発は人工衛星の管理にあたるので宇宙活動法にもとづく許可が必要になるが、宇宙資源法は、その際に、宇宙活動法で要求される一般的な事項に加えて、宇宙資源の探査・開発に係る事業計画を提出しなければならないものとしている(同法3条)。その上で、日本政府の許可を受け、事業計画にもとづいて採掘した宇宙資源については、採掘をした者が所有権を取得すると定めた(同法5条)。宇宙資源の所有権について定めた法律は、世界で4番目(米国、ルクセンブルク、アラブ首長国連邦に次ぐ)である。

3.宇宙資源の探査・開発
 宇宙資源法の立法前から、宇宙法について話す機会に、「天体やその資源を所有することはできるのですか」という質問を受けることが多かった。端的に回答すれば、天体を所有することは国際法上許されないが(宇宙条約2条参照)、天体上の資源を採掘したときにそれを所有することは、国際法には反しないと考えられている。はやぶさの初号機が小惑星イトカワから、そして2号機が小惑星リュウグウから持ち帰ったサンプルについて、天体の違法な取得として非難する意見は、世界のどこにも存在しない。このような考え方は、実は国内法でも同じであり、地中に埋蔵されている資源は無主物であるが、鉱業法にもとづいて適法に採掘されれば、採掘した鉱業権者が所有権を取得する(同法8条)。宇宙資源法は、これと同じ枠組を宇宙資源の探査・開発について新たに設け、適法に(宇宙資源法が修正した宇宙活動法上の許可制度に従って)行われた探査・開発活動の中で採掘された宇宙資源については、日本法にもとづく所有権が成立するものとしたのである。
 現実に想定されている宇宙資源の開発とは、月面の水(氷)の利用である。水は、水素と酸素からできているので、分離した上で燃焼させればエネルギーとなる。月面の水を採掘し、利用することができれば、月を中継地点として、火星などさらに遠くの宇宙(深宇宙)を探査する可能性が開かれる。そのときに、採掘した水の利用が適法であることの法律的な裏づけがないと、宇宙資源の探査・開発をビジネスとして民間企業が参入することは難しいであろう。宇宙資源法は、そのような宇宙資源ビジネスを成り立たせるための基盤となる法律なのである。
 世界ではじめて宇宙資源に対する所有権を認めた米国の法律(宇宙資源探査利用法)は、国際的にかなり厳しく批判された。それは、所有権を認めたこと自体への批判というよりも、国際的な枠組を考慮することなく、米国の国内法だけで宇宙資源に関する制度をつくろうとしたことに対する批判という面が強かった。これに対して、日本の宇宙資源法は、国際的な連携と協調を前面に打ち出している。まず、宇宙資源の探査・開発に対して許可を与えたときは、政府(内閣総理大臣)は、それを国際的に公表しなければならない(宇宙資源法4条)。これは、探査・開発の計画が他国と競合し、国際紛争になることを予防する目的の規定である。さらに、政府には、「国際的に整合のとれた宇宙資源の探査及び開発に係る制度の構築」に努める義務が課されているほか(同法7条)、民間企業に対して「技術的助言、情報の提供その他の援助」を行うものとされている(同法8条)。ここにいう「援助」には、宇宙資源開発に携わる企業が国際紛争に巻き込まれた場合に、関係国間の協議(宇宙条約9条)を通じて解決することが含まれていると解されよう。

4.なぜ宇宙ビジネスを行うのか
 宇宙ビジネスと宇宙法の将来には、このように、大きな可能性が開かれている。それは喜ばしいことではあるが、バブルのような宇宙ビジネス(法)への熱狂に対して、あえて警告も発しておきたい。今年(令和3年)の7月、アマゾンの創業者であるジェフ・ベソス氏が、自らが立ち上げた企業の宇宙機による宇宙旅行を実現した際に、アマゾンの従業員がこれを批判するオンライン署名活動を行っていたというニュースが報じられている。その趣旨には、「億万長者が我先にと宇宙旅行に繰り出すのは、日々の糧を得るためだけに必死で働いている労働者の人々の顔に泥を塗っているようなものです」と記載されていたそうである。その後、英国のウィリアム王子が「宇宙旅行に力を入れている億万長者らは地球を守るために時間と金を使うべきだ」と発言したことも報道された。
 ニュースペースがもたらす宇宙利用の民主化は、人々の生活を一段と豊かなものにするであろう。それでも、日々の生活に苦しむ人の目には、宇宙活動が富の無駄遣いのようにも見えているのである。宇宙ビジネスや宇宙法に関心を持つ皆さんには、なぜ「宇宙活動を行うのか」ということを改めて問い直していただきたい。その答えはもちろん一つではないが、そのような問いと向き合い、人類にとって宇宙開発が持つ意義を考え抜いた上での宇宙ビジネスや宇宙法でなければ、すぐにはじけてしまうバブルに終わると思われるからである。

◆小塚 荘一郎(こづか そういちろう)さんのプロフィール

学習院大学法学部教授。東京大学法学部卒業、博士(法学)。東京大学助手、上智大学法科大学院教授などを経て現職。宇宙法分野の著書として、『宇宙ビジネスのための宇宙法入門[第2版]』(佐藤雅彦氏と共編著、有斐閣、2018)、『宇宙六法』(青木節子教授と共編、信山社、2019)、『世界の宇宙ビジネス法』(笹岡愛美准教授と共編著、商事法務、2021)。そのほか、『支払決済法[第3版]』(森田果教授と共著、商事法務、2018)、『AIの時代と法』(岩波新書、2019)などの著書がある。

 


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