子どもにやさしいまちづくりとは
皆さんは「子どもにやさしいまち」を聞いたことがあるでしょうか。ユニセフのプログラムでChild Friendly Cities (以降CFCと略す)の訳です。「やさしい」はkind の優しいではなく「親しみ」が持てる、子どもが自分に「近しい」愛着が感じられるまち。それは子どもが自分ごととしてまちのことを考え、意見を言うことができる、子どもの参画が推進されるまちです。
このプログラムは1996年イスタンブールで開催された第2回国連人間居住会議(HABITAT Ⅱ)にて提唱されて始まりました。背景には1989年に制定された子どもの権利条約があります。その12条、13条の子どもの意見表明権、表現の自由をまちづくりに保障していくものです。
持続可能な開発に大事なのは子どもの参画
なぜ「まちづくり」か、と言いますと、1992年に開催された国連地球環境サミットで持続可能な開発が大きなテーマとなったことがあります。持続可能な開発とは「未来の世代が必要とするものを満たす能力を損なうことなく、現在の世代が必要とするものを開発する」(ブルントラント報告書より)という意味です。
リオのサミットで、セヴァン・スズキという12歳の少女がカナダの環境クラブの仲間と壇上で地球環境の問題、生物多様性の危機、子どもの貧困、格差の問題を訴え、これはあなたたちリーダーの責任と強く訴えたスピーチは「伝説のスピーチ」と言われます。彼女のスピーチは今でもYouTubeで見られますし、教科書にも使われています。
「持続可能な開発」の定義を忠実に実行することを考えるならば、未来の世代の声を聞き、ともに持続可能な開発をすすめることが大事となるのです。
子どもの感性、目は正直に道を正す
セヴァン・スズキさんたちの訴えに大人たちははたしてしっかりと答えたのでしょうか。ますます地球環境問題は深刻に、貧富の格差も増大し、戦争は途絶えることなく、多くの子どもが犠牲となっています。そして絶滅する生物種も4万種以上にその速度も増しています。温暖化は進行し、人間活動の影響であることが明らかとなって、パリ協定の枠組みの産業革命以前に比べての1.5℃以下の達成も危ういとされています。毎年のように異常気象や自然災害にみまわれると大人でも不安になるところ、子どもはもっと直感的に不安を感じるでしょう。いくら子どもたちに環境教育をといっても大人が襟を正した行動を示さないと説得力はありません。グレタ・トゥーンベリさんの行動はそんな子どもの直感、まともな、オーセンティック (Authentic)な論理による行動かと思います。
日本社会では本音と建前を分けて、実際の社会は複雑に成り立っていると、正直者に対して「青臭い」などと未熟者扱いをする風潮がまだ根強いかと思います。これでは国際基準に合わないし、次代を担う若者が育たないでしょう。日本が世界の潮流からどんどん遅れていく理由かと思います。
ユニセフ子どもにやさしいまちづくり事業
地球環境問題の深刻化に国連は持続可能な開発のあり方を検討し、2015年にSDGsを立て各国のミッションとして2030年までに達成することを課しました。国連のさまざまなプログラムもこの冠の中に位置づけられ、CFCも先進国も取り組むようにとチェックリストが配られました。またこれまではプログラムをさしていましたが、CFCIとInitiative (イニシアチブ)と主導的に動く組織を意味する名称に変わりました。
日本ユニセフ協会はユニセフ直属の機関ではなく、先進国で設けられる国内委員会ですが、その役割はこれまで寄付金を集めユニセフを支える役割で、主に海外の困難な状況下の子どもの支援のために活動してきました。国内の子ども向けに活動したのは東日本大震災の被災地が戦後初めてのことでした。その被災地においての活動が布石になっていたこともあり、日本ユニセフ協会ではこのチェックリストを日本語訳にする過程でいくつかの関心ある自治体職員と専門家で、日本で取り組みやすい仕組みを考えてきました。その結果、北海道のニセコ町、安平町、宮城県富谷市、東京都町田市、奈良市にて2017年から準備を始め、2019年の秋に検証作業を経て正式にユニセフも認めるCFCIとなったのです。ユニセフCFCIのホームページ(日本のCFCIはこちら)を見ますとようやく日本も実施国となっています。
日本型の子どもにやさしいまちづくり事業
実は日本のCFCIは世界の多くの国がとっている認証型ではなく自己評価型での取り組みです。他の国々では認証機関(先進国の多くはユニセフの国内委員会かその支援の機関)を設けて、膨大な資料を集めて認証する手続きをとっています。そのために費用も発生します。日本での自治体の職員や専門家の意見の多くはその方式に否定的だったのです。かくいう私も欧州のいくつかの国のその認証方式を見て、これは持続可能でないと察しました。子どもの参画とCFCの提唱者のロジャー・ハート(ニューヨーク市立大学教授)が2010年にCFC推進のためのアセスメントツールづくりのワークショップを開催した時に、私も参加させていただきました。そこでは、子ども向けのアセスメントツール、保護者向け、幼稚園や学校の先生向け、コミュニティ向けなどイラスト入りの分かりやすいチェックリストが作成されました。ロジャー・ハートの意図ははっきりしています。彼がユニセフの依頼で世界中の子どもの参画の事例を調べてまとめたレポート(『子どもの参画』、萌文社、2000 年)は、まさに子どもが参画して大人顔負けのことをしている事例ばかりです。ジョン・デューイの民主主義と教育を今日に置き換えたような子ども中心の理論と実践が述べられています。CFCを主導したロジャー・ハートの眼中にはどこかのオーソリティが認証するという形態はなかったはずです。
自己評価方式が機能するには子どもや市民の関心を増すことが必要
日本ユニセフ協会のCFCI委員会には冒険遊び場の初代リーダーの天野秀昭さんや川崎の子ども夢パークの前所長でフリースクールたまりば理事長の西野博之さんもいます。彼らも同じ考えです。このように日本は自己評価(セルフアセスメント)の方式で行うことになりました。その自己評価が自己満足ではなく、正式に認証に代わる正当性を得るには、自己評価の結果が公開され、子どもや市民の目に触れてチェックされることが必要です。
しかしこれは理想系で、実際はどれだけの市民、子どもが関心を持ってみてくれるか、意見を寄せてくれるか、という点が課題です。そして日本の政治風土では、子どもの権利に批判的な政治的動きもあり、行政の担当は情報の公開に及び腰のところもあります。それを変えるのは子どもたちがもっと前に出て正当 (Authentic) な主張が通るようにすることです。それを支える市民の関心と運動が起こってくることです。
首長と担当スタッフの連携
ユニセフの本部は当初、自己評価方式はならぬと否定的な意見でした。しかし日本の各自治体の取り組みを知り、意見が変わってきました。CFCIの成果報告会(オンラインで2021年2月)で日本の5自治体の取り組みをそれぞれの首長が発表しているのを聞いていたユニセフ本部の担当者には日本の取り組みの具体的な成果を理解されたようです。首長が自身の言葉で語っている姿は首長自身がこの意味を理解し、推進しようとしている姿勢が伝わりました。コンテンツを作成したスタッフとのまさに理想的なコラボレーションを見ているようで、私たちにも感銘を与えたものでした。このオンラインの成果発表の後にユニセフ本部のトーンも変わりました。日本のやろうとしていることに理解を示したようです。しかし、第三者評価は必要ということで第三者評価委員会を組織して、各自治体の自己評価のマネジメントがうまく機能しているかをチェックし、客観的評価を担保する仕組みをつくりました。
子どもにやさしいまちづくり事業で庁内の横断的な関係ができた
子どもにやさしいまちづくり事業に取り組んで何がよかったのか、5つの自治体の成果から見てみたいと思います。まず第一に、いずれの自治体も庁内の横断的な体制や意思疎通がはかられたことがあります。よく縦割り行政という批判が行政に言われます。日本の行政機構は中央集権の省庁の制度、事業で全てまわっています。それゆえに縦割りになりやすい構造があります。しかし子どもに関連することは様々な部署に関係します。生活している世界は大人と変わらず、児童厚生の部署のみに限定されるものではないからです。
この子どもにやさしいまちづくり事業のチェックリストの項目は以下の柱のもとに細目が設けられています。
(1) 子どもの参画
(2) 子どもにやさしい法的枠組み
(3) 子どもの人権を保障する政策
(4) 子どもの人権部門または調整機構
(5) 子どもへの影響評価
(6) 子どもに関する予算
(7) 子ども報告書の定期的発行
(8) 子どもの人権の広報
(9) 子どものための独立したアドボカシー活動
(10) 当該自治体にとって特有の項目
子どもの参画については都市計画や教育、道路はじめ公共施設の様々な部署に聞いたり、チェックリストを回して答えてもらうことになります。その作業の前に、子どもにやさしいまちづくり事業(CFCI)の意義を理解してもらう調整が必要となります。
CFCIは自治体の取り組みなので首長の意思が大事ですが、トップダウンで全て回る訳ではないので、担当部署の横の関係づくりの調整が必要となってきます。多くは庁内の横の連絡調整会議が設けられますが、ニセコ町ではこの作業の結果、子ども関係の総合部署「子ども未来課」が新設されました。宮城県富谷市は最初に職員の研修から始めて、徐々に庁内の職員の意識に浸透させていきました。それぞれの自治体の規模や組織体制の違いからプロセスは様々ですが、部署の間の風通しはよくなったことが見られます。
子どもの参画の推進
この事業を進めての成果の二つ目は子どもの参画への意識化と推進がはかられたことです。ニセコ町はもともとまちづくり基本条例の中で子どもの参画がうたわれ、小中学生まちづくり委員会や子ども議会の活動がありました。安平町は就学前の幼児教育に遊びを重視した活動に特色がありましたが、この事業で遊びを前面に押し出し、遊びこそが参画の主体育成というように楽しさあふれる活動が進められています。震災の復興からの学校再建も子どもの参画で進められています。富谷市は宮城県に盛んな中高校生のジュニアリーダークラブの活動を位置づけるとともに、わくわく子どもミーティングを開いたり、中学生の防災助け隊などが立ち上がりました。町田市はもともと高校生が行政の事業を評価する高校生事業評価委員会や、子どもセンターの子ども委員会、市長と若者が語る会など子どもの参画に取り組んでいました。このCFCIに参加している過程で次期基本構想・基本計画「(仮称)まちだ未来づくりビジョン2040」の策定に子ども達が参画し、将来の都市像や計画のキャッチコピー作成に子ども達が活躍しました。奈良市では「子どもにやさしいまちづくり条例」という名称の条例を策定した唯一の自治体です。私もこの策定作業に関わり、奈良市はこの条例策定で子どもの参画が推進されてきました。その縁でCFCIに加わり、この過程から奈良市子ども会議が設置されて子どもの参画がさらに推進されています。
子どもの目からの行政施策の点検、PDCAのマネジメント
この事業の第三の成果は子どもの権利から行政施策をチェックし、年々改善をしていくPDCAマネジメントの仕組みが構築されたことです。CFCIチェックリストは行政施策を子どもの権利からチェックする仕組みになっています。日本のCFCIはこのチェックの後に、見直し、次年度の計画へ反映、実施、そして評価とPDCAでマネジメントする体制をつくってきました。このチェックリストの文書がマネジメントのツールとして機能するようにしたのです。つまり、担当が異動しても、マネジメントがまわるために文書そのものが意味をもって動くことが行政機構の基本なので、その使い方も、参加している行政職員の知恵で改良を重ねてきました。町田市はそのために、外部のコンサルタントの意見も聞いて改良を重ねてきました。これらが他の自治体にも共有されて、文書を基本とするマネジメントへの試みが始まっています。
これがしっかり機能するかどうかは前述したように、子ども、市民にも公開され、共有されていくことが大事となります。それによってこの文書に息が吹き込まれ、子どもの権利に基づく子どもにやさしいまちづくり事業の展開となるでしょう。
SDGsに貢献する子どもにやさしいまちづくり事業
世界のCFCIの取り組みを見ますと、ドイツの地方の農村ではこの事業を進めた結果、人口が増えて少子化対策となったという事例もあります。またフランスでは幼稚園から子どもの参画を進めて、子どもが育ちやすい環境づくりが少子化対策ともなっている例が報告されています。インドネシアでは子どもの声を聞くことに熱心であったスラカルタ市長が2011年までの3年間で子どもの予算を50倍に上げて成果を上げました。そして評判を呼んでジャカルタ州知事になり、そして今の大統領となったのが、ジョコ・ウィドドです。インドネシアでは子どもフォーラムが組織され、子どもたちがドラッグ撲滅や貧困問題、環境問題などに活躍している姿が見られます。隣の韓国では41の自治体で進められています。
私自身、2004年にこのプログラムや子どもの参画の世界的リーダーのロジャー・ハートから日本で進めるように誘われていくつかの自治体、そして国や日本ユニセフ協会にも働きかけてきましたが、なかなか本腰を入れて取り組む体制をつくれないまま10年が過ぎようとする頃、韓国のユニセフの職員の視察を案内したことがあります。それからの韓国での進展は驚くほどです。今、中国でも9つの都市で準備がされています。
世界のCFCIの取り組みの現場で子どもたちに接すると関心は自分のことではなく、環境問題や貧困、困難を抱える子どもたちの問題など、冒頭に紹介したセヴァン・スズキさんの主張と変わりありません。つまりこれらの問題を解決できないどころかより深刻化させている脅威に子どもたちが不安を感じながらも自ら立ち上がって解決への主体として立ち上がっていることがわかります。
SDGsの目標年度2030年はあっという間に来るでしょう。今、子どもたちの声を聞いて、ともにこの課題にとりくむことが、すぐに大人となる彼らがSDGsとその後の展開にもリーダーシップを発揮してくれる人材として育まれることを意味します。
◆木下 勇(きのした いさみ)さんのプロフィール
1978年東京工業大学工学部建築学科卒業後、スイス連邦工科大学(ETH)留学を経て、1984年に東京工業大学大学院修了(工学博士)取得。
1987年に(社)農村生活総合センター研究員を経て、2005年に千葉大学園芸学部教授、2007年より同大学院教授、2020年千葉大学定年退職、同名誉教授、大妻女子大学社会情報学部教授。
専門は都市計画、農村計画、子ども・住民参画のまちづくり等。
著書に、『ワークショップ~住民主体のまちづくりへの方法論』(学芸出版社、2007年)、『こどもたちが学校をつくる』(翻訳、鹿島出版会、2008年)、『子どもが道草できるまちづくり』(共著、学芸出版社、2009年)などがある。