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今週の一言
離婚後共同親権制度に反対します ~DV被害者の視点から考える 
2021年3月8日

石井眞紀子さん(弁護士)



 私は、現時点で日本に離婚後共同親権制度を導入することに反対しています。
 理由は大きくいって二つあり、第一に弁護士として多数の離婚案件を扱ってきた経験上、日本の夫婦間に数多く存在するDV被害者がますます厳しい立場に立たされることが予想されること、そして第二に現行法でも離婚後共同養育は可能であり、かつそれで十分であるからです。

1.DVの特性と日本の現状
 DV(ドメスティック・バイオレンス)被害というと、殴る、蹴るなどの身体的暴力を思い浮かべる方も多いと思いますが、DVの本質は暴力ではなく「支配とコントロール」です。親密な関係にあるパートナーを支配しコントロールすることがその本質です。そのために、精神的、経済的、性的、及び身体的虐待等によって被害者を孤立させ、追い詰め、支配を強めていくというのが、DVの正しい理解です。
 
 令和元年度の司法統計によると、全国の家庭裁判所における婚姻関係事件のうち、申立の理由(複数回答)として身体的暴力を挙げたものは全申立数の19.8%、精神的虐待は23.8%、経済的虐待(生活費を渡さない)は22.5%と高い数値であり、少なく見積もっても5件に1件はDVが疑われる案件であることが分かります。

 DV被害には以下のような特性があることが知られています。
 ・被害を自覚することも、抜け出すことも困難。
 ・密室で行われるため証拠が残りにくい。
 ・加害者は社会的地位が高い場合も多く公的な場で信用されるふるまいをすることが多い。
 ・対して被害者は被害を受けて自己肯定感が低くなっていたり、記憶障害が起きたりするなどして、証言は信用されにくい。

 法に関わる裁判官も、場合によっては弁護士も、上記特性を十分に理解しているとは言い難いこともあって、日本よりはるかに対策の進んだ欧米諸国でも、DV被害者の保護は完璧には程遠いと言われています。

 また、日本では平成13年に保護命令制度が導入されましたが、対象がほぼ身体的暴力に限られていることや、今後の暴力の恐れについて立証が求められるなど被害者にとってハードルが高く、東京地裁の統計によると申立件数は平成21年をピークに年々減少しており、諸外国と比べて機能していないことも大きな問題です。

2.離婚後共同親権制度とDV被害者
 このようにDV被害が軽視されている現状で、離婚後共同親権制度を導入した場合、予想されるのは被害の深刻化です。離婚しても、共同親権となり共同養育が強制されるのであれば、加害者から逃げられません。そのため、被害からの脱出をあきらめてしまうことが起こります。

 それでは父母が同意した場合だけ共同親権とすればよいのではないか、という意見もありますが、ことはそう単純ではありません。DV被害者が、加害者との共同養育は無理と感じていても、「共同親権に同意するなら離婚してやる」といった脅しを受け、離婚を成立させるために同意してしまう事態は容易に想像できます。また、共同親権制度の存在そのものが、加害者の交渉カードとなり、被害者の不利益が予想されます(共同親権を求めない代わりに養育費は払わない、等)。

 そして、離婚後も共同親権・共同養育をするとなると、加害者はあらゆる機会をとらえて子どもを通じた加害を続けます。せっかく、子どもを守るために離婚を決意したのに、離婚後も延々と続く父母の紛争に子どもが巻き込まれ、子の福祉も害される恐れがあります。
これは米国においても「ポスト・セパレーション・アビューズ(別離後の虐待)」、「リーガル・アビューズ(法的虐待)」として知られている問題で、離婚しても、ただDV支配を続けるための訴訟が続き、被害者が精神的にも経済的にも疲弊していくのです。

 対策としては、案件に関わる法律家がDV加害を適切に評価して、加害者には親権及び監護権を原則として与えないという判断が確実になされることなのですが、前述のようなDV被害の特性から、第三者による判断には未だ限界があるのが現状です。
 
3.現行法でも共同養育は可能です
 一方で、現在の法律でも、離婚後お子さんを共同で養育することを禁止しているわけではありません。
 民法766条は、「父母が協議上の離婚をするときは、子の監護をすべき者、父又は母と子との面会及びその他の交流、子の監護に要する費用の分担その他の子の監護について必要な事項は、その協議で定める。」としており、離婚後も両親が監護に関わるような取り決めをすることは法的に可能ですし、合意書などなくても、事実婚の場合など実際に共同養育を実施している方は大勢おられます。
 
 結局のところ、DV被害を軽減するための方策として、同意がある場合のみ共同親権という案は、現行法でも共同養育は可能なのですからほとんど意味がないと思います。

4.諸外国の状況
 主に欧米諸国において、1980年代から、父権運動の成果として共同親権の制度が導入され、現在では共同親権を認める国がほとんどであると言われています(但しその意味するところは一義的ではないことには注意すべきです)。

 世界の潮流が共同親権なら、日本も導入すべきではないかという論には、私は基本的には賛同したいのですが、実際には、共同親権を取り入れた国々では様々な問題が噴出しており、これまで述べてきたようなDV被害の深刻化もその一つです。そもそも1980年代といえば、欧米諸国ですらDV被害者保護という観念が薄かった時代ですから、当然の帰結ともいえるでしょう。

 世界が共同親権だから日本もそうしよう、という前に、先発国の失敗と反省にまずは学ぶべきではないでしょうか。そして、DV被害の問題が深刻化することが分かっていながら、それでも導入しなくてはならないほど、共同親権は日本において差し迫った問題なのでしょうか。離婚後の親子関係を持続させることが目的なのであれば、ほかにも方法があるのではないでしょうか。

5.人間関係の強要は権利ではない
 以上述べてきたように、DV被害者の保護という、深刻で複雑な問題が置き去りにされたまま、「離婚しても親子のつながりを」という誰も反対できない主張によって、一足飛びに共同親権が推し進められる現状には、危惧を抱いています。

 一方で、親が子に会えないのは悲劇であることは間違いなく、親が子に関わること自体は、先日(2021年2月17日)の東京地裁の判決にあるとおり、憲法上認められた親の人格的利益であることは当然でしょう。

 しかし、それを保護するために共同親権が必要だ、という論には、違和感しかありません。一定の人間関係を他方に強要することは権利ではありません。むしろ求められているのは、法的に関係を強制することではなく、離婚後も自然に親子の関係を維持できるように、公的支援を充実させることなのではないでしょうか。

 その実現に向けて実務家として具体的に思いつくのは、家庭裁判所調査官の職務拡大、離婚家庭の子どもを継続的に支援する心理専門家体制の整備、子どもの代理人制度の浸透、安心して面会を実施できる場の整備と第三者機関の充実・公的支援などであって、弊害の多い共同親権制度の導入ではないと考えます。

◆石井眞紀子(いしい まきこ)さんのプロフィール

2007年から弁護士。2013年に米国ロースクールに留学しジェンダー法・国際人権法を学ぶ。主な取り扱い分野は国際離婚、国際相続、ハーグ条約、労働事件(労働者側)。

【関連HP:今週の一言・書籍・論文】

今週の一言

「離婚後単独親権訴訟」
作花知志さん(弁護士)



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