「10代からの政治と選挙 ー リアルな北欧民主主義の姿」
正直に言おう。私は日本では政治には興味がない大学生だった。しかし、卒業後にノルウェーのオスロ大学メディア学科に正規学生として入学し、そのまま大学院へと進んでいる間、ジャーナリストとして日本のメディアへ北欧情報を発し始めた。そこで出会ったのが、音楽フェス、ファッションショー、学校など、様々な場所でなぜか遭遇する政治家や、政治の議論を当たり前のようにする若者だった。
デンマークでの国政選挙中、保育士の数をもっと増やしてと市民が市庁舎前でデモ。抗議活動で保護者が大きなベビーカーを押しながら参加したり、子どもや若者がいるのは当たり前の光景だ 撮影:あぶみあさき
政治が溶け込んでいる北欧の若者文化
選挙になると街が賑やかなお祭りのように盛り上がる光景にカメラを通して出合い、小学生や中学生が学校の宿題として政党の選挙スタンドを訪問して質問をしている。中学校では「学校選挙」という模擬選挙が行われ、メディアはその結果を大きく報道し、各政党の「青年部」が中心となって、わかりやすい言葉で各政党が議論を始める。青年部の政策は若者の意見や現代の悩みを代表しているからと、首相、大臣、「母党」といわれる各政党、メディアは青年部の打ち出す政策に必死に耳を傾ける。その政策は国会に届き、学校政策を変えることもある。日本では見なかった光景だ。みんなの楽しそうな笑顔、政治が「おしゃべり」として浸透している社会、いきいきとした若者たちの姿はなんなのだろうと、私の好奇心がうずいた。
『北欧の幸せな社会のつくり方ー10代からの政治と選挙』(かもがわ出版)を出版するにあたり、私は「政治に興味がなかった頃の私」でも、ぱらぱらと読めるような内容にしたかったので、カラフルな写真を150点以上集めて、難しすぎない文章で書くように心がけた。北欧政治の歴史や政党政治を文字ばかりで説明するのではなく、まず「楽しそうな」写真で現地の雰囲気を伝えたかったからだ。
スウェーデンでの国政選挙中、宿題で中学生が各政党の選挙スタンドで政策の質問をする 撮影:あぶみあさき
北欧が幸福度調査でトップ常連国の背景を、これまでとは違った角度から見てみる
幸福度調査でトップ常連国の北欧が日本で語られるとき、どうしても北欧インテリアやコーヒーとの時間などが先に語られやすいのだが、政治に熱心な市民社会なくして様々な国際ランキングで北欧各国が抜き出ることはなかっただろう。
フィンランドでの国政選挙中。子守をしながら選挙運動に参加する立候補者。選挙現場には子どもと一緒にいる保護者が多いので、子どもが遊ぶことのできるスペースも多い 撮影:あぶみあさき
デンマークでは自転車で移動することが幸福度と紐づけられやすいが、自転車ほど北欧では政治的な交通手段はなく、市民がどの政党に投票するかで自転車道にかける予算は変わるのだ。ノルウェーはフィヨルドなどの自然が豊かな国で自然にアクセスしやすいことが幸福度を高めるといわれるが、自然を守るのも壊すのも政治であり、電気自動車EVの普及率ナンバーワンとなった理由も政府の優遇策という政治だ。フィンランドで若い女性首相が誕生したり、スウェーデン社会でグレタ・トゥンベリさんがうまれ、彼女を後押しすることになったのも北欧社会や北欧ならではの価値観という土壌があったからだ。
SNS時代、若者のメンタルヘルス改善に政治家は必要不可欠という当たり前の空気
SNSが当たり前の現代では外見重視や他者との比較の重圧により、今の大人が若かった頃とは違うストレスを若い世代は抱えている。その声を青年団体や青年部が拾い上げ、メディアが社会の課題としてニュースで取り上げ、最終的には政治家が会話に参加し、写真の編集加工、広告表示規制などの政策ができあがる。
市民が政治と距離を置こうとしない、成功体験を積み続けることができる社会
ノルウェー国会前で政府に気候危機の対策を求めるデモをする子どもたち 撮影:あぶみあさき
「北欧では女性や母親がなぜ生きやすいのか」というテーマは日本の雑誌などでもよく特集されるが、恐らく全ての取材対象者が「やはり政治」とコメントしているはずだ。でも市民運動が政治を大きく変えることができるという成功体験を私自身は体験せずに育ったので、この言葉は昔はどこか遠くぼんやりとしか届いていなかった。でもノルウェー在住12年目の今なら思う。やはり北欧が国際ランキングで飛びぬける背景には政治があるのだ。楽しい政治と選挙、民主主義へのこだわり、若者と子どもを大切にする社会。その現地の空気を伝えるために、写真集のような形で本書ができあがった。
政治の話を避けず、政治家と距離を置かず、「個人の問題は自己責任ではなく社会システムに問題があるからだ」と問う北欧社会。取材中、難解な用語ではなく分かりやすい伝え方も大事な民主主義だと私は現地の人々から学んだ。「分かりにくい書類や政策は誰かを省くから民主的ではない」と青年部は大人たちに市民とのコミュニケーションの仕方もアドバイスするのだ。だから、できるだけ分かりやすいような内容で、北欧ならではの幸せな社会に近づく手法が少しでも多くの人に伝わればとこの1冊に願いを込めた。新型コロナで政治の影響力を改めて考える今、政治に希望を見出せるような読書時間となれば嬉しい。
◆鐙 麻樹(あぶみ あさき)さんのプロフィール
1984年秋田県生まれ。ノルウェーの首都オスロを拠点にノルウェー・フィンランド・デンマーク・スウェーデンの情報を発信。上智大学外国語学部フランス語学科卒、オスロ大学大学院メディア学修士課程 修了(専門:ネット・テレビ・ラジオ・映画・新聞、副専攻:ジェンダー平等学)。ノルウェー国際報道協会 理事会役員。ノルウェー政府の産業推進機関イノベーション・ノルウェーから「ノルウェーを日本に広めた優秀な大使」として表彰される。Yahoo!ニュース 個人、朝日新聞GLOBE+、地球の歩き方オスロ特派員ブログ連載。著書『北欧の幸せな社会のつくり方: 10代からの政治と選挙』(かもがわ出版)、Instagram、Twitter、Facebook、note 「外国語の楽しい勉強方法」@asakikiki
https://asakiabumi.themedia.jp/
【関連HP:今週の一言・書籍・論文】
書籍『北欧の幸せな社会のつくり方ー10代からの政治と選挙』