• HOME
  • 今週の一言
  • 浦部法穂の憲法雑記帳
  • 憲法関連論文・書籍情報
  • シネマde憲法
  • 憲法をめぐる動向
  • 事務局からのご案内
  • 研究所紹介
  • 賛助会員募集
  • プライバシーポリシー
今週の一言
『檻を壊すライオン』~日本学術会議任命拒否問題を考える
2020年12月14日

楾 大樹さん(弁護士)


1 檻の中のライオン
 国家権力は、百獣の王ライオンのような、強くて頼りになる仕切り役です。しかし、ライオンが暴れたら大変です(権力は濫用される)。そこで、ライオンを檻に入れ、檻の中、つまり憲法というルールの枠の中で権力を使ってもらうことにしましょう。
 このような比喩で憲法を解説した『檻の中のライオン 憲法がわかる46のおはなし』(かもがわ出版)を2016年に出版し、この本に基づく講演は全国で500回を超えました。2018年度から、中学校の公民資料集に大きく掲載されています。右とか左とか言う前に「そもそも憲法とか何か」をすべての方に知っていただきたい、という思いで執筆・講演活動を行ってきました。
 最近の政治では、ライオンが檻から出ようとする、つまり憲法違反の動きが次々起こっているように思います。『檻の中のライオン』では、憲法96条改正論(檻をやわらかくしたいというライオン)、安保法制(檻を壊すライオン)、緊急事態条項(内側から鍵を開けられる檻に作り直してほしいというライオン)、特定秘密保護法(檻にカーテンをつけるライオン)の4つを紹介しました。

2 檻を壊すライオン
 『檻の中のライオン』出版後も、次から次へと様々な憲法問題(ライオンが檻を壊す動き)が起き続けています。そこで、2013年以降のたくさんの時事問題を憲法に照らし合わせながら解説する『檻を壊すライオン 時事問題で学ぶ憲法』(かもがわ出版)を2020年10月に刊行しました。新型コロナウイルスで講演が出来なくなったのを機に執筆を開始し、執筆終盤に安倍首相が辞任を表明し、安倍政権下の時事問題をひととおり振り返る内容となりました。
 「立憲主義」「民主主義」「権力分立」が壊れると「平和主義」や「基本的人権」が危うくなる、という憲法の全体像をそのまま章立てとし、その中に時事問題をたくさん織り込みました。時事問題は、(1)憲法の原理原則や条文→(2)具体的事例へのあてはめ、という法律家の思考様式で解説しました。
 憲法は、「個人の尊重」「人権尊重」という目的に向かって組み立てられた、立体的な1つの構築物のようなものです。個々の時事問題を、バラバラな「点」ではなく、繋がった一連の「線」と捉え、それを「立体」的な憲法の仕組みの中の位置づけ、時事問題を復習しながら憲法の全体像をイメージできるよう工夫しました。

3 日本学術会議の任命拒否問題
 『檻を壊すライオン』の校了後に、日本学術会議の会員候補者6人の任命を内閣総理大臣が拒否する問題が起きました。これまでの様々な時事問題を憲法の基本原理に立ち返って理解すれば、このような新しい問題についても、基本原理から考えることができるはずです。この問題について、4つの視点から、それぞれ
(1) 憲法の原理原則
(2) (1)に反する最近の事例(『檻を壊すライオン』で解説)
(3) (1)と(2)をふまえて、日本学術会議問題をどう考えるか
という手順で検討します。

[1] 法律に基づかない行政
(1)憲法の原理原則
 政治に民意を反映させ(民主主義)、権力同士がチェックしあう(権力分立)ことで、人権が侵されないように政治をする。これが憲法の基本原理です。
 そこで、民意を反映した国会が作った法律に基づいて内閣が行政をすることとし(民主主義)、国会が内閣をチェックする(権力分立)ことで、行政権による人権侵害を防ぎます。もし法律の内容に問題があるなら、国会で審議したうえで法改正をしなければなりません。立法権と行政権はこのような関係にあります。
(2)最近の事例
 最近、法改正をしないで内閣が法律と違うことをする事例が続いています。検察官の定年延長問題は、そういう問題でした。「定年延長できない」という法律であるはずなのに(しかも何十年もその解釈を維持してきたのに)、国会で法改正をせず、内閣の閣議決定で、黒川検事長の定年延長を決めてしまいました。国会と内閣の関係、権力分立や民主主義という基本原理を壊す動きということができます。国会が形骸化し、内閣がまるで立法府であるかのような動きは、他にも様々あります。
(3)日本学術会議問題
 これとよく似た問題が日本学術会議の任命拒否問題です。日本学術会議の推薦どおりに内閣総理大臣が任命する、という法律であるはずなのに(しかも何十年もその解釈を維持してきたのに)、国会で法改正をせず、内閣総理大臣が、推薦された学者の任命を拒否したのです。

[2] 独立性が求められる機関の人事への政治介入
(1)憲法の原理原則
権力分立の要請から、政治権力から圧力や干渉を受けないことが憲法上求められる国家機関があります。裁判所が典型(司法権の独立)です。
(2)最近の事例
このような独立性が求められる機関の人事に政治権力が介入する事例もいろいろ起きています。内閣法制局長官の人事、最高裁判事の人事、内閣の判断で検察官の定年延長を可能とする法案、といった問題です(詳しくは書籍をご覧ください)。
(3)日本学術会議問題
日本学術会議法にも「独立して」という言葉があります。これは、政治権力が学問に介入してはならない、という憲法23条(学問の自由)を踏まえたものと考えられます。委員の任命について日本学術会議の推薦どおりに任命するとされてきたのも、政治権力からの独立が求められるためです。ですから、政治権力が、合理的な説明もなしに任命を拒否することは、日本学術会議法に違反し、憲法23条の趣旨にも背く行為と言えるでしょう。

[3] 国民に情報を知らせない
(1)憲法の原理原則
 私たちは、政治に関する情報を知ることで、政治のことを考え、判断することができます。知る権利は、民主主義の前提となる重要な権利です。しかし、権力者は都合の悪い情報を隠そうとしがちです。ライオンが檻にカーテンをつけて都合の悪いことを見えないようにすれば、民主主義が成り立たなくなります。
 権力分立の観点からも、内閣がきちんと仕事をしているかどうか、国会で明らかにしてチェックすることが必要です。そのため、大臣は国会からの求めに応じて国会に出席し、答弁する義務があります(憲法63条)。
(2)最近の事例
 第2次安倍内閣以降、憲法63条に反して大臣が国会で答弁を拒否する事例が急増しています。特定秘密保護法、文書の隠蔽・改ざんなど、国民や国会に情報を隠す動きもいろいろあります。
(3)日本学術会議問題
 これについても、国民に対しても、国会で質問されても、なぜ任命拒否するのかについて説明らしい説明がありません。
 一連の動きで、国民の知る権利(民主主義)や、国会のチェック機能(権力分立)が侵されているように思われます。

[4] 公私の区別の崩壊
(1)憲法の原理原則
 公権力を憲法の枠内で使ってもらう(立憲主義)ことで、私たちの「自由」が守られています。憲法で様々な自由が保障されています。ライオンが檻の中なら、私たちはライオンの顔色を伺うことなく、やりたいことを自由にすることができます。
 ライオンの檻の中が「公」、檻の外が「私」。これを区別する「憲法」という一線が崩壊すると(ライオンが檻の一線を踏み越えて出てくると)、「公私混同」「権力の私物化」が起きます。檻から出たライオンは、お友達に駆け寄って優遇したり、嫌いな人に駆け寄って噛みついたりするかもしれません。
(2)最近の事例
 森友学園問題、加計学園問題、桜を見る会など、そのような出来事がいろいろ起きています。書籍の中で紹介しています。
(3)日本学術会議問題
 学術会議の任命拒否問題についても、政権に批判的だから任命拒否されたのではないか、という憶測もあるところです。政権に批判的な研究活動をすれば不利益があるかもしれない、となれば、学問研究が萎縮し、学問の自由(憲法23条)が危うくなるかもしれません。

[5] 以上のとおり、それぞれ(2)~(3)は、繋がった一連の問題と捉えることができます。1つひとつを「点」で捉えれば小さな問題に見えるかもしれませんが、「線」で繋がっており、それを「立体」的な憲法の全体像に位置づけていくと、憲法そのものが壊れていくという重大な問題が見えてくるように思われます。
 今後も新たな憲法問題が起きるのではないかと思います。新たな問題を自分の頭で考えるうえで、『檻の中のライオン』『檻を壊すライオン』を役立てていただければ幸いです。「木」に例えると、様々な葉っぱ(個々の時事問題)を、枝(憲法の条文)を通り、幹(憲法の基本原理)を通り、根っこ(個人の尊重)まで遡って理解すれば、新たな葉っぱが出てきても、根っこから筋道立てて考えることができるはずです。
 
4 国民の不断の努力
 ライオンを選ぶのは私たち(民主主義)。檻を作るのも私たち(国民主権)。私たちがライオンや檻に無関心では、ライオンが檻から出放題になりかねません。
 国民が主権者意識を持っていなければ、国民主権といっても絵に描いた餅です。私たち一人ひとりが、憲法を理解し、政治の動きを知る努力をし、それぞれ自分の頭で考え、投票などの行動をすることが大切です。
 憲法12条「この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない」
 不断の努力をしていきましょう。
 
 なお、「今週の一言」2017年8月7日の拙稿「小学6年社会科教科書における憲法の記述の問題点」もご一読ください。

◆楾 大樹(はんどう たいき)さんのプロフィール

 1975年広島県生まれ。弁護士(広島弁護士会所属)。ひろしま市民法律事務所所長。著書に『檻の中のライオン 憲法がわかる46のおはなし』『けんぽう絵本 おりとライオン』『けんぽう紙芝居 檻の中のライオン』『檻を壊すライオン 時事問題で学ぶ憲法』(いずれも,かもがわ出版)。ぬいぐるみを使って憲法と時事問題を解説する檻の中のライオン講演(YouTubeご覧ください)は全国46都道府県で500回を超える。

 


バックナンバー
バックナンバー

〒150-0031 東京都渋谷区桜丘町17-5
TEL:03-5489-2153 Mail:info@jicl.jp
Copyright© Japan Institute of Constitutional Law. All rights reserved.
プライバシーポリシー