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今週の一言
コロナの中で学び続けるには
2020年7月13日

西郷南海子さん(博士〔教育学〕、短大非常勤講師)

・紫陽花の新学期
 私は京都市在住3児の母です。今年度は、新学期が始まってすぐに梅雨になってしまいました。長いコロナ休校が明け、我が家では末っ子が新1年生になりました。雨が降る中、学習道具や体操服の入ったランドセルを背負い、さらに肩からは水筒をぶら下げ、黄色い傘をさして歩いていく後ろ姿は、ヨロヨロと重さに耐えかねているように見えます。なんとかその背中を押してやりたいと、「がんばれ!いってらっしゃい!」と声をかけますが、荷物が軽くなるわけではありません…。
 5年前、国会で安保関連法案が審議されていたとき、この子はまだ1歳でした。抱っこ紐に入れ、一緒に汗だくになりながらデモに参加していました。その子がもう歩いて小学校に行くようになるほどの時間が流れました。世の中を少しでも良くしたいと願う一方で、政治は一朝一夕には変わりません。だからこそ流されずに諦めずに、自分の居場所からできることを見つけていきたいと考えています。

・誰のための、何のための学びなのか
 3月から6月までの休校は、始まったときは先が見えず、毎日がとても長く感じました。朝から晩まで24時間ほぼ缶詰で、子どもと同じ空間で過ごす生活。子どもたちが息苦しくなってしまわないように、子どもとの距離感にも気を使いました。学校からは課題の束が毎週のように配られましたが、うまく進められないまま溜まっていきました。親である私は「学校に行かない分やらなきゃ!」と思っていても、そもそもその「学校」がなくなってしまった状態では、子どもたちは課題をやる動機さえ維持できませんでした。
 こうして「学校」という場が一時休止(消滅?)したことで、たくさんの疑問が浮かび上がってきました。「学びを止めるな!」というスローガンがあちこちから聞こえてきましたが、課題をやることが果たして「学び」なのでしょうか。あるいはインターネットで教師と子どもをつなげば「オンライン学習」なのでしょうか。《誰のための、何のための学びなのか》という問いがすっぽりと抜け落ちた状態で、子どもたちを走らせ続ける、頑張らせることは私にはできませんでした。その結果、我が家の子どもたちはゲーム三昧の3カ月を過ごしたとは、大きな声では言えませんが…。

・結びつきの中で生きる
 こうしてコロナ禍で子ども時代を過ごすことは、子どもたちにどのように影響するでしょうか。新型コロナウイルスの登場は、私たちの生活が多様な人々、特にエッセンシャル・ワーカーの労働の上に成り立っていることを改めて教えてくれました。人やモノの動きは国境を超えてすでに結びついています。たとえば自粛生活中は、家庭でお菓子を手作りする人が増え、小麦粉やホットケーキミックスが品薄になりました。スーパーの棚もそこだけ見事に空っぽでした。そこにあって当たり前だったモノが姿を消したことで、それは一体どこから来ていたのか、誰が作ってくれていたのか、誰が運んでいてくれたのかを考えるきっかけになりました。これらの結びつきを、より公正な結びつきに変えていくことが、これからの課題だと思います。
 我が家のお兄ちゃん(中1)はこの休校中、食糧問題に強い興味を示すようになりました。日本の食料自給率がとても低いことや、世界各地でバッタが大量発生し穀物にダメージを与えていること。さらに大きな視点で見ると、地球温暖化が近年、新しいウイルスの増殖を加速させていること…。夕飯のたびに話は尽きません。どれも今すぐに解決できることではありませんが、物事を根本的に、粘り強く考え続けることは何よりも大切な能力だと私は思います。世界の人々そして自然との結びつきの中にこそ、私たちの生活と生命があるということを忘れずにいたいです。

・学校を民主主義の場に
 新型コロナウイルスの感染拡大は、第二波、第三波がやってくると言われています。それなのに実は、私の心の中には、次のパンデミックに向き合うことを避けている自分がいます。子どもたちとの長かった缶詰生活が終わり、やっと学校に送り出せるようになったことにホッとしているのだと思います。
 しかし、休校中に感じたように、学校と子ども・家庭の関係は決して対等ではありません。教育委員会が作った課題を、学校の先生が配布に回り、家庭がその指導をするというのでは、下請けの下請けです。本来は先生と家庭が、子どもたちにどんなふうに育ってほしいかを語り合い、その中から教育内容や方針が生まれてくるのではないでしょうか。現実には学力学力の掛け声のもと、先生との個人懇談で最初に提示されるのは子どもの成績データです。本当はもっと、その子が今どんなふうに生きているのかを語り合いたいです。
 私が研究を続けているアメリカの哲学者ジョン・デューイ(1859-1952)は、学校とは民主的な社会の芽であると言いました。社会が機能不全に陥っているからこそ、学校を子どもと大人の探求の場にすることが必要なのです。これはたやすいことではありませんが、その可能性はあちこちにすでに蒔かれていると思います。まずは子どもたちの話を聞くこと、そして誰か一人でも他の保護者に話をしてみること。この中から、きっと何かアイデアが生まれてくるに違いありません。私も地域での活動やちょっとした立ち話を通じて、今から、ここから、自分からできることを探していきます。

◆西郷南海子(さいごう みなこ)さんのプロフィール 

1987年生まれ。京都大学に通いながら3人の子どもを出産。2015年に「安保関連法に反対するママの会」を立ち上げる。絵本に『だれのこどももころさせない』(浜田桂子さんと共著)



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