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今週の一言
財界の改憲構想――日本経団連を中心に
2020年4月20日

飯田泰雄さん(鹿児島大学名誉教授)


はじめに
 「財界」とは、個別企業の意思をまとめ、政治や経済を動かすために企業が形成している経済団体や経営者たちのグループといわれています。日本経済団体連合会(日本経団連)、経済同友会、日本商工会議所を財界3団体といいますが、財界総本山といわれる日本経団連の改憲構想を見てみましょう。
 意外に思われるかもしれませんが、日本経団連は旧経団連時代を含めて、2005年の『御手洗ビジョン』までは、あまり積極的に改憲構想を発表することはありませんでした。

1.財界の改憲構想―――『奥田ビジョン』から『御手洗ビジョン』へ
 日本経団連は、その結成直後の2003年、『活力と魅力あふれる日本を目指して』(いわゆる『奥田ビジョン』)を発表しましたが、これは2025年度の日本の姿を念頭に置いたビジョンで、経済、社会、国際という分野における姿を描き、消費税の引上げから死生観の確立まで様々な「改革」を説きながら、憲法改正に言及することは慎重に避けられていました。
 ところが、2005年1月の『わが国の基本問題を考える~これからの日本を展望して~』という意見書では、優先的に取り組むべき基本問題として、憲法の見直しを挙げ、「当面、最も求められる改正は、現実との乖離が大きい第9条第2項(戦力の不保持)ならびに、今後の適切な改正のために必要な第96条(憲法改正要件)の二点と考える。」と明確に憲法改正を打ち出しました。
 さらに2007月発表された『希望の国、日本』(いわゆる『御手洗ビジョン』)では、「憲法改正案に関する国民的な合意を形成する。改正案の内容については、日本の理念や伝統、国際社会において日本が果たすべき役割などを踏まえ、幅広く検討する必要がある。
 改正に当たっては、第9条第1項に規定されている平和主義の基本理念は堅持しつつ、戦力不保持を謳った同条第2項を見直し、憲法上、自衛隊の保持を明確化する。自衛隊が主体的な国際貢献をできることを明示するとともに、国益の確保や国際平和の安定のために集団的自衛権を行使できることを明らかにする。同時に、憲法改正要件の緩和を行う。
 憲法上、自衛隊や集団的自衛権に関する考え方が明確になったとしても、内外からの信頼を得る上では、それだけでは不十分である。自衛隊の国際貢献が他国への脅威と受け取られないよう、その基本方針を明確にし、場当たり的な特別措置法ではなく一般法を整備するとともに、安全保障に関する基本法を制定し、集団的自衛権の行使に当たって、国会の事前承認を原則とすることなど、歯止めとなる措置を整える。」と、非常に具体的に、そして積極的に日本国憲法の改正を論じています。
 これは、2005年11月の自民党「新憲法改正草案」にかなり忠実に反映されました。
 この後、日本経団連の憲法改正についての言及は極端に少なくなります。憲法改正についての発言が比較的に多かったのは第12代会長(2014年~2018年)の榊原定征氏で、2016年4月の記者会見で「憲法をめぐる議論は大切だが、経団連としては、2005年に我が国の基本問題を考える提言の中で憲法についての考えをまとめてから、突っ込んだ議論を行っていない。これは、20年もの間、デフレが続くという厳しい経済情勢の中、私が経団連会長に就任して以降、デフレ脱却・経済再生を最優先課題に掲げて取り組んでいるためである。」と述べています。
 日本経団連の考え方では、2015年の安保法制の整備によって、集団的自衛権の問題は一応クリアーされたので、憲法改正については関心が薄れたということでしょう。

2.財界の憲法改正構想に書かれていないこと
 日本経団連の『わが国の基本問題を考える』(そして『希望の国、日本』も)は、緊急に改正すべき点は9条、特にその2項であり、そのほかには、96条を緩和しておけば次々に必要な規定を改正すればよい、との改憲路線です。
 それでは、96条を緩和することにより容易になった憲法改正要件のもとで、引き続き行われる憲法改正の、そのほかの改正点とはどのようなものがあるのでしょうか。それは、一言でいえば、構造改革を進めるのに役立つような憲法の改正といえます。「基本的人権の公の秩序や公益による制限」や、「地方分権」の規定の改変は、この目的に役に立つものですが、より直接的な本音はたとえば次のような改憲論にあるのではないでしょうか。

「<市場原理を基本に>
  官僚主導を排するにはどうしたらいいのか。規制改革で官が出てくる領域を狭めるしかない。
  福祉国家目標の根拠となっている25条の問い直しがまず迫られる。福祉国家のためだからといって、官が民を規制できるものではないということを、憲法か基本法か、何らかの形で明確にする仕組みを検討していいのかもしれない。
  経済的自由を制約する根拠となっている22条と29条の公共の福祉をめぐる考え方にもつながってくる。
  基本的人権を制約することのできる公共の福祉を類型化し、自由な競争秩序を守るための規制は許されるが、競争制限・参入制限的な規制は原則として認められないといった趣旨を明記するのが一案だ。
  その進め方として、二つのシナリオが出てくる。憲法そのものを改正するのか、それとも、基本法によって改革するのかである。
  基本法は、市場原理を働かせることを基本に、許される規制の類型をいくつかに絞り込んで、今ある規制はいったんすべて撤廃し、本当に必要なものだけを残す全面的な見直しを内容としたものになるだろう。」(日本経済新聞「時代へ活きる憲法に 自立型社会に対応を」2000年5月3日)

おわりに
 財界の改憲構想を検討してみてわかることは、2012年の自民党「日本国憲法改正草案」が、基本的人権の尊重を軽視し、個人主義に敵対することを明示するのに対し、日本国憲法の平和主義を骨抜きにする憲法9条と96条に絞った「現実的な」改憲論ということができると思われます。

◆飯田泰雄(いいだ やすお)さんのプロフィール

1942年生まれ。
九州大学法学部卒。鹿児島大学教授、鹿児島大学副学長をへて、2008年定年退職。鹿児島大学名誉教授。
2005年から「かごしま九条の会」代表幹事、2015年から「憲法壊すな・戦争法廃止!かごしまの会」共同代表。



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