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今週の一言
『自衛隊加憲論の展開と構造――その憲法学的分析』と安倍政治
2020年3月23日

浦田一郎さん(一橋大学名誉教授)


1 自衛隊加憲論と本書の趣旨
 2017年5月3日、安倍晋三自由民主党総裁によって自衛隊加憲論が提起された。そのビデオ・メッセージによれば、自衛隊加憲とは「(憲法)9条1項、2項を残しつつ、自衛隊を(憲法に)明文で書き込む」ことである。その特徴を一言で言えば、実現可能性を重視した9条改憲論である。自民党の公式の改憲案は2012年の「日本国憲法改正草案」であり、そこでは軍事力に対する憲法独自の制約のない自衛戦力論が採られているが、この案の実現可能性は当面小さいと判断された。自民党改憲推進本部全体会合において本部執行部によって本命案とされた「『自衛隊』明記案」(2018年3月15日案)に対して、翌週22日に条文案が最終審議され、代替案が出された。その「代替案2」が、同25日自民党大会を経て緊急事態条項、合区解消、教育関係の改憲案とともに改憲4項目として、自民党の一応の改憲案=「条文イメージ(たたき台素案)」(2018年3月22-25日案)とされた。
 自衛隊加憲論に賛否の立場から実践的・解釈論的な発言・研究が行われることが多いが、それに対して本書は自衛隊加憲論の分析を目指している。私は自衛隊加憲論に対して批判的な立場に立っているが、そのうえで『自衛隊加憲論の展開と構造』を分析することに努めた。私の専門から、『憲法学的分析』を中心に置いている。

2 本書の構成と結論
 本書ではまず自衛隊加憲論の展開過程をフォローした。そこでは、加憲される自衛隊の任務を基礎に、その活動と組織のありかたが論じられている。任務とそのもとでの活動のありかたが多く論じられているので、「第1章 自衛隊加憲論の展開と自衛隊の任務・活動」を検討している。任務のもとでの組織のありかたが論じられることは多くないが重要であり、「第2章 自衛隊加憲論の展開と自衛隊の指揮監督」を論じている。そのうえで自衛隊加憲論の構造を検討するには政府解釈との関係を明らかにすることが必要であると考え、任務・活動のありかたに焦点を当てつつ、「第3章 自衛隊加憲論の構造――政府解釈を基礎に」を分析している。
 以上の考察から、自衛隊加憲論は任務・活動のありかたとしては、軍事力に憲法独自の制約のある政府見解の自衛力=「自衛のための必要最小限度の実力」論の憲法化である可能性が大きいと考えた。しかし、9条のもとで形成された自衛力論は、9条に9条の2が加憲された場合には変形していく。元の自衛力論に含まれている軍事力拡大的要素の展開可能性が、加憲によってプッシュされるからである。しかしながら、自衛隊加憲論の内容が自衛戦力論になり、武力行使の全面的解放が行われる可能性は小さいと思われる。自衛戦力論は実現可能性を重視した9条改憲論としての自衛隊加憲論の性格に反し、自衛戦力論を内容とする加憲論では公明党の理解も得られず、実際にも実現可能性が小さくなるであろう。
 組織のありかたとして、「指揮監督」規定が自衛隊加憲案において9条の2、1項のなかに置かれている。行政的指揮監督と軍事的指揮を合わせて、閣議決定が必要な行政的形式が採られている可能性が大きい。しかし時間の経過とともに、自衛隊の「指揮監督」について閣議決定が必要な憲法72条の行政関係と、閣議決定が不要な9条の2の軍事関係が、別コースとして分化していく論理的可能性がある。ただし、その実現可能性が大きいかには、疑問が残る。
 自衛隊加憲は自衛隊の合憲化のためとされているが、自衛隊加憲論は9条2項削除改憲を最終目標とする複数段階改憲構想に基づいている。自衛隊加憲後には自衛隊・軍事力のより完全な合憲化を理由にして、9条2項削除改憲へ世論を導く可能性が大きいことを結論として指摘している。自衛戦力論は9条2項削除改憲段階の問題であろう。基本的な整理としては、(1)従来の9条のもとでの自衛力論、(2)加憲による9条と9条の2のもとでの変形自衛力論、(3)9条2項削除改憲のもとでの自衛戦力論について区別と関係が問題になる。

3 政治状況と本書
 自民党改憲推進本部執行部が本命とした自衛隊加憲案の2018年3月15日案には、自衛のための「必要最小限度の実力組織」として自衛力規定がある。それに対して自民党の一応の改憲案とされた2018年3月22-25日案では、「必要な自衛の措置」として自衛力規定が削除された。それは、論理的には自衛力論を当然の前提とするとされたうえで、党内合意の形式を作るために妥協した暫定案と考えられる。「条文イメージ(たたき台素案)」とされ、修正可能性が強調されてきた。安倍は2018年11月2日の衆議院予算委員会や2019年6月30日の党首討論会において、この自民党案と安倍案は一致していないことを述べた。安倍案は自衛力規定のある2018年3月15日案であり、自衛力規定の復活が公明党に期待されていると思われる。野党を含めた「国民の幅広い理解」を得て、「早期の憲法改正」(自民党2019年参議院選挙公約)が可能となるような改憲を実現しようとしている。そのためには、自衛隊加憲論を先送りし、他の改憲3項目を優先させることも考えられていると思われる。
 しかしながら、世論調査では安倍改憲反対が多数であり、近時では共同通信社が2019年12月14、15日に行った世論調査によると、安倍首相下の改憲に反対54.4%、賛成31.7%である(沖縄タイムス16日)。野党の分断、取り込みを図っても、2021年9月までの自民党総裁任期中の改憲は事実上困難になりつつある。同年10月に衆議院議員の任期が切れるので、そのままでは衆議院選挙の直前に自民党総裁が交代することになる。自民党としてはそれでは選挙を闘えないので、自民党総裁選か衆議院選挙のどちらかの日程を動かさざるを得ない。その手段として前者では安倍総裁の辞任、後者では衆議院の解散がある。どちらにしても、4項目改憲論は2021年秋以降の課題になりつつある。
 どのような場合であっても、自民党政権が続く限り、自衛隊加憲を含む複数段階改憲構想は重要な選択肢として生き続ける可能性が大きいように思われる。市民も研究者も自衛隊加憲論に今後も向き合い続けることが求められている。
 本書は憲法学の専門書であり、一般書ではない。しかし、平和主義を研究テーマとしていない憲法研究者や、さらにできれば憲法研究者でない方々にも関心を持っていただけるように、相当の加筆・訂正を行った。このような本書が、自衛隊加憲論に向き合う場合、その具体的な分析のために市民や研究者にとって直接、間接に参考になるところがあれば幸いである。

◆浦田一郎(うらた いちろう)さんのプロフィール

1946年大阪府生まれ。一橋大学法学部卒業、一橋大学大学院法学研究科博士課程中途退学。山形大学教養部助教授、一橋大学大学院法学研究科教授、明治大学法科大学院・法学部教授を経て、2017年定年退職。現在は一橋大学名誉教授。法学博士(一橋大学)。
専攻 憲法学。

主要著作
『シエースの憲法思想』(勁草書房、1987年)、『現代の平和主義と立憲主義』(日本評論社、1995年)、『立憲主義と市民』(信山社、2005年)、『自衛力論の論理と歴史――憲法解釈と憲法改正のあいだ』(日本評論社、2012年)、『集団的自衛権限定容認とは何か――憲法的、批判的分析』(日本評論社、2016年)、編集『政府の憲法九条解釈――内閣法制局資料と解説』(信山社、初版・2013年、2版・2017年)、『自衛隊加憲論の展開と構造――その憲法学的分析』(日本評論社、2019年)など。

【関連HP:今週の一言・書籍・論文】

今週の一言「『新版 体系憲法事典』-上手に活用して、日本国憲法の可能性を広げよう 」
浦田一郎さん(一橋大学名誉教授)

書籍『自衛隊加憲論の展開と構造―その憲法学的分析』



 

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