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今週の一言
日本政府,国歌の強制で,国連機関から叱られる!?
2020年3月2日

金井知明さん(弁護士)

◆国歌の強制で叱られたのは,これが初めて!
 タイトルのとおり,昨年,日本政府は,国連機関から叱られました。
正確に言うと,ILO(国際労働機関)とユネスコ(国際連合教育科学文化機関)が,日本政府に対して,国歌斉唱強制の是正を求める勧告を行ったのです。
 この勧告は,日本の労働組合※1から「国旗・国歌の強制は『教員の地位に関する勧告(1966年)※2』に違反している」との申し立てを受けたILO/ユネスコ教職員勧告適用合同専門家委員会※3が,2018年に採択し,2019年に,ILOおよびユネスコが正式に承認し,世界に公表したものです。
 国歌強制の問題で,日本が国連機関から是正勧告をされたのはこれが初めてです。

◆国歌斉唱の強制はいつから始まったか
 1999年,「国旗及び国歌に関する法律」が制定・施行されました。当時の野中内閣官房長官は,「式典において,起立する自由もあれば,また,起立しない自由もあろうかと思うし,また,斉唱する自由もあれば,斉唱しない自由もあろうかと思うわけで,この法制化はそれ画一的にしようというわけではない」との見解を示していました。
 しかし,東京では2003年から,大阪府では2011年から,公立学校の卒業式や入学式の国歌斉唱時に,教職員に対して起立・斉唱を命ずる職務命令が発出されることになりました。そして毎年のように,起立斉唱できない者に対して,懲戒処分が行われています。

◆日本の裁判所はどう判断したのか?
 懲戒処分を科された教職員は,「国歌斉唱の強制は,違憲・違法だ」として,裁判で争ってきました。しかし,2011年,最高裁判所は,起立・斉唱を強制する職務命令は,憲法には違反しないと判示しました。強制は,思想および良心の自由を間接的に制約するとしたものの,起立・斉唱は慣例上の儀礼的な所作であること,公立学校教諭の地方公務員としての地位の性質やその職務の公共性等を理由にあげ,「制約する必要性や合理性がある」というのです。 
 そして,1番軽い戒告処分であれば,処分を科すことも懲戒権者の裁量権の範囲として,違法ではないと判示しました。このため,現在も処分される状況が続いています。
 しかし,東京都や大阪府が強制を推し進めていることや,それを是認する日本の裁判所の判断は,グローバルスタンダードとは違ったようです。

◆国連機関はどう判断したのか
 今回の勧告は,国歌斉唱時に「起立や斉唱を静かに拒否することは,職場という環境においてさえ,個人的な領域の市民的権利を保持する個々の教員の権利に含まれる」と指摘します。そして,日本政府に是正を求めたのです。
 日本政府は,「日本の人権保障は,国際基準に達していない」と,国連機関から指摘されたのです。

◆世界のニュースから見る国旗・国歌問題
 国歌や国歌をめぐる問題は,しばしばニュースになります。
 2016年,アメリカでは,頻発する差別事件に憤ったアメフトの選手が,「人種差別がまかりとおる国に敬意は払えない」と試合開始前の国歌斉唱時に片膝をついた行為が,他のスポーツ選手にも広がり,ニュースに取り上げられました。また,サッカーのアルゼンチン代表であるメッシは,長らく国歌を斉唱しなかった選手として知られています。
 少し前になりますが,1968年,アメリカでは「国旗冒涜処罰法」が制定され,1989年に「国旗保護法」へと強化されました。アメリカ国旗を「毀損し,汚損し,冒涜し,焼却し,床や地面におき,踏みつける」行為を処罰する法律が制定されたのです。この法律に反対して,国会議事堂の前で星条旗に火を付けた行為が,国旗保護法違反に問われましたが,連邦最高裁判所は,無罪判決を言い渡しました。
 こうした行為に対して,「国民なら自国の国歌を斉唱すべきだ」という意見もあります。「国旗・国歌を敬うのは大切なことだ」という感覚もあるでしょう。もちろんそういう意見や感覚も尊重されるべきです。さまざまな意見や感性があるのは当然です。
 しかし,国旗や国歌は強制すべきもの・強制されるものなのでしょうか。 

◆そもそも強制してもいいものなのか
 そもそも,「国を敬うこと」の強制は,民主主義とは相容れません。自由に意見が言えること,特に政治問題や公共の問題について,誰もが自由に批判できることが,民主主義の原動力となるからです。
 先の国旗焼却事件で連邦最高裁判所は,「国旗冒涜が多くの者をひどく不愉快にさせるものであることを,われわれは知っている。しかし,政府は,社会が不愉快だとかまたは賛同できないとか思うだけで,ある考えの表現を禁止することはできない」「国旗冒涜を処罰することは,国旗を尊重させている,および尊重に値するようにさせているまさにその自由それ自体を弱めることになる」と述べます。
 今回の勧告も,「民主主義社会では,異議を唱える言動の存在自体が,愛国的な行為というのは強制からではなく信念から発するものであり,それゆえに意義深いものであることの証拠なのである」と指摘しています。

◆敬意の表し方だって人それぞれ
 また,国歌を斉唱している人だけが,国を敬っているのでしょうか。歌わずに黙って敬意を表してもいいはずです。大声を張り上げて,絶唱する人だけが,国歌を敬っていることにはなりません。
 このことについて,メッシは,国歌を歌わないことを批判されたことに対し,「愛国心はあるけど,それを表すために歌う必要はない。それが自分のやり方だ」と語っています。
 敬意を表すかどうかも,敬意の表し方も,人それぞれでいいはずです。

◆叱られちゃった日本政府はどうしたの
 さて,国連機関の勧告を受けて,日本政府はどうしたのでしょうか。
「勧告は,法的拘束力を有するものではない」などとして,まともな対応をしていないのが現状です。
 国連機関から,「人権保障が国際基準に達していない」と指摘され,「本当に民主主義国家なの?」という目で見られているというのに,なんとも残念な感じです。
 しかも,今回の勧告のベースとなる「教員の地位に関する勧告」(1966年)※2には,日本政府も賛成しているのです。さらに言うと,日本は,ILOの常任理事国でもあります。自らが常任理事国になっている国連機関から,自らが賛成して採択された勧告に違反していると指摘されているのです。
 このような自己矛盾している国では,敬う気持ちになれなくても仕方がありません。
 
◆東京オリンピックの開催までに
 今年は,東京でオリンピックが開催されます。世界のトップレベルの選手たちの姿を,日本で見ることができます。日本選手の活躍も楽しみです。
 表彰式で,国歌(正確には選手団の歌)を歌う姿に感動する人もいるでしょう。
 しかし,その国の教育現場で,国歌斉唱が強制されていると知ってしまったら,その感動も色あせてしまうのではないでしょうか。
 世界各国から人が集まるオリンピック。国歌を歌いたかったら歌い,歌いたくなければ歌わなくとも咎められない。人権保障が国際基準に達した,民主主義の国として,開催を迎えたいと思いませんか。

※1 「アイム’89東京教育労働者組合」と「合同労組仲間ユニオン」。東京と大阪にある二つの独立系教職員組合。
※2 教員の地位や身分保障を目的とした勧告。1966年10月にユネスコが召集し開催された特別政府間会議において日本政府を含め全会一致で採択された。
※3 教員の地位に関する勧告(1966年)の実施状況などを監視するために,ILOとユネスコが共同で開催している合同専門家委員会。

◆金井知明(かない ともあき)さんのプロフィール

1998年早稲田大学 法学部卒業
1998年海洋科学技術センター(旧海洋研究揮発機構)入所
2007年新潟大学大学院 実務法学研究科卒業
2008年12月弁護士登録

主な活動
2008年~ 原爆症認定集団訴訟弁護団
     日の丸・君が代強制事件弁護団
2020年~「日の丸・君が代」ILO/ユネスコ勧告実施市民会議共同事務局長


【関連HP:今週の一言・書籍・論文】

浦部法穂の憲法時評
オリンピックと国旗・国歌


 

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