• HOME
  • 今週の一言
  • 浦部法穂の憲法雑記帳
  • 憲法関連論文・書籍情報
  • シネマde憲法
  • 憲法をめぐる動向
  • 事務局からのご案内
  • 研究所紹介
  • 賛助会員募集
  • プライバシーポリシー
今週の一言
2020年新年にあたって
2020年1月1日

伊藤真(法学館憲法研究所所長)

 読者のみなさん。新年おめでとうございます。今年もよろしくお願いします。
 安倍政権が誕生して以来、憲法を無視した政治が続いています。このことは昨年もかわりませんでした。

<対米従属>
 平和主義を定める憲法のもとで、安全保障法制が成立し(2015年)、駆け付け警護、多国籍軍への支援などを含めて、集団的自衛権行使の足場固めが進んでいます。安倍首相は、昨年5月に来日したトランプと共同記者会見を行いました。そのなかで、欠陥だらけと言われているF35戦闘機を含めた攻撃的兵器の「爆買い」が確認されました。
 翌6月には、調査データのミスで批判が強まったイージスアショアの配備計画も、見直されることなく続行されることになりました。イージスアショアは我が国の防衛に必要だなどともいわれますが、山口と秋田に配備されようとする理由は、いずれも、北朝鮮からグアム、ハワイの米軍基地への攻撃を想定したものです。
 さらに、8月には、護衛艦「いずも」が、攻撃型戦闘機を艦載する(空母化)ための概算要求がおこなわれました。2019年度の防衛費は過去最高の5兆2,574億円にのぼり、後の若い世代が負担する「ツケ払い」の累積額は5兆3,613億円に膨らんでいます。
 自衛隊は本来、「専守防衛」の組織のはずです。戦力の不保持を明言する憲法9条(2項)のもとでは、自衛隊の存在すら違憲の疑いが強いのに、海外で爆撃を行う能力を持った戦闘機、それを攻撃対象国の近くに輸送するための空母、グアムやハワイの米軍基地に向けて発射された弾道ミサイルの迎撃は、そのすべてが「専守防衛」という自衛隊の役割を明らかに逸脱したものです。

<大砲とバター>
 生存権に関しても、生活保護基準の見直しのほか、診療報酬、介護報酬の切り下げが続くなか、6月には、年金に加えて2,000万円の蓄えが、老後の夫婦生活に必要と金融庁から発表され、年金不安が高まりました。これについて、物価・賃金が上昇していても、年金額の上げ幅をそれよりも低く抑え込む「マクロ経済スライド」の廃止が野党から提案されましたが、安倍首相は財源不足を理由に拒みました。
 他方で、年金積立金は株に投資され、2月には、積立金の約1割に当たる14兆円を超える含み損を計上したと報道されました。10月には消費税が10%に引き上げられましたが、その税収が国民生活の下支えに使われるわけではありません。軍備を拡大しながら生存権を危機にさらすこのような政治は、まさに「大砲とバター」、すなわち軍事と民生が両立できないことを示すものです。

<寛容性>
 民主主義の根幹を支える表現の自由も危機にさらされました。
 ひとつは、「あいちトリエンナーレ」の「表現の不自由展・その後」です。公立美術館などで展示不許可になった作品を展示しようとした企画だそうですが、各方面からの批判を受けたこともあり、わずか3日で中止に追い込まれました。公共の場所を提供し、公衆に嫌悪感を覚えさせる作品の展示に税金を支出することは政治的中立性と社会の信頼を害する等と批判されたためです。
 表現の自由について有名なヴォルテールの言葉があります。
 「私はあなたの意見には反対だ。だがあなたがそれを主張する権利は命をかけて守る」。
表現内容の賛否を問わず、表現すること自体の意義を理解して、お互いの言論を尊重するということです。この根底には、自分と異なる価値観を持つ他者の存在を認めるという寛容性があると思います。
 特定の表現について、自分を含めた公衆が気に入らないという理由で禁止、抑制しようとする不寛容な態度は、民主主義において権力をもつ政治家や自治体の長としてあるまじきものです。税金は、与党支持者だけが支払っているわけではありません。体制に批判的な人からも徴収されるものです。税の拠出やそれで賄われる公共施設の利用を、権力者がイメージした「公衆」の便宜だけから判断するのは誤っています。たとえ公金が使われて県や市がかかわっているとしても、公権力に係わる人が展示内容に口を出すべきではないのです。
 もうひとつは、7月の参院選応援中の安倍首相に「安倍やめろ、帰れ」「増税反対」と叫んだ市民を警察官が排除した事件です。
 公道での選挙演説も、それに支障をきたさない程度の質問、意見表明、疑問を呈するヤジも政治的表現の自由として保障されています(憲法21条1項)。ヤジだからといって、「敵意ある聴衆」として公権力がその発言を規制してよいわけではありません。これに対して、柴山昌彦文科大臣が「表現の自由は最大限保障されなければならないが、集まった方々は候補者や応援弁士の発言を聞きたいと思って来ている。大声を出したりすることは、権利として保障されているとは言えないのではないか」と述べたそうです。しかし、演説の場にはそれを批判したい聴衆も来ていますし、活発な意見の応酬は候補者の考えに対して、より理解を深めることにもつながります。権力の側の人間は、自らと異なる意見の表現に対し、より寛容でなければならないのではないでしょうか。
 批判や異論に耳を傾けようとしない不寛容な体質が政権側にあると指摘する人もいます。ですが、政治家の考えは市民の意識の反映ですから、日本の市民全体の構造的な問題だといえます。立憲主義の確立した民主主義国家をめざすのであれば、寛容の持つ意味を市民として再度自覚しておかねばなりません。ただ、市民相互間で他者の思想言論に対しては寛容であることが必要ですが、権力者の不寛容に対しては寛容であってはならないと思います。

<棄権という意思表示の意味>
 このように、政府が、憲法に違反したり、憲法への理解に欠ける政治を行ったとき、それを正す第1の方法は、司法過程を通じて違憲訴訟を起こすことです。たとえば私は現在、安保法制違憲訴訟のほか一人一票実現訴訟、憲法53条訴訟、助成金不交付決定処分取消訴訟という4つの違憲訴訟を起こしています。憲法は、裁判所に違憲審査権を与えています(81条)。政府の違憲行為に対して、憲法の番人である裁判所が無効を宣言し、権利救済と違憲状態の回復をはかるこの仕組みこそ、立憲主義憲法が本来予定する合憲性の統制方法といえます。
 ただ、日本では訴訟要件や司法権の限界を根拠に、裁判の間口に訴訟技術的な制約を設けており、政府による憲法違反行為のすべてを司法過程によって正すことは困難です。そこでこうした司法過程による是正とともに、政治過程を通じて民意を示すことが重要になります。請願をする、デモに参加する、集会を開く、とりわけ重要なのは、選挙を通じて政府をコントロールすることです。すなわち、憲法を無視した行動をした後の選挙において、政権交代を実現して権力から遠ざける方法です。これが、憲法違反を正す第2の方法です。
昨年は、7月に参議院選挙が行われました。そこでは自民党が改選議席を9減らし、改憲勢力も改憲の発議に必要な3分の2を割り込みました。
 しかし、与党が改選過半数を獲得したため、政府の憲法違反を正すことはできませんでした。様々なスキャンダルにまみれ、憲法を守ろうとしない現政府がなぜ、過半数を獲得するのでしょうか。その最大の原因は、投票率の低さにあるように思います。今回のそれは、前回を5.9ポイント下回る48.8%でした。2人に1人以上が棄権しているのです。海外をみると、たとえば2017年のドイツ連邦議会選挙が76.2%、フランス大統領選決選投票が74.6%でした。投票率の高い北欧諸国の国政選挙は80%を超えています。一方、日本の国政選挙はここ10年ほどは50%台前半にとどまっています。
 「争点がわからない」「自分に直接関係ない」と思って棄権するのかもしれません。しかし、誤解しないで欲しいのは、棄権という行動が、政治的に中立の意思を示すものでは決してないことです。それは、選挙結果への消極的な支持、いいかえれば安倍政権が続くのならばそれでよいという意思を表明しているということです。このことは肝に銘じて欲しいと思います。
 さきに見た平和、福祉、表現などは私たちの生活そのものです。それらを悪くする政治が行われている以上、私たちは、わがこととして政治をよく見て知ること、他者と意見交換すること、そして選挙に必ず行くことが不可欠です。

<恵まれている日本人>
 海外に目を向けると、昨年3月末から香港で民主化デモが起きています。もともとは、香港と中国本土の犯罪人受渡しを可能にする逃亡犯条例改正案が、中国当局による香港市民の取り締まりを招き、ひいては「一国二制度」も消滅するとの懸念から巻き起こったものです。要求は拡大し、真の普通選挙制度の実現を含めた「五大要求」を掲げ、数百万人規模のデモが続いています。警察は武器を持たないデモ参加者に襲いかかり、無差別に攻撃しています。数十分間、絶え間なく催涙ガスも打ち込んでくるそうです。それでも、前線に立ち、またその背後で防御役を務め、ある女性はステンレスの皿と水で催涙弾を消火し、和理非(和平・理性・非暴力の略)を信条にする人は、街に出て平和的に抗議活動を行い、デモに直接参加できない人も救急ボランティアやデモ参加者を現場から帰宅させる運転手として支える…。それぞれができることを見つけて参加しています。
 前線にたつ26歳のデモ隊の男性によれば、「何が正しくて何が間違っているのか区別しにくいときは、積極的に行動することこそが強権政治に対して必要な身構えだ」と言い、「僕たちの行動を過激だと思う人もいるが、それは東洋人のふがいない思考を反映しているかも知れない。目の前にある社会価値に従うだけで、反抗することに慣れていない」と言います(以上、Newsweek「デモ隊の告白」より)。
香港の人々と比べて、私たちには、選挙権、請願権、表現の自由などが憲法で保障されています。おかげで、戦前の思想弾圧のようなことは起きていません(今のところですが)。たしかに表現の自由などは、さきに紹介したように課題を抱えています。しかしそれでも、政府を批判することで拘束されることはありません。選挙で自由に自分の意思で投票することも許されています。ともかく、私たちは極めて恵まれているのです。

<東京オリンピック>
 今年は東京オリンピックが開かれます。スポーツそのものは楽しいものですが、それだけに政治的に利用されやすいことに注意が必要です。予算は当初の8,000億円から3兆円に膨らむと言われており、そこにはすでに多くの利権が動いているでしょう。大会の盛り上がりの裏で、国民に知られては不都合な何かをひっそりと決められてしまうかもしれません。日本の獲得メダル数などで国威を発揚しながら、改憲や総選挙が行われることもありえます。政治をよく見て監視しておくことが大切です。

<改憲>
 安倍首相は当初、憲法を改正して2020年に施行すると宣言していました。にもかかわらず、2019年は改憲についてさほどの進展はありませんでした。さらに、「桜を見る会」で安倍首相が選挙区有権者を多数、招待する買収まがいのスキャンダルが暴かれました。にもかかわらず、それを誠実に説明することもありませんでした。安倍首相自身に対する国民の信用は以前にも増して下がっていると言えます。その安倍首相が改憲を進めようとしても、国民がそれを支持する可能性は低いでしょう。
 ただ、注意が必要なのは、本丸の9条改憲を取り下げて民意に応えたように見せつつ、合区解消など別の項目で改憲を進めようとするおそれがあることです。参議院を都道府県の代表とすることで合区を解消する自民党の改憲項目は、ともすれば、自分以外の選挙区だけが影響を受ける特定地域の問題のように思われがちです。そうして、大衆が自分の問題でないと誤解させられたまま、五輪の裏で改憲手続きが進む可能性は十分に想定できます。この問題は、国会議員を選ぶという意味で日本の民主主義に関わることであり、特定地域の問題ではありません。人ごとではなく自分ごとなのです。

<総選挙>
 「桜を見る会」問題では、政治資金規正法や公職選挙法に違反する疑いが安倍首相にかけられたにもかかわらず、国会は延長されず、非公式な場を含め、疑念を解消する十分な説明はなされませんでした。内閣支持率は、各社50%を切った程度に止まっていますが、本当はもっと低いかもしれません。首相周辺からは、十分な説明よりも解散総選挙に打って出ることにより、「禊ぎ」を済ませて責任追及を逃れる噂も聞こえてきます。
 いずれにせよ、解散総選挙はいつでも行われる可能性があります。今まで行かなかった人も、今年は選挙に行ってください。棄権は与党を消極的に支持する意思表示です。そして普段から、憲法が保障する様々な人権を行使してください。国に請願する、集会を開く、デモに参加する、表現の自由を使っていく、そういう年にしてください。香港の人々は、手厚い人権保障がない困難な状況の下で、あれだけの熱い闘いを行っているのです。恵まれている私たち日本人が、政治を人ごととして安穏としてれば、為政者のペースで憲法は変えられ、政治への不満を表明しようと思ったときには、既に手遅れになっていて、ものが言えなくなってしまっているかもしれないからです。
 政治は他人ごとではなく我がことです。憲法が保障する人権を使って、政府をしっかり監視し、これまで以上に主体的に行動する年にしていきましょう。

◆伊藤真(いとう まこと)のプロフィール

法学館憲法研究所所長。
伊藤塾塾長。弁護士(法学館法律事務所所長)。日弁連憲法問題対策本部副本部長。「一人一票実現国民会議」発起人。「安保法制違憲の会」共同代表。「第53条違憲国賠等訴訟東京弁護団」。「助成金不交付取消訴訟弁護団」。「九条の会」世話人。ドキュメンタリー映画『シリーズ憲法と共に歩む』製作委員会(作品(1)・(2)・(3))代表。

『伊藤真の憲法入門 第6版』(日本評論社)、『中高生のための憲法教室』(岩波書店)、『10代の憲法な毎日』岩波書店)、『憲法が教えてくれたこと ~ その女子高生の日々が輝きだした理由』(幻冬舎ルネッサンス)、『憲法は誰のもの? ~ 自民党改憲案の検証』(岩波書店)、『やっぱり九条が戦争を止めていた』(毎日新聞社)、『赤ペンチェック 自民党憲法改正草案 増補版』(大月書店)、『伊藤真の日本一やさしい「憲法」の授業』(KADOKAWA)、『9条の挑戦』』(大月書店、共著)、『平和憲法の破壊は許さない』(日本評論社、共著)など著書多数。


 

バックナンバー
バックナンバー

〒150-0031 東京都渋谷区桜丘町17-5
TEL:03-5489-2153 Mail:info@jicl.jp
Copyright© Japan Institute of Constitutional Law. All rights reserved.
プライバシーポリシー