• HOME
  • 今週の一言
  • 浦部法穂の憲法雑記帳
  • 憲法関連論文・書籍情報
  • シネマde憲法
  • 憲法をめぐる動向
  • 事務局からのご案内
  • 研究所紹介
  • 賛助会員募集
  • プライバシーポリシー
今週の一言
韓国法から考える、近年の日韓関係の齟齬について
2019年10月14日

水島玲央さん(名古屋経済大学准教授)

 近年、日韓関係は悪化の一途をたどっている。日本と韓国は、これまでも歴史認識をめぐってしばしば対立をしてきたが、近年では韓国のみならず日本においても相手国に対して否定的に考える者が増えてきているようにみえる。こうしたなか、日本では「韓国は国家の体を成していない」という意見(中央日報日本語版HP、2018年11月23日における日本の議員に対する批判記事より)や、「韓国はゴールポストを動かす」という意見(産経新聞HP、2017年6月25日)、そして「韓国では司法が独立していない」といった意見(ハンギョレ新聞日本語版HP、2019年4月18日における日系企業撤退の記事より)がみられるようになっている。日韓関係については、すでにこれまで多くの政治学者や歴史学者たちが解説を行ってきているため、ここでは、日本ではあまり知られていないと思われる、韓国法の観点から近年の日韓の齟齬についてみていきたい。
 まず、「韓国は国家の体を成していない」という考え方は、日本において韓国法があまり知られていないことに起因しているようである。現在の大韓民国憲法の前文では、「3・1運動によって建立された大韓民国臨時政府の法統と(中略)正義、人道及び同胞愛により民族の団結を強固にし、すべての社会的弊習と不義を打破し」と書かれており、かつての日本による統治を否定することが、国家の正当性につながっているのである。
 実際にそうした考えが明らかにされた憲法判例として、2011年3月31日に、「親日反民族行為者財産の国家帰属に関する特別法(親日派財産還収法)」に対する合憲決定(判決)が挙げられる。盧武鉉政権時代に制定されたこの法律では、日本統治時代に日本に対して協力的であった者の子孫から土地などの財産を事後的に没収できることを定めていたため、法の遡及効の禁止の原則への抵触が問題となった。だが憲法裁判所は、憲法前文の精神から親日財産を遡及的に剥奪できるのは予測可能であるとして、合憲としている。したがって、かつての日本による統治に対する強い否定こそが、むしろ大韓民国という国家の正当性につながるのであり、アイデンティティであるといえよう。
 次に、「韓国はゴールポストを動かす」といった点についてみていきたい。日本では憲法第98条第2項で、「日本国が締結した条約及び確立された国際法規は、これを誠実に遵守することを必要とする」としていることから、条約は法律よりも優位にあると考えられている。一方、韓国憲法第6条第1項では「憲法に基づいて締結、公布された条約及び一般的に承認された国際法規は、国内法と同じ効力を有する」と規定している。韓国では、条約と法律の優先順位について、「国会の同意を得た条約は法律と同一の効力を有し、法律と抵触する場合は新法優先・特別法優先の原則により優先が分かれる」(成樂寅『憲法學』(法文社・2015)318頁(原文は韓国語))と解釈されており、日本のように条約が法律よりも上位規範であるとは認識されていない。(韓国の国際法学者の意見をみると、サンフランシスコ平和条約に基づく国際法的な視点と、韓国の国内法的な認識をどのように調和すべきか講じている(中央日報日本語版HP、2019年8月16日の記事における李根寬の意見)。)
 ところで、国際法と国内法の優劣については、実は国によって大きく異なっており、韓国だけが特殊というわけではない。具体的にみると、オランダやオーストリアのように条約を憲法よりも優位とする国もあれば、日本のように憲法を最高法規としながらも条約を法律よりも優位とする国や、韓国のように条約と法律を同位とする国など、多様である(松井芳朗・佐分晴夫ほか編『国際法〔第5版〕』(有斐閣・2007)21頁)。ちなみに韓国のように条約と法律を同位とする他の有名な国としては、アメリカが挙げられる(松井・佐分ほか、同上)。
 それから、「韓国では司法が独立していない」といった見方についてみていきたい。これは決して、韓国の裁判官に良心がないというわけではなく、韓国の司法の構造に大きな原因がある。韓国では民事や刑事事件については法院(日本でいう裁判所)が、法律の違憲審査は憲法裁判所がそれぞれ裁判を行い、大法官(最高裁判所裁判官)ならびに憲法裁判所裁判官の任期は、それぞれ6年となっている(韓国憲法第105条第1~2項、第112条第1項)。諸外国と比較すると、アメリカの連邦最高裁判所裁判官の任期が終身、日本の最高裁判所裁判官の任期が定年まで保障されているのと比べて、韓国の大法官と憲法裁判所裁判官の任期は極めて短い。任期が短ければ、それだけ地位が不安定になってしまうため、裁判官が独立して自由に判断を行うにあたり困難を伴うことが考えられる。実際、朴槿恵政権時代に大法院長を務めた梁承泰氏は、戦時徴用工の訴訟を遅延させたことが職権濫用であるとして、現在の政権下において逮捕されている。また2013年に憲法裁判所所長候補となった李東洽氏は、前述の親日派財産還収法をめぐる事件において一部限定違憲を主張したことが波紋を呼び、その後別件を理由に辞退に追い込まれている。
 以上のように、近年の日韓の齟齬をみると、日本が韓国の法体系を理解していれば少しでも状況を改善できたようにも思われるが、日本では韓国法をこれまで十分に理解してきたようにはみえず、その点が非常に惜しまれる。ではなぜ日本ではこれまで韓国法を理解してこなかったのだろうか。まだ仮説の域を出ないものの、以下のことが考えられるであろう。
 第一に、日本の法学研究が、いまだに欧米中心に行われているからではないだろうか。こうした状況では、アジアの法制度については軽視もしくは看過されてしまうという問題を抱えている。
 第二に、日本と韓国は隣国同士であるがゆえ、自分たちと同じような法体系を相手も共有していると無意識に思い込んでいるからではないだろうか。だが前述のように、国際法と国内法の優劣や、司法の制度など、隣国同士でありながら全く異なっていることがわかる(特に立法・行政・司法の三権は全て日本とは大きく異なっている)。
 第三に、韓国では近代化の過程において日本および日本法の影響を少なからず受けてきたが、日本では韓国に対する過去の問題は既に解決済みという立場を堅持するあまり、韓国に残してきた法文化やその後の変容についても、あえて目を向けてこなかったからではないだろうか。
 相手と納得のいく話し合いを行うためには、何よりもまず相手のことを理解する必要がある。日本に関心をもっている韓国の人々が現在でも多いのに比べると、韓国に関心をもっている日本人は、ドラマや音楽などのサブカルチャーのおかげで以前よりは増えたかもしれないが、まだ決して多くないようにみえる(例えば、日本で就職したいという韓国の若者が今でも非常に多いのに対して、その逆はどれだけいるだろうか)。まずは相手の国のことを十分に理解したうえで、どのように接していくべきか講じ、そしてそのうえではっきりとものを伝えることが、今後の日韓関係の改善に、必要不可欠であるといえるだろう。

◆水島玲央(みずしま れお)さんのプロフィール

名古屋経済大学法学部准教授。専門は韓国憲法。
学生時代より大学における欧米中心の授業に反発し、アジアにおける民主化と人権状況に関心を持ってきた。近著に「民主化30年と韓国の憲法裁判」憲法理論研究会編『憲法の可能性』(敬文堂・2019)などがある。


 

バックナンバー
バックナンバー

〒150-0031 東京都渋谷区桜丘町17-5
TEL:03-5489-2153 Mail:info@jicl.jp
Copyright© Japan Institute of Constitutional Law. All rights reserved.
プライバシーポリシー