1 日本で唯一の貧困問題に特化した研究所
日本の子どもの貧困率は13.9%(「平成28年国民生活基礎調査」)。約7人に1人の子どもが相対的貧困状態にあると考えられています。このような状況に対し、政府・国会は2013年に「子どもの貧困対策推進法」を成立させ(2019年改正)、2014年には「子供の貧困対策に関する大綱」を発表しています。しかしながら、貧困状態にある子どもが抱える諸問題の全容は未だ十分に明らかになっておらず、どのような政策が貧困の削減や貧困が子どもと社会にもたらす悪影響の緩和において効果的かも十分にはわかっていません。
このような課題に取り組むために、2015年に首都大学東京は、子ども・貧困研究センター(センター長 首都大学東京人文社会学部教授 阿部彩)を設立しました。本センターは、子ども・若者の貧困に特化した日本で唯一の研究所として、国内の研究拠点となるべく活動しています。私たちの特徴は、多種多様な学問分野の研究者がもたらす「学際性」と、研究成果を政策・支援現場や一般社会に積極的に還元する「実践性」にあります。
2 多彩な学問領域の研究者による協働-貧困問題への学際的アプローチ
本センターには、首都大学東京の教員を中心に21名の研究者が集っています。その専門分野は、社会政策学、社会福祉学、社会学、経済学、教育学、心理学、公衆衛生学、栄養学と多種多様です。学外、所外の研究者とも積極的に交流しており、最近も主催する「貧困研究のフロンティア定例学術研究会」に近世日本を専門とする歴史学者を招き、18世紀の農村社会にあった生活困窮に対する活困窮を自己責任とする感覚についてご発表いただきました※1。また、脳科学者とともに貧困と児童虐待の関連について分析する共同研究プロジェクトに参加するなど、文理の枠組みを超えた研究活動も展開しています。
このように私たちが「学際性」を掲げるのは、現代社会において貧困が生まれるメカニズムが非常に複雑であり、貧困が個人や社会に与える影響も多岐にわたるためです。多様かつ複雑な形態をとる貧困問題にアプローチし、その解決を目指すためには、様々な学問的背景を持った研究者による学際的な協働が求められます。本センターは主に統計分析という共通の手法をもちいることで、このような多様な学術背景を持つ研究者の協働を実現しています。
3 研究成果の社会への還元
私たちはあくまで研究者であり、子どもの貧困の実態とその原因ならびに影響を科学的に把握することを主要な使命としています。しかしながら同時に、貧困は解決すべき社会問題でもあります。貧困問題に調査研究を通じて関わる者として、学術的な根拠をもってその解決に貢献したいと考えています。
例えば「子供の貧困対策に関する大綱」発表以降、都道府県や基礎自治体が貧困の実態把握を目的に実施する「子どもの生活実態調査」において、本センターが提案する「生活困難度指標」が採用されだしています※2。所得のみに基づき計算されている政府公表の子どもの貧困率に対し、本指標は「世帯の所得状況」に加え、通常子どもたちが持っている・体験していると想定される物や経験の有無から測定する「物や経験の剥奪」、過去一年間の公共料金の滞納経験等から把握する「家計の状況」を組み合わせて、貧困を測定します。所得のみによる子どもの貧困の測定には、まずアンケート調査によって所得を正確に把握することが困難であるという問題があります(皆さんはご自身の税引き後の所得を社会保障給付等も含めて正確に把握されているでしょうか)。さらに、子どもの生活実態は世帯の所得状況のみならず、その使われ方にも大きく影響を受けます。私たちの提案する「生活困難度指標」は、今後、自治体や研究者などがアンケート調査を通じて子どもの貧困の実態を把握しようとする際に、大きな力となると期待されます。
4 今後の活動-研究と政策提言の深化に向けて
以上のように本センターは学際的な共同研究と研究成果の実践的な還元を活動の両輪としています。これまでも専門的な学術研究を行うと同時に、政府、自治体からの調査受託と政策提言、一般市民に向けたシンポジウムの開催等を通じて研究成果の還元を図ってきました※3。
さらに、本年8月には、子どもの貧困に関するデータを保有する自治体との協力関係と、学外の研究機関との共同研究体制を一層深化させるために、首都大学東京人文社会学部を含む6大学・機関にて「子どもの貧困調査研究コンソーシアム」を設立しました※4。このコンソーシアムを通じて、貧困研究の国内拠点の構築を図ると共に、自治体との協力体制を一層強化することで、複数の自治体のデータを同時に分析していくことを目指します。その結果、地域の特性の分析(例 山間部と都市部の違い、三世代世帯が多い地域と少ない地域、私立中学受験が多い地域と少ない地域など)、特定の自治体のみで行われている政策効果の分析(例 医療費助成制度)、単一の調査では把握が困難な子どもの状況の分析(例 外国ルーツを持つ子どもや父子世帯)などが可能になると期待しています。また、これらの研究成果を自治体等にフィードバックすることにより、効果的な政策の立案に貢献できるものと考えています。
今後も子ども・若者貧困研究センターの活動にご関心を持っていただければ幸いです。
※1 「貧困研究のフロンティア定例学術研究会」(主催:首都大学東京子ども・若者貧困研究センター、共催:首都大学東京オープンユニバーシティ、協力:財団法人特別区協議会)では、およそ月1回のペースで研究者による最新の研究報告を行っています。学術的な内容ではありますが、一般の方の参加も受け付けております。詳しくは本センターホームページをご覧下さい。
※2 生活困難度指標については以下にて詳しく説明しています。阿部彩,2018,「日本版子どもの剥奪指標の開発」(子ども・若者貧困研究センターワーキングペーパー1)
※3 その成果の1つが阿部彩・村山伸子・可知悠子・雁咲子編著『子どもの貧困と食格差-お腹いっぱい食べさせたい』(2018年、大月書店)です。本書は、社会政策学、栄養学、公衆衛生学、行政学の研究者が登壇した一般市民向けのシンポジウムをベースに、行政関係者、民間支援団体の方によるコラムを加えて編まれています。これまで子どもの貧困対策として講じられてきた政策には教育に関するものが多いのですが、貧困が子どもの食事面においても大きな影響が与えることを本書は明らかにしています。本書とは別にセンターが行った政策提言を踏まえて、世田谷区などが子どものいる生活困窮世帯に対する食の支援を始めています。
世田谷区
※4 「子どもの貧困調査研究コンソーシアム」については本センターホームページをご覧下さい。
◆川口 遼(かわぐち りょう)さんのプロフィール
川口遼 首都大学東京子ども・若者貧困研究センター特任研究員。
一橋大学大学院社会学研究科博士課程単位取得退学。専門は
ジェンダー・セクシュアリティ研究、家族・労働・福祉の社会学。
共著に『私たちの「働く少女、戦う姫』(2018年、堀之内出版)など。
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