はじめに
「防衛計画の大綱」とは何か。それは「日本の防衛力のあり方、自衛隊の態勢・定員・装備などを長期的見地に立って規定する最高方針文書で、閣議決定によって自衛隊にしめされる文書※1」のことである。これまで、1976年・三木内閣、1995年・細川-村山内閣、2004年・小泉内閣、2010年・鳩山-菅内閣、2013年・安倍内閣と5回策定された。10年程度を踏まえる長期計画であり、一内閣で二つの大綱という前例はない。今回安倍政権が昨年、2018年12月に決定した新防衛大綱(制定された年の元号による年表示を元にして30大綱と一般に呼称)は、それ以前の2013年の25大綱以後に策定された、2015年のガイドラインと安保法制(戦争法)の発動を可能にするために作成されたと考えることができる。
本稿では、この30防衛大綱と大綱とともに策定された中期防「平成31年度以降に係る中期防衛力整備計画」(一般に31中期防)を読みといてみたい。
1 軍事的安全保障の呪縛
新防衛計画大綱は「1 策定の趣旨」のところで、枕詞として「我が国は、戦後一貫して、平和国家としての道を歩んできた」の次に、防衛力こそ国家の安全保障を最終的に担保するものであり、平和国家である我が国の揺るぎない意思と能力を明確に示すものであると述べたうえで、こう記述している。
「現在、我が国を取り巻く安全保障環境は、極めて速いスピードで変化している。国際社会のパワーバランスの変化は加速化・複雑化し、既存の秩序をめぐる不確実性は増大している。また、宇宙・サイバー・電磁波といった新たな領域の利用の急速な拡大は、陸・海・空という従来の物理的な領域における対応を重視してきたこれまでの国家の安全保障の在り方を根本から変えようとしている」。「今後の防衛力の強化に当たっては、以上のような安全保障の現実に正面から向き合い、従来の延長線上ではない真に実効的な防衛力を構築するため、防衛力の質及び量を必要かつ十分に確保していく必要がある。特に、 宇宙・サイバー・電磁波といった新たな領域については、我が国としての優位性を獲得することが死活的に重要となっており、陸・海・空という従来の区分に依拠した発想から完全に脱却し、全ての領域を横断的に連携させた新たな防衛力の構築に向け、従来とは抜本的に異なる速度で変革を図っていく必要がある」。
この記述は、「私たちの社会・経済生活を支える科学技術の発展とそれに伴うシステムの保持・保全・保安の問題を、国家の軍事的安全保障問題と意図的に渾然一体化させて、軍事開発の必要性に結びつけ、のちに見るような『大軍拡』を正当化しようという意図がうかがえる。平時の中に有事対応の発想を公然と持ち込んで、軍事態勢の充実を導く論法は、『平和国家』の理念とおおよそかけ離れている」と批判されている※2。国家の軍事的安全保障を前提にして議論を進めていく大綱の立場は、そもそも憲法のよって立つ無軍備平和主義もしくは軍縮平和主義と相容れない。
ここでは、防衛力の「質及び量を必要かつ十分に確保」と言っているだけで、さすがにGNP比2%とは書かなかった(書けなかった)が、31中期防では2019年から5年間の所要経費は「おおむね27兆4700億円程度を目処とする」としている※3。
2 中国、北朝鮮は仮想敵国
「II 我が国を取り巻く安全保障環境」のところでは、軍事力の更なる強化や軍事活動の活発化の傾向の顕著化を指摘したのちに、中国と朝鮮を仮想敵国として取り扱っている。中国に関しては、高水準での国防費増加による軍事力強化、サイバー・電磁波・宇宙領域における能力の強化、力を背景とした一方的な現状変更、尖閣諸島周辺での領海侵入、南シナ海での軍事拠点化の進行などを挙げ、「こうした中国の軍事動向等は・・・我が国を含む地域と国際社会の安全保障上の強い懸念となって」いる。北朝鮮は「核・ミサイル能力に本質的な変化は生じていない」「我が国の安全に対する重大かつ差し迫った脅威であり、地域及び国際社会の平和と安全を著しく損なうもの」と述べている。
対中国が日本の軍拡の最大目的であるという認識を示している。朝鮮半島をめぐる緊張緩和にもかかわらず、北朝鮮を「重大かつ差し迫った脅威」呼ばわりすることにも違和感を禁じ得ない。
3 専守防衛の名存実亡化と日米同盟の強化
「III 我が国の防衛の基本方針」のところでは、冒頭、「専守防衛」について、以下のように述べる。
「我が国は、国家安全保障戦略を踏まえ、積極的平和主義の観点から、我が国自身の外交力、防衛力等を強化し、日米同盟を基軸として、各国との協力関係の拡大・深化を進めてきた。また、この際、日本国憲法の下、専守防衛に徹し、他国に脅威を与えるような軍事大国にならないとの基本方針に従い、文民統制を確保し、非核三原則を守ってきた。」「今後とも、我が国は、こうした基本方針等の下で、平和国家としての歩みを決して変えることはない。」
しかし、その「専守防衛」の中身が大きく変わっている。新「防衛大綱」は「我が国に侵害を加えることは容易ならざることであると相手に認識させ、脅威が及ぶことを抑止する。さらに、万が一、我が国に脅威が及ぶ場合には、確実に脅威に対処し、かつ、被害を最小化する」ことを防衛の目標として掲げている。このような記述から理解されることは、「専守防衛」とは敵が攻めてきたら守るという受け身ではなく、敵地攻撃能力をもつことによって抑止力とすることを「専守防衛」と呼ぶことにしたということである※4。「専守防衛」という言葉は名存実亡のものにすぎなくなった。
第III章は3部構成になっている。「1 我が国自身の防衛体制の強化」では、「防衛力は、平時から有事までのあらゆる段階で、日米同盟における我が国自身の役割を主体的に果たすために不可欠のものであり、我が国の安全保障を確保するために防衛力を強化することは、日米同盟を強化することにほかならない」と、自前の防衛力強化を前提とした日米同盟強化が述べられている。
「2 日米同盟の強化」では、「各種の運用協力及び政策調整を一層深化させる」と、共同作戦計画まで含めての自衛隊と米軍一体化が強調されている。
「日米同盟の抑止力及び対処力の強化」の項目では、以下のように記載されている。
「平時から有事までのあらゆる段階や災害等の発生時において、日米両国間の情報共有を強化するとともに、全ての関係機関を含む両国間の実効的かつ円滑な調整を行い、我が国の平和と安全を確保するためのあらゆる措置を講ずる。
このため、各種の運用協力及び政策調整を一層深化させる。特に、 宇宙領域やサイバー領域等における協力、総合ミサイル防空、共同訓練・演習、共同のISR活動※5及び日米共同による柔軟に選択される抑止措置の拡大・深化、共同計画の策定・更新の推進、拡大抑止協議の深化等を図る。これらに加え、米軍の活動を支援するための後方支援や、米軍の艦艇、航空機等の防護といった取組を一層積極的に実施する※6」。
「3 安全保障協力の強化」では「多角的・多層的な安全保障協力を戦略的に推進する。その一環として、防衛力を積極的に活用し、共同訓練・演習、 防衛装備・技術協力、能力構築支援、軍種間交流等を含む防衛協力・交流に取り組む」と記述されている。自衛隊は、対中国作戦を想定して、米軍以外の他国軍との共同訓練も強化している。
4 多元的統合防衛力
今回の防衛大綱は、2013年の大綱(いわゆる25大綱)で強調した「統合機動防衛力」の方向性を進化させ、「宇宙・サイバー・電磁波を含む全ての領域における能力を有機的に融合し、平時から有事までのあらゆる段階における柔軟かつ戦略的な活動の常時継続的な実施を可能とする、真に実効的な防衛力として、多次元統合防衛力を構築していく」ことを、新たな防衛力構想として打ち出している。
その理由は、「軍事力の質・量に優れた脅威に対する実効的な抑止及び対処を可能とするためには、宇宙・サイバー・電磁波といった新たな領域と陸・海・空という従来の領域の組合せによる戦闘様相に適応することが死活的に重要になっている」。「今後の防衛力については、個別の領域における能力の 質及び量を強化しつつ、全ての領域における能力を有機的に融合し、その相乗効果により全体としての能力を増幅させる領域横断(クロスドメイン)作戦により、個別の領域における能力が劣勢である場合にもこれを克服し、我が国の防衛を全うできるものとすること が必要である」。「不確実性を増す安全保障環境の中で、我が国を確実に防衛するためには、平時から有事までのあらゆる段階における活動をシームレスに実施できることが重要である」としている。
陸海空の3次元(作戦領域)に宇宙・サイバー・電磁波の3次元を加え、統合して動かせる体制を目指している。これまでの統合作戦は陸海空を一体的に動かすことであったが、これに新たに3次元を加える。これは、2018年5月29日の自民党提言「「新たな防衛計画の大綱及び中期防衛力整備計画の策定に向けた提言〜『多次元横断(クロスドメイン)防衛構想』の実現に向けて〜」をほぼ全面的に反映させたものである。ただし、これは陸海空3自衛隊のほかに宇宙自衛隊とかサイバー自衛隊を新設するということではない。31中期防では、宇宙領域専門部隊は航空自衛隊に、サイバー防衛隊は陸海空共同部隊としてつくられる。
このような措置は、米軍の体制に合わせるとともに、宇宙、サイバー、電磁波の次元で強化されている中国軍に対抗するものである※7。
5 宇宙・サイバー・電磁波領域を優先
「 IV 防衛力強化にあたっての優先事項」は「1 基本的考え方」、「2 領域横断作戦に必要な能力の強化にかかる優先事項」、「3 防衛力の中心的な構成要素の強化における優先事項」からなっている。1では「「防衛力の強化に当たっては、特に優先すべき事項について、 可能な限り早期に強化する」としている。2のところでは、「(1)宇宙・サイバー・電磁波の領域における優先事項」が出てくる。2015年の第3次ガイドラインには第IV章として、「宇宙及びサイバー空間に関する協力」という章があって日米両政府、自衛隊および米軍の宇宙、サイバー空間に関する協力をうたっていたが、それに対応している。
30大綱の「宇宙領域における能力」には「宇宙空間の状況を地上及び宇宙空間から常時継続的に監視する体制を構築する」とある。現在、自衛隊は向かってくる弾道ミサイルの発射探知は米軍の早期警戒衛星に依存しているが、JAXA(宇宙航空研究開発機構)と防衛省の共同研究で早期警戒衛星の保持の実現に向かっている※8。宇宙領域に続く「サイバー領域における能力」では、「有事において、我が国への攻撃に際して当該攻撃に用いられる相手方によるサイバー空間の利用を妨げる能力」の記述がある。サイバー反撃能力となると、敵の攻撃拠点に大量のデータを送りつけて麻痺させるDDoS攻撃(Distributed Denial of Service attack 分散型サービス拒否攻撃)が考えられるが、サイバー攻撃を武力攻撃事態と認定して敵サイバー基地を攻撃できるかが問題となる。サイバーに続いて、「電磁波領域における能力」では「相手方のレーダーや通信等を無力化するための能力を強化する」の記述がある。
6 敵基地攻撃能力を獲得
宇宙・サイバー・電磁波というテーマのあとに、「従来の領域における能力の強化」 に関して優先事項が列挙されている。その初めに出てくるのが「いずも」の航空母艦化である。30大綱には「現有の艦艇からのSTOVL機の運用を可能とするよう、必要な措置を講ずる」と表現されているだけで、31中期防のほうを見ると、「ヘリコプター搭載護衛艦(「いずも」型))の改修」との記述があり、これを「多機能の護衛艦」と称している。
「いずも」は基準排水量19,500トン、全長248メートルの大型艦。2015年に就役、最大14機のヘリを載せることができる。31中期防では、「有事における航空攻撃への対処、警戒監視、訓練、災害対処等、必要な場合にはSTOVL機の運用が可能となるよう検討の上」改修すると述べて、「なお、憲法上保持し得ない装備品に関する政府見解には何らの変更もない」と強弁している。
1978年の政府見解では、攻撃型兵器の保有は自衛のための必要最少限度を超えるため許されないとしており、例として大陸間弾道ミサイル、長距離戦略爆撃機、攻撃型空母をあげていた。ステルス戦闘機F35Bを念頭においた、短距離離陸・垂直着陸が可能なSTOVL(ストーバル:Short Taking OFF Vertical Landing)機を搭載した「いずも」は、ヘリ搭載型護衛艦ではなくSTOVL機を掲載させた航空母艦になり、敵基地攻撃能力を獲得することになる。なお、当初計画で最新鋭ステルス戦闘機F35A を63機、STOVL機のF35Bを42機で合計105機調達する方針を閣議で了承し、すでに導入を決めているF35A42機と合わせ147機体制となる※9。
「いずも」空母化に続いて「スタンド・オフ防衛能力を獲得」の記述がある。「スタンド・オフ」とは「遠ざかっている」という意味。この場合は戦闘機に敵国の領空・領海外から攻撃できる能力を持たせる、つまり敵基地攻撃能力を持たせることを言う。防衛省は「攻撃能力」でなく「反撃能力」だと言い、第一撃はミサイル防衛で阻止、第二撃を撃たせないために反撃能力を持つのだと説明している※10。
スタンド・オフ攻撃能力を与えるため、F15戦闘機を改修して、ロッキード・マーティン社製のJASSM(対地攻撃ミサイル、射程900キロ)やLRASM(対艦攻撃ミサイル)を搭載する、あるいはF35A戦闘機にコングスベルク社のJSM(対艦・対地巡航ミサイル、射程500キロ)の搭載が想定されている。30大綱を待たず、すでに2018年度からイージス・アショアとともに導入のための予算がついていた。
「いずも」空母化にしてもスタンド・オフ攻撃能力にしても、「敵が攻めてきたら守る」という受け身ではなく、敵地攻撃能力を持つことによって抑止力とすることを「専守防衛」と呼ぶことにしたことが明白である※11。
7 総合ミサイル防空
2017年12月19日に、北朝鮮のミサイル発射に対抗するためとして、陸上配備型の迎撃ミサイルシステム「イージス・アショア」を2基陸上自衛隊に配備することが閣議決定された。秋田市の新屋演習場と山口県萩市のむつみ演習場に設置が予定された。朝鮮のミサイルの捕捉・迎撃用と言われているが、韓国・ロシア・中国も監視することになる。また強力な電磁波の影響が心配され、新たな攻撃対象にもなる。
大綱・中期防改定に先立ちミサイル防衛の拡大に動いたのは、アメリカの統合防空ミサイル防衛(IAMD)に合わせるためである。イージス・アショアはイージス艦と連携して運用されるが、陸海の自衛隊の連携が必要になってくる。そこで、大綱には「ミサイル防衛に係る各種装備品に加え、従来、各自衛隊で個別に運用してきた防空のための各種装備品も併せ、一体的に運用する体制を確立」と書かれている。
アメリカ政府のFMS(対外有償軍事援助)によって取得するイージス・アショアの価格は非常に高く(2019年度の陸上自衛隊予算案が約1兆8450億円のうちイージス・アショアの取得経費は約1757億円で約1割)、なぜ陸自の保有なのか、ミサイル防衛に不可欠なのかという問題などを検討したうえで、軍事戦略から導き出されたものではなく、日米同盟を維持する(アメリカの離反を防ぐ)という政治的思惑によって決められたという指摘がなされている※12。
8 島嶼防衛の名目による対中共同作戦の拠点を南西地方に※13
30大綱は、「島嶼部を含む我が国への攻撃に対しては、必要な部隊を迅速に機動・展開させ、海上優勢・航空優勢を確保しつつ、侵攻部隊の接近・ 上陸を阻止する。海上優勢・航空優勢の確保が困難な状況になった場合でも、侵攻部隊の脅威圏の外から、その接近・上陸を阻止する。 万が一占拠された場合には、あらゆる措置を講じて奪回する」と記述している。「日米同盟の一層の強化に当たっては、我が国が自らの防衛力を主体的・自主的に強化していくことが不可欠の前提であり、その上で、同盟の抑止力・対処力の強化」という部分と合わせて読んでみると、対中有事の対処の全体像は、当然日米の共同作戦となるが、離島は自前で実力で守る体制をとるということになろう※14。
「従来の領域における能力の強化」の箇所の「総合ミサイル防空能力」に続く、「機動・展開能力」のところでは、島嶼部への攻撃対処のため「水陸両用作戦能力等を強化」と述べている。31中期防では「1個水陸機動連隊の新編」と書かれており、いま佐世保に2個連隊ある水陸機動団(日本版海兵隊)を沖縄に配備することを考えている。「島嶼防衛用に高速滑空団部隊を保持」することも大綱に明記されている。
25大綱のもとで島嶼防衛の名目で進められてきた自衛隊の新基地建設はまだ進行中である。自衛隊の「南西シフト」が立案された結果、2016年に与那国島、2019年3月に宮古島、奄美大島への自衛隊配備が実行に移された※15。
「これらの施策は島嶼部への中国軍による侵攻への対処を想定しているが、米軍も自衛隊もいない状態ならば侵攻・占領の必然性はなかったはずで、自ら攻撃を受ける対象を作ったことにな」ると批判されている※16。
9 統合司令部の創設へ
大綱の第V章は、「自衛隊の体制等」であり、どのようにして自衛隊の統合運用を行うのかについて、こう記述している。「あらゆる分野で陸海空自衛隊の統合を一層推進するため、自衛隊全体の効果的な能力発揮を迅速に実現し得る効率的な部隊運用態勢や新たな領域に係る態勢を統合幕僚監部において強化するとともに、将来的な統合運用の在り方について検討する」。
中期防には大綱より具体的な以下の記述がある。「統合幕僚監部において、自衛隊全体の効果的な能力発揮を迅速に実現し得る効率的な部隊運用態勢や新たな領域に係る態勢を強化するほか、将来的な統合運用の在り方として、新たな領域 に係る機能を一元的に運用する組織等の統合運用の在り方について検討の上、必要な措置を講ずるとともに、強化された統合幕僚監部の態勢を踏まえつつ、大臣の指揮命令を適切に執行するための平素からの統合的な体制の在り方について検討の上、結論を得る」。
統合幕僚監部の強化によって、陸海空と宇宙・サイバー・電磁波部隊を統合して動かす部隊を創設することを計画しているように思われる。
第4次「アーミテージ・ナイ報告書」※17には、西太平洋における日米合同の統合任務部隊(combined joint task force)や自衛隊における統合作戦司令部(joint operations command)創設の提言があり、それとの関連も含めて今後の推移に注意していく必要がある。
10 結びにかえて
2015年のガイドライン、安保法制の成立を経て、日米間の軍軍間協議を基本にして策定された30防衛大綱は、「戦争する国づくり完成に向けた大軍拡宣言」※18であり、自衛隊は専守防衛を脱ぎ捨てた外征軍に変質を遂げつつある。「異次元の大軍拡」とトランプいいなりの米国製高額兵器の爆買いが進行している※19。2018年12月20日に発表された申惠丰教授たち「社会権の会」の「防衛費の膨大な増加に抗議し、教育と社会保障への優先的な公的支出を求める声明※20」の指摘する通り、「世界的にも最悪の水準の債務を抱える中、巨額の兵器購入を続け、他方では生活保護や年金を引き下げ教育への公的支出を怠る日本政府の政策は、憲法と国際人権法に違反し、早急に是正され」なければならない。
安倍9条加憲によって憲法の平和主義原則が根底的に破壊されてしまう以前に、30防衛大綱と31中期防によって、平和的生存権と憲法9条に基づく憲法規範は実質的に憲法運用のレベルにおいて無意味化し、形骸化する結果をたどることが明らかになった。改憲の実現の前に改憲がなされたのと同じ状況を我々は目撃している。
山内敏弘教授は、「現に進行しつつあるこのような事態は、憲法9条の改憲を先取りしたものということもできるが、ただ、9条の改憲がなされない限りは、まだしも憲法9条と25条を盾にとって、その不当性を批判し、「改善する可能性は残っている。しかし、かりにでも自衛隊が憲法に明記されたならば、もはやその不当性を批判する根拠も失われていくことを、私たちは、覚悟しなければならない」と、警告している※21。
安倍政権の「戦争をする国づくり」と大軍拡計画を阻止する力の結集の必要性を改めて痛感している。それとともにこのような防衛大綱の、アメリカとの軍事同盟とその下での自衛隊の国防軍化・外征軍化の道ではない選択肢を提示していくこと。すなわち、憲法の軍縮平和主義を実現する憲法構想を説得的に提示する努力を果たしていくことが、我々憲法研究者に課せられた責務であることを痛感している※22。
※1 前田哲男「安倍軍拡はどこへ向かうかー防衛大綱と概算要求にみる新段階」世界2018年11月号89頁。
※2 小沢隆一「新たな『防衛計画の大綱』と九条改憲」前衛2019年3月号49頁。
※3 新中期防の総額は、安倍政権復帰の翌2013年末に策定した中期防(いわゆる25中期防:2014- 2018年度)を2兆8000億円、約11%上回る過去最大。
※4 大内要三「防衛計画の大綱』改定の現実とは」九条の会ブックレット『新防衛計画大綱と憲法大9条』2019年22頁の指摘。以下の本文でも、この大内論文を活用。
※5 intelligence, surveillance and reconnaissance:情報・監視・偵察。米軍で、戦闘に必要とされる三つの活動。
※6 ここで記載されているものは、2015年ガイドラインが「同盟調整メカニズム」ととりあえず抽象的に表現していたものの具体的内容とその実相である。宇宙からサイバー※7 領域、ミサイルから核戦略にも関わる拡大抑止に至るまで、「同盟調整メカニズム」が包括的に機能することがわかる。そして、2015年の安保法制の重要影響事態法によって全面化された米軍等への「後方支援」や改正自衛隊法95条の2として新設された「外国軍隊の武器等防護(のための武器使用の容認)」も「日米同盟の強化」という枠組みのなかに位置付けられている。小沢、前出論文50-51頁の指摘。
※7 大内要三「『防衛計画の大綱』改定の現実とは」九条の会ブックレット『新防衛計画大綱と憲法第9条』2019年、23-24頁の指摘。
※8 産経新聞2019年6月12日「ミサイル発射探知、実証へ 政府、警戒衛星の保有検討ミサイル発射探知、実証へ」https://www.sankei.com/politics/news/190612/plt1906120005-n1.html
※9 F35 の機体単価は1機で116億円。機体購入費と維持費で総額6.兆2181億円と指摘されている。https://www.jcp.or.jp/akahata/aik18/2019-01-10/2019011001_01_1.html
※10 防衛白書では、「隊員の安全を確保しつつ、わが国の防衛を全うするために不可欠なスタンド・オフ・ミサイルは、あくまでも相手から武力攻撃を受けたときに、これを排除するために不可欠なものであり、自衛のための必要最小限度の装備品」と強弁している。https://www.mod.go.jp/j/publication/wp/wp2018/html/nc007000.html
※11 大内要三「「防衛計画の大綱』改定の現実とは」前出29-30頁の叙述。
※12 福好昌治「イージス・アショアは必要か」世界2019年3月号、157頁。
※13 大内要三「改定された防衛計画大綱を読み解く」平和憲法研究会例会(2019年3月3日、明治大学)報告レジュメの表現。
※14 飯島滋明「南西諸島の自衛隊配備ー『平和主義』的視点からの考察を対象に」平和憲法研究会例会(2019年6月9日、明治大学)報告レジュメでは、「先島への自衛隊配備は中国による米軍への軍事活動を阻止するためであることが防衛省の文書自体で示されている。アメリカの軍事戦略の一環としての『対中国封じ込め作戦』、中国の太平洋進出を阻止するための役割をアメリカ軍に代わって実施するのが、先島に配備される自衛隊」と指摘している。
※15 南西諸島における陸上自衛隊を中心とする基地建設に関しては、池尾靖志「シリーズ連載・ルポ軍事列島第6回南西諸島ー知られざる複数の基地建設」世界2019年3月号113-120頁、座談会・軍事化される島々ー奄美・宮古・石垣・与那国の現地から」同上号121-130頁、「自衛隊の『南西シフト』三つのポイント」週刊金曜日2019年5月24日号25-27頁、小西誠『自衛隊の南西シフト』社会批評社2018年などを参照。
※16 大内要三「『防衛計画大綱』改定への動向」法と民主主義2018年7月号(530号)14頁。
※17 “More Important Than Ever: Renewing the US-Japan Alliance for the 21st Century”, Center for Strategic and International Studiesの筆者による邦訳に関しては、https://kenponet103.com/archives/582を参照。
※18 紙谷敏弘「新たな『防衛大綱』『中期防』は、『戦争する国』づくり完成に向けた大軍拡宣言」月刊憲法運動2019年2月号(No.478)17-30頁。
※19 山根隆志「安倍政権の『戦争をする国づくり』を許すなー新『防衛大綱』・『中期防』の危険性」前衛2019年3月号13-31頁。
※20 https://blog.goo.ne.jp/shakaiken/e/d690746f80d460229ded47262f52230b
※21 山内敏弘「安倍九条加憲論のねらいと問題点ー九条加憲は市民の生活・人権にどのような影響を及ぼすか」獨協法学第108号(2019年4月)80頁。
※22 最近、千葉眞「『小国』平和主義のすすめー今日の憲法政治と政治思想史的展望」思想 第1136号83-109頁を読んで、国連との提携をさらに深めて日米同盟を相対化し、第9条の徹底した平和主義を活性化していく、非戦型の「小国平和主義」の道の提唱に感銘を受けた。これは、「人があまり通っていない道」であるが、「誰かが通るのを待っている道」でもあり、日本の民衆と政府には、世界平和への政治的意思と地道な努力が求められているという言葉で結ばれている。今後、「小国」平和主義の道を具体化し、憲法の平和主義に基づく国内体制の構築と世界秩序の再編を展望する作業を継続する必要があると考えている。
◆稲正樹(いな まさき)さんのプロフィール
1949年生まれ。1973年北海道大学法学部卒業。1975年北海道大学大学院法学研究科修士課程修了。国際基督教大学などで憲法を担当。2016年3月に退職。現在は、国際基督教大学平和研究所顧問。「憲法研究者と市民のネットワーク」(略称:憲法ネット103)運営委員、「西暦併用を求める会」代表。専攻は憲法、アジア比較憲法、平和研究。
論文等
「平和主義」杉原泰雄・吉田善明・笹川紀勝(編著)『日本国憲法の力』三省堂、2019年
「改憲問題の現在」稲正樹・寺田麻佑・松田浩道ほか著『法学入門』北樹出版、2019年
「いまなぜ西暦併用アピールなのか」法と民主主義539号、2019年
改憲をめぐる言説を読み解く研究者の会(編著)『それって本当?メディアで見聞きする改憲の論理Q&A』かもがわ出版、2016年(共著)
"Abe's Politics: Past, Present and Future," in Michael Heazle and Andrew O'Neil (eds.), The 5th Annual Australia-Japan Dialogue, Policy Convergence and Divergence in Australia and Japan: Assessing Identity Shift within the Bilateral Relationship, Griffith Asia Institute, 2016.
「憲法問題・改憲問題と憲法研究者の役割」法律時報90巻7号、2018年
【関連HP・書籍・論文】
今週の一言
「臨時国会冒頭解散に対する憲法研究者有志の緊急声明」について
稲 正樹さん(国際基督教大学平和研究所顧問)