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今週の一言
旧優生保護法は違憲、しかし、請求は棄却
2019年7月29日

新里宏二さん(弁護士)

1 旧優生保護法を巡る初判決
 本年5月28日、仙台地方裁判所において、15歳の時に不妊手術を強制された宮城県在住の60代女性、および16歳の時に本人が知らない間に不妊手術を強制され、1997年から被害を訴え続けてきた仙台在住の70代女性についての旧優生保護法に基づく強制不妊手術をめぐる訴訟で判決(以下「仙台地裁判決」という。)が下された。旧優生保護法をめぐり全国7地裁、原告20名が訴えている裁判の全国初の判決でもあった。

2 旧優生保護法は違憲
 同訴訟では、主位的に、1996年旧優生保護法が「障害者差別」として、母体保護法に改正されながら、被害回復のための立法措置をとってこなかったこと(立法不作為)が違法であるとし、予備的にそもそも優生手術が違法であり、国が国賠法4条で準用される民法724条後の除斥期間の主張は許されるべきでないと主張した。
 仙台地裁判決は、旧優生保護法は憲法13条で保障されるリプロダクティブ権を侵害するものであり違憲無効との判断を示し、さらに、損害賠償請求権の権利行使の機会を確保するために、「所要の立法措置を執ることは必要不可欠であると認めるのが相当」と判示した。
 しかし、「少なくとも現時点では、上記のような立法措置を執ることが必要不可欠であったことが、国会にとって明白であったということは困難である。」とし、原告等の請求を棄却した。さらに、違法な優生手術との主張についても除斥期間を理由に請求を棄却した。

3 被害に向き合わない判決
 母体保護法に改正されてから22年、被害回復が放置されてきた。旧優生保護法被害訴訟においては、障害者ゆえに、あるいは「障害者」と扱われて、子どもを生み育てるか否かの自己決定権を違憲な旧優生保護法により奪われ、家族形成権や配偶者との穏やかな結婚生活を失わされ、差別されながらその被害回復を放置された原告らを含む優生手術被害者の人権保障が問われていた。仙台地裁においても、少数者の人権保障をすべき裁判所における英断が期待されていた。それにもかかわらず、上記の通り、司法による救済が認められることを期待した原告等手術被害者の期待や希望を打ち砕くものであった。

4 明白性を否定したこと
 仙台判決は、「リプロダクティブ権」という権利の新奇性を根拠として、明白性の要件を認めなかった。
 すべての人が「子を産み育てるかどうかを意思決定する権利」という人権を有していることなど、法的議論の蓄積や司法判断を待つまでもなく当然のことである(仙台地裁判決も、「何人にとっても、リプロダクティブ権を奪うことが許されないのはいうまでもなく」と判示している)。
 国連の人権規約委員会は98年以降、再三にわたって必要な法的措置をとるよう日本政府に勧告し、日本弁護士連合会も同様の意見を表明してきた。04年には当時の坂口力厚労大臣が国会で「今後考えていきたい」と答弁している。何よりも、提訴後、後述の通り、国会では超党派の議連及び与党WTが議員立法を急いでいて、2019年3月20日の口頭弁論終結時点では「旧優生保護法に基づく優生手術等を受けた者に対する一時金の支給等に関する法律案」が出来ていた(同年3月14日法案策定)。同法案は、裁判に影響を与えないことが考慮され、「われわれ」の「おわび」と「320万円の一時金支給」を定め、損害賠償義務を認めるものではないものの、国会が被害回復を行っていないことを裁判所に指摘されることを回避するため、立法を急いだというべきであろう。これでも、明白性は否定されるのであろうか。
 以上からすると、上記立法措置の必要不可欠性は国会にとって明白であったというべきである。

5 除斥期間を適用したこと
 仙台判決が、除斥期間の適用を安易に認めた点は不当である。原告側は裁判所の釈明に答える形で、除斥期間を適用することはその限りで平成14年郵便法判決の法理から憲法17条に反する(適用違憲)と主張したがこの点に対する判断も示されていない。除斥期間の適用を認めた理由についても、そもそも理由としての体をなしていないと言わざるを得ない。すなわち、仙台判決は「しかしながら、除斥期間の規定を前提としても、原告主張にかかる被害の回復を全面的に否定することは、憲法13条および憲法17条の法意に照らし、是認されるべきではなく、本件において前記所要の立法措置をとることが必要不可欠であることは、前記において説示したとおりである。」とした上、「そうすると、上記のとおり、除斥期間の規定自体の正当性並びに合理性及び必要性が認められることに鑑みれば、原告らの主張を踏まえても、除斥期間の規定を本件に適用することが憲法17条に違反することになるものではない。」と述べる。文脈からすると「立法措置を取ることが必要不可欠」であることが、「除斥期間の適用を肯定する根拠・理由」とされている。立法措置が不可欠であるとして除斥期間の適用を肯定するなら、立法不作為の違法性を認めなかったら原告らの救済ははかれない。判決の論調は被害救済をすべきトーンとなっているのに結果は請求を否定していて本当に理解不能となっている。
 唯一理解をしようとすると判決に書いていない事情を加味するしかない。
仙台判決は、口頭弁論終結後である同年4月24日「旧優生保護法に基づく優生手術等を受けた者に対する一時金の支給等に関する法律」が成立したことから、国会の立法裁量に配慮したものと考えると理解が初めて可能となる。すなわち、2018年1月の本件提訴を受け、同年3月、超党派の議連、与党WTが出来、立法化の動きが加速し、口頭弁論終結前である本年3月14日には法案が出来上がっていて、同年4月中に法案成立と報道されていたのは、公知の事実であった。法律が成立したのは口頭弁論終結後であるが、法律成立が仙台判決の判断に影響したことは明らかである。口頭弁論終結後の事情を加味し、そのことには一切触れずに、国会の立法裁量を強調して「明白性」を否定して立法に無批判に最大限配慮する。これは司法権の実質的放棄につながらないのであろうか。
 しかも、同法が認めたものは、旧優生手術被害者への「おわび」と「金320万円の一時金」にとどまり、極めて甚大な被害を償う損害賠償の実質はない。同法の成立をもって損害賠償義務の立法責任を果たしたという評価がなされるべきではないのであり、ましてや、司法府が立法府の立法裁量に配慮する根拠ともなりえないのである。
 例えば、2001年5月のハンセン訴訟熊本判決を受け、同年6月に成立した「ハンセン病療養所入所者等に対する補償金支給等に関する法律」では、その第1条で「この法律は、ハンセン病療養所入所者等の被った精神的苦痛を慰謝するための補償金の支給に関し、必要な事項を定める」とされていて、違法行為による慰謝料となっていることと明らかに異なる。
 一時金支給額は320万円とされているところ、原告らの賠償請求額は3300万円から3850万円となっている。少なくとも交通事故による生殖機能の完全喪失の後遺症は7級で慰謝料額は1000万円とされ、故意による被害については、3割増額されている。放置された被害等極めて重大な人権侵害の被害の賠償金に全く及ばない。

6 まとめ
 本件は、立法府及び行政庁という国家権力による少数者のみを狙い打ちにした差別施策が問題となっており、これは国家犯罪ともいうべき比類なき人権侵害事案である。しかし、立法府及び行政庁は、本件に関して自ら適切な被害回復を行ってこなかった。このような場合、本件の被害回復は、司法権以外に行うことができないのであり、仮に司法権においても本件の被害回復を行わないと判断する場合、原告を含む被害者らは、一時金支給しか受領できず、本件に関して真の被害回復を受けることが永久にできなくなってしまう。本件では、あまりにも不正義な事態を、日本国憲法下において、また、三権分立の思想の下において許容してよいのかという事が問われている。
 原告等は、控訴の上、改めて被害者に寄り添い被害回復に資する判断を求める。

◆新里宏二(にいさと こうじ)さんのプロフィール 

1952年盛岡市生まれ。中央大学法学部卒業、1983年仙台弁護士会登録、仙台弁護士会会長、日本弁護士連合会副会長を務めた。
現在、全国カジノ賭博場設置反対連絡協議会代表、全国優生保護法被害弁護団共同代表を務める。


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