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今週の一言
日本国憲法施行72年、憲法の今を考える
2019年4月29日

藤井正希さん(群馬大学准教授)

 今年ももうじき5月3日の憲法誕生日(私はこう呼ぶことにしています)がやってきます。令和時代最初の誕生日という点で、記録にも記憶にも残る意義深い誕生日だと思います。1946(昭和21)年11月3日に公布され、翌年(1947年)の5月3日に施行された日本国憲法は、今年で満72歳になります。いわれなき多くの誹謗中傷に耐えながら、一度も手術を受けることなく、活躍されてきたことに対しては、感謝と称賛しかありません。本当にお疲れ様です。人間でいえば後期高齢者に近い年齢ですが、人生100年時代の今ではまったく老け込む年ではありませんし、老け込んでもらっては困ります。ぜひ生涯現役の意気込みで、今後とも八面六臂の奮闘を期待せざるをえません。今後の更なるご活躍を祈念いたします。
 現在の国会では、衆議院も参議院も憲法改正に前向きな改憲勢力が3分の2を占め、これは憲政史上、初めての政治状況だと言われています。それゆえ、祖父・岸信介のDNAを受け継ぎ、生粋の改憲論者である安倍晋三首相は、一刻も早く憲法96条の改憲手続を始めたいのだと思います。安倍首相は、「新しく生まれ変わった日本が、しっかりと動き出す年である2020年を、新しい憲法が施行される年にしたい」という決意を折に触れて表明しています。2020年は東京オリンピックが開催され、令和の新時代で最初の正月を迎える年でもあります。この大きな時代の節目に「ここで憲法をリセットだ!」と考えてもまったく不思議はありません。ここで改憲を成し遂げれば、祖父の夢をかなえるとともに、“日本国憲法の改正を成し遂げた初の首相”として歴史に名を刻むことにもなります。まさに“男の本懐”なのでしょう。昨年(2018年)の3月、自由民主党は党大会において、党の憲法改正推進本部がまとめた条文素案にもとづき、(1)自衛隊の憲法9条への明記、(2)緊急事態条項の新設、(3)参議院の合区解消、④教育の充実という4項目で憲法改正を進めていくことを確認しました。これには安倍首相の個人的な意見が色濃く反映されていると言われています(以下、安倍改憲4項目)。実際、党内には異論も多いことが報道されています。
 憲法も“不磨の大典”ではないのですから、国民の意識の変化や変わりゆく時代の要請にあわせて改正していくべきは当然のことです。だからこそ日本国憲法にも改正手続をさだめた96条がしっかりと規定されているのです。しかし、憲法は国家の根本法で最高法規(憲法98条)であり、いわば国家の骨格、法体系の背骨、政治の根本原則なのです。よって、安易に改正してはなりませんし、改正する場合には十分に時間をかけた国民的な議論とコンセンサスが必要不可欠です。国会はもちろん、家庭、学校、職場、地域社会、マスメディア、さらにはサイバー空間においても、改憲の必要性について議論の積み重ねがなければなりませんし、大半の国民が改憲を理解し、支持するような社会環境も整備しなければなりません。憲法改正の国民投票を国家分断、社会的混乱の始まりにしては絶対にいけないのです。そのことは、イギリスのEU離脱についての国民投票の実例を見るにつけ、痛感します。この点、安倍改憲4項目については、このような国民的議論はまったく行われていませんし、国民的なコンセンサスも形成されていません。実際、この間の各種世論調査によれば、ほとんどの場合で反対が賛成よりも多く、国民が望んでいるのは、年金・医療・介護などの社会保障の充実や景気・雇用対策なのです。少なくとも2020年と期限を区切ってまで今、改憲に突き進むことは、まったく国民が望むところではありません。
 また、憲法の第一の任務は、国家権力を縛ることです(いわゆる立憲主義)。すなわち、国民の権利・自由を守るために国家権力を憲法で縛り、憲法にしたがって政治を行わせるのです。このことはイギリスの名誉革命やアメリカ独立戦争、フランス革命などの近代市民革命の際にだされた諸文書(権利章典や独立宣言、人権宣言)からして歴史的な事実です。よって、たとえ憲法改正が認めうるものだとしても、憲法で保障された国民の権利・自由を切り下げる方向で、あるいは、憲法によって権力にかせられた縛りを緩める方向で憲法を改正することは、立憲主義に反しかねず、特に慎重でなければなりません。実際、戦後、少なくとも先進国ではそのような改正はほとんど見られません。その点で、安倍改憲4項目の(1)自衛隊の憲法9条への明記と(2)緊急事態条項の新設は、国民の権利・自由の切り下げや権力にかせられた縛りの緩和につながりかねず、立憲主義に反する恐れの高い、きわめて危険なものと言わざるをえないのです。
 つぎに、改憲が必要だとしても、それをいつ誰にどのような政治状況でやらせるかは別問題です。「みっともない憲法ですよ、はっきり言って。それは、日本人がつくったんじゃないですからね」。「憲法を・・・自分たちでつくったというのは幻想だ。昭和21年に連合国軍総司令部(GHQ)の憲法も国際法もまったく素人の人たちが、たった8日間でつくり上げた代物だ」。信じがたいですが、これは安倍首相の実際の発言で、日本国憲法に対する否定的な憲法観がにじみ出ています。私は、戦後、日本が直接、戦争に加担せず、どうにか安全を維持できたのも、また、驚異的な経済成長を遂げることができたのも、日本国憲法のおかげだと思っています。少なくとも日本国憲法なしにはありえなかったでしょう。少なくとも「今の憲法はいい憲法であり、基本的に大切にしなければならない」という憲法観を持った指導者に改正をしてもらわなければ、いい結論になるはずがありません。この点、自民党のタカ派議員が野党時代に参加したある集会で、長勢甚遠元法務大臣が「国民主権、基本的人権、平和主義・・・この三つをなくさないと本当の自主憲法にならない」などと発言し、そこに安倍首相も参加して、拍手までしている動画をネットで観た時は、本当に目を疑いました。また、改憲を主張する指導者には、憲法学の基礎的な素養は必須だと思います。昭和の終わりから平成の初めにかけて憲法の第一人者であった有名な憲法学者・芦部信喜東大名誉教授の名前も知らず、憲法の最大の価値である個人の尊厳が13条に書かれていることも知らずというのでは、はなはだ心もとないと言わざるをえません。
 さらに、安倍首相は、自衛隊の憲法9条への明記について、「この改憲案が実現してもしなくても、自衛隊は何も変わらない」と繰り返し述べています。しかし、本当に何も変わらないのであれば、多額の費用をかけて国民投票をする必要などないはずです。安倍首相の改憲についての一連の言動を見ていると、内容などはどうでもいいからとにかく一度、憲法改正に手をつけたいという強い意志が看取されます。その真意を推察するに、とにかく「お試し改憲」を一回やる。一回やれば、国民の改憲へのアレルギーがなくなりますから、改憲のハードルは事実上、かなり下がります。そうしたら、その後にどんどん改憲してしまえばいい、そういう魂胆が見え見えです。実際、自民党の内部には、このような「二段階改憲論」が公然と議論されています。安倍改憲4項目は改憲の初めの一歩に過ぎず、それを手始めに日本国憲法を換骨奪胎、憲法を完全に書き換える、それが安倍首相をはじめとした改憲政党である自民党執行部の本音だと思います。それを考えるなら、ますます安倍首相に改憲をやらせてはなりません。
 このような安倍改憲には、護憲派と改憲派とが力をあわせて立ち向かい、断固阻止しなければなりません。前述した「憲法も不磨の大典ではないのだから、国民の意識の変化や変わりゆく時代の要請にあわせて改正していくべきは当然」という意味では、私もれっきとした改憲派で、多くの国民も然りだと思います。しかし、改憲派とはいえ、どんな改正でもやればいいと思っているわけではありません。前述したような理由からしても(その理由は他にも枚挙にいとまがありません)、安倍改憲はたとえ改憲派であっても絶対に認めがたいものなのです。よって、護憲派と改憲派の連帯が重要となります。この点で、護憲派の人びとの中には「今の憲法は一切、改正する必要はありません」と最初から断言してしまう人がいますが、これはどうかと思います。改憲の国民的議論はまったくなされていないのであり、すべての議論はこれからです。今後、ゆっくり時間をかけて、護憲派と改憲派とが十分に改憲の必要性について議論すればいいのです。改憲をする必要があるかどうかは、その議論の後に判明することです。十分な議論の結果、改正すべき点が明らかになれば、改正すればいいのです。議論を始める前から改正は不要と断言するならば、改憲派との議論が成り立ちませんし、連帯ができなくなってしまいます。護憲派と改憲派がいがみ合い、ケンカする必要はまったくありません。必要なのは護憲派と改憲派との前提なしでゼロから積み上げていく熟議なのです。その意味で、令和元年がぜひ憲法改正についての国民的議論とコンセンサスづくりをスタートさせる“論憲元年”になってほしいと思います。さあ、令和時代最初の憲法誕生日には、みんなで大いに日本国憲法を論じあうことから始めましょう!


◆藤井正希(ふじい まさき)さんのプロフィール

出身地: 群馬県
最終学歴/学位: 早稲田大学大学院法学研究科/修士(法学)
早稲田大学大学院社会科学研究科/博士(学術)
所属学会: 日本公法学会、全国憲法研究会、憲法理論研究会、社会情報学会
専門分野: 憲法学
著書:『法学・憲法への招待』(敬文堂)(共著)、『マスメディア規制の憲法理論』(敬文堂)(単著)

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