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今週の一言
児童虐待をなくすために~大人と社会は何をすべきか
2019年4月1日

津崎哲郎さん(認定NPO法人児童虐待防止協会理事長)

1 はじめに
 児童虐待の件数が年々増加しているだけでなく、このところ悲惨な死亡事例が相次いで起こっている。2018(平成30)年には、香川県の児童相談所と東京都品川の児童相談所が関与しながらも情報の引継ぎやリスクの的確な評価、安全確認などがなされないまま、5歳の女児が養父からの虐待と衰弱によって命を失ってしまった。
 のちに公表された女児が書き残した文章には「ゆるしてください、ゆるしてください」と必死にゆるしを乞う思いがつづられ、多くの国民の涙を誘った。
 この幼い女児の無念に答えるべく、政府は緊急の対策会議を開き、向こう4年間で2000人余りの児童福祉司の増員を決定し、48時間以内の安全確認ができないときは原則立入調査を実施するなどの方針を打ち出した。
 しかし、その記憶が覚めない2019(平成31)年1月には、千葉県で再び10歳の女児が実父からの虐待で命を失ってしまった。この女児は学校のアンケート調査で、秘密を守りますと記載された用紙に、勇気を奮って実父からの虐待を訴えて助けを求めたが、事もあろうか教育委員会が父親の恫喝に屈してアンケートのコピーを渡し、一旦一時保護や親族委託の形を取った児童相談所も、父親の攻撃的勢いに押されて子どもの連れ帰りを黙認し、その後訪問すらできない状況の中で子どもが無残にも犠牲になってしまった。

2 人員体制の増強と専門性の維持・確保
 これらの事例を見る限り、子どもの最前線の砦としての機能を持つ、学校・教育委員会、児童相談所、市町村等が、実に不十分な対応体制しか持たず、子どもを守るという役割が果たせていない現実を突きつけられ、果たして政府のいう2000人余りの増員で問題が解決するのか心細くなる。
 確かに現在、児童相談所や市町村等の児童虐待に直接向き合う部署では、急増する虐待に人手が追い付かず職員が疲弊している。その意味で児童相談所職員の急きょ増員の報は良い知らせに違いないが、それでも件数の増加に比べればまだまだ不十分というほかない。
 しかし、それ以上に困難な問題は専門力の確保とその維持体制の確立である。筆者の児童相談所勤務35年の経験を踏まえて考えても、仮に2000人の職員が配置されたとして、それなりのケースの見立てができ、また難しい親を相手にソーシャルワークの展開ができるためには最低でも5年~10年の経験と知識の積み上げがいる。しかし全国の一般的な職員の異動サイクルは、3年~5年程度であるので、一人前になる前の職員で児童相談所が運営されているということになる。責任者としての所長の異動サイクルはさらに短く2年程度であることが多いので、これでは高い援助技術や長けたノウハウを期待することが難しい。
 厚生労働省は、児童相談所等の専門力の大切さは認識しており、2017(平成29)年度から、児童相談所、市町村職員を対象にして膨大な研修を義務研修として実施している。しかし、いくら研修を強化しても、異動サイクルが短いため組織としての専門力はいつまでも育たないままになってしまっている。
 この点を厚生労働省に指摘しても、人事権は自治体にあるので対処が難しいという。しかし、本気で現場職員の専門力が大切と思うのであれば、政府や厚生労働省がリーダーシップを発揮して、知事会、市長会に働きかけて改善委員会を作り、地方公務員である福祉専門職のあり方を根本的に見直さない限り、同じ過ちの繰り返しを防ぐことは難しい。

3 保護者への効果的指導の枠組み作り
 昨年のケースも今年のケースも共通しているのは、父親の暴力性である。家庭の中では母親が子どもを守る最も身近な安全弁の役割を果たすことが多いが、父親がDV等で家族員を支配している場合、母親は子どもをかばうことで自分に暴力が向くことになるため、子どもをかばいきれず、結果として子どもが孤立して父親の一方的な支配と暴力にさらされることになる。
 今年起こった10歳児の事例では、母親も父からの指示で虐待に加担していたとして、遅れて逮捕になった。否それだけでなく、教育委員会も、そして児童相談所も、父親の恫喝と攻撃に耐えきれず、その要求をのむことによって自らの身を守り、子どもの救済の役割を放棄している。
 そもそも日本のDV防止法は、被害者である母親を逃がすための法律として構成されており、加害者に対する手立てが盛り込まれていない。母親が逃げるのであれば、逃げる準備のための退去命令、そして追っかけてくることがないように接近禁止命令を出すという法律構成であって、加害者の改善は想定されていない。アメリカのDV法を見ると加害者はまず身柄拘束され、母子に対する生活保障のための金銭支給、自らの行動を是正するための改善プログラムの受講などが求められるようであるから、日本とはかなり内容が異なっている。
 現在、日本の虐待種別では、DVを子どもの面前で行ったとして、心理的虐待の通告が全国の警察によって児童相談所になされ、全ケースの半分程度が心理的虐待になっている。しかし、現実的には夫の元を逃げ出さないDV家庭が大半であり、その家庭に対する実質的改善策は用意されていない。
 児童虐待防止法に規定された保護者への指導は、実務的には機能しているとはいえない。
 法律には、児童相談所が保護者に対して在宅指導の措置を採れば、保護者は従わなければならないと規定され、従わなければ知事が従うよう勧告を出すことになっている。しかし、この勧告には何の罰則もないため効果が期待できず、現場では活用されていない。仮に、勧告を出して従わないときは、児童相談所は職権での保護や裁判所申立による施設入所などより強い措置を採るよう求めている。だが、従わない保護者はいっぱいおり、今でも一時保護所は満杯であるため、法の規定は機能できないでいる。
 日本は児童相談所と保護者という二者関係だけで指導を規定しているが、欧米ではその二者の間に第三者が入り調整する仕組みが作られている。
 例えばアメリカでは、児童相談所に該当する行政機関が介入的に保護者に関与すれば、基本、裁判所にケースが上がり、裁判所が中立の立場で、行政の言い分、保護者に弁護士を付けてその言い分、子どもにも異なる弁護士を付けて、その言い分を聞き、最終的に保護者に改善すべき課題があれば、司法命令として改善のプログラム履修などが義務付けられる。仮に保護者がそれを履行しなければ親権喪失に移行し、保護者は二度と子どもに関わることができなくなる仕組みが採られている。
 またイギリスなどでは、専門家会議で保護者や子どもの処遇を決めるようであるが、保護者とその代理人も会議に参加し、代理人が第三者的立場で専門家の意見を受け止め、改善に向けた保護者への調整機能を果たすという。
 いずれにしても対立する当事者だけで指導の効果を上げることは難しいので、日本においても何らかの第三者調整機能を具体化する必要があるだろう。

4 予防支援の強化
 虐待対応で重要な事は、本来的には予防を強化することで発生そのものを押さえることにある。厚生労働省もこの点は意識し、2008(平成20)年頃より予防支援を強化している。その中心的施策は生後4か月までにすべての家庭を訪問チェックする、こんにちは赤ちゃん事業、特定妊婦に関わる妊娠段階からの支援活動などである。このような時間軸(縦軸)による早期対策は制度化されてきたが、市町村の要保護児童対策地域協議会などで見ていると、様々なタイプの課題を背負った家族がギリギリのラインで生活をしており、それに対する予防支援策がないため、そこから虐待が多発している現実に直面する。これらは、例えば、母子家庭、ステップファミリー(子連れ再婚など)、逃げないDV家庭、若年親家庭、何らかの障害を抱えた家庭、夜間就労家庭、外国人家庭等々であったりする。
 近年、子ども食堂、フードバンク、学習支援、シェルター、居場所づくり等、主には民間活動がこれらの家庭や子どもを支えるために活動を広げてきている。今後行政は、自らの限界を民間とタイアップすることでカバーする政策が求められている。何らかのハンディを抱えた家族であっても、最低限の子育てが可能になるような予防支援策(生活空間軸・横軸)を、地域内に強化していくことが求められているのではないか。

◆津崎哲郎(つざき てつろう)さんのプロフィール

現在 公益財団法人 全国里親会副会長、社会福祉法人 大阪児童福祉事業協会 理事長、認定NPO法人 児童虐待防止協会 理事長、NPO法人 子どもセンターぬっく 副理事長。

略歴
昭和43年 大阪市立大学文学部社会学専攻卒業。
昭和44年 大阪市中央児童相談所に勤務しケースワークに従事。
以降 一時保護所長、措置係長、副所長、所長を経て、平成16年3月末で35年間勤務した児童相談所(現、大阪市こども相談センター)を退職。
平成16年4月より花園大学社会福祉学部教授 児童福祉論を担当。
平成27年3月 花園大学退任、同年4月より関西大学客員教授。
平成30年3月 関西大学退任。

これまで厚生労働省社会保障審議会児童部会委員、児童虐待等要保護事例の検証に関する専門委員、日本子ども虐待防止学会副会長などを歴任。
現在 京都府児童相談所業務専門委員会委員、京都府社会福祉審議会児童相談所措置審査部会委員、大阪市児童福祉審議会里親審査部会委員、大阪市児童虐待事例検証部会委員、等々を務める傍ら、養育里親として、平成30年7月に23歳になった里子(女・学生)を20年にわたって養育している。
著書
『子どもになれない子どもたち』筑摩書房、『子どもの虐待』朱鷺書房、共編著『児童虐待はいま』ミネルヴア書房、『子どもの回復・自立へのアプローチ~里親家庭・ステップファミリー・施設で暮らす』明石書店、他、論文等多数。 

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