はじめに
自民党は、2012年に、日本国憲法の全面改正となる「日本国憲法改正草案」を発表しました(同草案の問題点については、上脇博之『日本国憲法の真価と改憲論の正体』日本機関紙出版センター・2017年第6章を参照)。同年衆議院総選挙で政権に復帰しましたが、明文改憲に対しては国民の根強い反対もあり、その後も、他党の協力も得られないままでした。そこで、アメリカの要求に応えるために、安倍自公連立政権は、立憲主義と民意を蹂躙しました。2014年には集団的自衛権(=他衛権)の行使につき違憲の立場を「合憲」に変更する閣議決定、更なる「解釈改憲」を、翌2015年には違憲の戦争法制定で「立法改憲」を、それぞれ強行しました。
自民党憲法改正推進本部は、2017年初頭、野党と国民の反対を意識して、憲法第9条を除外したうえで、緊急事態条項の創設など数点に限定して「新たな憲法改正案」の策定作業に入りました。
ところが、同年5月3日、日本会議系の民間団体「美しい日本の憲法をつくる国民の会」(共同代表・櫻井よしこ氏)のフォーラムで、安倍晋三自民党総裁・首相は、ビデオメッセージという形で登場し、第9条第1項・第2項を改憲しないで、日本国憲法への「自衛隊の明記」という憲法改正(加憲)の2020年施行を目指す旨、表明しました。同日(2017年5月3日)付「読売新聞」は、安倍総裁・首相のインタビューを大々的に掲載し、自衛隊加憲のほか緊急事態条項の加憲等についても表明しました。
同党は、2017年10月の衆議院議員総選挙で、「自衛隊の明記、教育の無償化・充実強化、緊急事態対応、参議院の合区解消」の「4項目」を中心に「初めての憲法改正」を目指すと公約しました。そして、同党憲法改正推進本部は、「4項目」改憲の条文化について具体的に議論しましたが、年内に合意を得られず、「4項目」につき各「条文イメージ(たたき台素案)」をまとめたのは、翌2018年3月でした(自民党憲法改正推進本部「憲法改正に関する議論の状況について」2018年3月26日)。
しかし、自民党は「4項目」改憲につき国会上程できませんでした。これも、平和を求める理性的な国民の反対運動の成果だろうと思います。
今年も、安倍自民党の改憲を阻止するためには、「4項目」改憲の危険性を正確に知り、それを阻止する運動を継続・強化・拡大するしかありません(参照、上脇博之『安倍「4項目」改憲の建前と本音』日本機関紙出版センター・2018年)。
1.安倍自民党「4項目」改憲はもう不可能?
(1)もっとも、上記私見には異論が予想されます。今年は例年の予算案国会審議のほか、統一地方選、天皇の代替わり、参議院通常選挙(参院選)などが予定されているため、安倍自民党は今の通常国会に「4項目」改憲原案を提出できないのではないか、また、2016年参院選では32の全ての1人区で「市民と野党の共闘」が実現し野党は11勝21敗だったこと、今年夏(7月)の参院選は自民党圧勝の2013年通常選当選組(1人区31のうち与党29勝2敗)が改選なので与党を含む改憲勢力が参議院で「3分の2」を割り込み、明文改憲は議席の関係で不可能になるのではないか、との楽観論が護憲の側の一部にあるからです。
確かに、これまでに比べ、明文改憲成立の可能性は小さくなってはいますから、上記の楽観論は、願望としては理解できますが、次のような理由で、やはり危険ではないか、と言わざるを得ません。
(2)今年1月28日に召集された通常国会の会期末は6月26日です。現行法によると、改憲の国民投票は衆参国会が改憲案を発議してから最短でも60日(2か月)後になるので、「今年7月の参院選の投票日を改憲の国民投票日にもする」という可能性(可能性1)については、その場合、国会が憲法改正案を発議するのは5月でなければなりませんので、それまでに衆参両院で「3分の2」以上の賛成をそれぞれ取り付けるのは不可能に近いでしょうから、確かに皆無になった、と判断しても良いかもしれません。
また、今年7月の参院選前に、「4項目」改憲原案の修正を受け入れて十分な審議時間を確保しないまま「3分の2」という数の力で国会発議を強行し、最長180日(半年)後の(つまり7月の参院選後の年内)国民投票を目指す可能性(可能性2)についても、昨年末に発覚した毎月勤労統計不正問題が通常国会の大きな論点になっていますので、このままでは皆無になりそうです。
(3)しかし、残念ながら現時点では、今年の参院選で「市民と野党の共闘」の結果として改憲勢力が参議院で「3分の2」を割り込むと確実視できるわけではありません。当該野党の間で候補者調整さえ必ずしも順調に進んでいるわけではないからです。
また、今後野党間の候補者調整が進んでも、野党の中には自公与党の暴走に協力している政党(日本維新の会などの事実上の与党)があり、今年の参院選でも「市民と野党の共闘」を邪魔しそうだからです。2017年の衆議院総選挙で自民党の事実上の別動隊となった政党(希望の党)があったことを思い出す必要があります。
さらに、安倍内閣が野党の選挙協力と野党の圧勝を阻害するために衆議院を解散して(違憲の)衆参同日選を強行する可能性は、皆無とも言えません。
いずれにせよ、(違憲の)参議院の「選挙区選挙」(事実上の議員定数74)では「事実上の1人区」(小選挙区)が32もあり民意を歪曲して第一党の過剰代表を生み出すので(参照、上脇博之『ここまできた小選挙区制の弊害』あけび書房・2018年)、今年7月の参院選で自公与党が比例代表選挙を含め改選前の議席数を確保するほど「圧勝」する可能性(可能性3)が絶対にないとは言えませんし、あるいは、与党が議席数を全体で減らしても惨敗するには至らず安倍首相が退陣することなく改憲勢力が参議院でも「3分の2」以上を確保し続けるという中途半端な可能性(可能性4)もあるのです。
ですから、今年7月の参院選までに安倍「4項目」改憲の国会提出および国会発議を阻止するだけではなく、その参院選で改憲勢力が実際に「3分の2」を割り込む選挙結果を勝ち取るまでは、楽観は危険です。今年(少なくとも参院選まで)も安倍自民党「4項目」改憲を阻止する運動を継続・強化・拡大し続ける必要があります。
2.安倍自民党「4項目」改憲の真の危険性
(1)安倍自民党「4項目」改憲を阻止する運動のためには、まず、その改憲の真の危険性を正確に把握する必要があります。後述するように、安倍自民党「4項目」改憲が実は「7項目」改憲であり、いずれも「憲法改正の限界」を超える憲法改悪で、主権者国民にとって有害で危険であること、「7項目」の本音は「戦争できる国づくり」という点で共通しているので「1項目」とみることが可能であること等について、国民が十分知る必要があります。
しかし、残念ながら国民全体が知っているとは言えそうにありませんし、護憲の側でも熟知できているとは言えません。
(2)自民党は「自衛隊の明記」加憲が今と何ら変わらないと説明しますが、そうであれば、改憲(加憲)する必要はありません。「教育の無償化・充実強化」は法律改正でそれを行っても違憲にはなりませんし、「緊急事態対応」も災害対策基本法などがあるので、いずれも改憲する必要はありません。「参議院の合区解消」も参議院議員の議員定数を増やす方法、選挙区選挙を廃止する方法などもあるので、改憲する必要はありません。
つまり、安倍自民党「4項目」改憲は、建前として説明されている理由であれば、明文改憲する必要はどこにもないのです。
実は、安倍自民党「4項目」改憲の本音は別にあるのです。
まず、「自衛隊の明記」の「第9条の2」加憲の本音は集団的自衛権という他国を衛るための権利(他衛権)の「合憲」化です。
「第9条の2」には、集団的自衛権という文言はありません。しかし、この条文にある「自衛の措置」について、自民党憲法改正推進本部「憲法改正に関する議論の状況について」(2018年3月26日)は、「自衛権」と説明しており、自民党「日本国憲法改正草案Q&A」(2012年)は、「『自衛権』には、国連憲章が認めている個別的自衛権や集団的自衛権が含まれている」と解説していましたので、安倍自民党にとって「第9条の2」は集団的自衛権を明示しているに等しいことになります。
また、「教育の無償化・充実強化」の第26条第3項加憲には、「教育が‥‥…国の未来を切り拓く上で極めて重要な役割を担うものであることに鑑み」という文言(条文は後掲)があるので、その加憲の本音は国家が教育に介入しても「合憲」にすることなのです。
さらに、「緊急事態対応」の加憲では、自民党「日本国憲法改正草案」(2012年)にあった「我が国に対する外部からの武力攻撃」という文言はなく、「大地震その他の異常かつ大規模な災害」という文言だけになりました(条文は後掲)が、武力攻撃(戦争)対応も加憲の本音なのです。というのは、いわゆる国民保護法には、「武力攻撃災害」という表現があり、それは「武力攻撃により直接又は間接に生ずる人の死亡又は負傷、火事、爆発、放射性物質の放出その他の人的又は物的災害」と定義されている(第2条第4項)からです。
最後に、「参議院の合区解消」の第47条改憲には、「両議院の議員の選挙」につき、選挙区を設けるときは、「人口を基本とし」ながらも「行政区画、地域的な一体性、地勢等を総合的に勘案して」「議員の数を定めるものとする」とある(条文は後掲)ので、その改憲の本音は投票価値が不平等でも「合憲」にすることであり、過剰代表を生み出す違憲の衆議院小選挙区選挙・参議院選挙区選挙の温存が本音なのです。
(3)また、安倍自民党の改憲は正確には「7項目」なのです。
「参議院の合区解消」の第47条改憲では「広域の地方公共団体」という文言が挿入されたため、「地方自治の本旨」を定めている第92条改憲にも、それに合わせて同じ「広域の地方公共団体」という文言が挿入されたのです(条文は後掲)が、その本音は都道府県を廃止し道州制にすることも「合憲」にすることなのです。というのは、自民党「日本国憲法改正草案」(2012年)には「広域地方自治体」という文言が盛り込まれていて、自民党「日本国憲法改正草案Q&A」(2012年)は「道州はこの草案の広域地方自治体に当たり、この草案のままでも、憲法改正によらずに立法措置により道州制の導入は可能であると考えています」と説明していたからです。
第26条第3項加憲のほかに、違憲でもない私学助成を「合憲」にすると強弁して第89条改憲も構想されており(条文は後掲)、その本音は私立学校の教育へも国家が介入することを「合憲」にすることなのです。
「緊急事態対応」の加憲としては、内閣も立法機関にする政令制定権を付与する第73条の2の加憲と、衆参の国政選挙の延期を「合憲」にする第64条の2の加憲の2つであります(条文は後掲)。
要するに、安倍自民党改憲は、(一)国政選挙における"投票価値の平等"を犠牲にできる改憲、(二)道州制を許容する改憲、(三)第9条を骨抜きにする改憲、(四)教育への国家介入を「合憲」にする改憲、(五)⑤私立学校への国家の介入を「合憲」にする改憲、(六)緊急事態における内閣への立法権付与の改憲、(七)緊急事態における国政選挙の延期の改憲という「7項目」で構成されているのです(以上についての詳細は、前掲・上脇『安倍「4項目」改憲の建前と本音』第2部第1章~第4章を参照)。
(4)「7項目」なのに「4項目」と説明されるのは、現行法によると、議員が憲法改正原案を国会に発議する場合、「内容において関連する事項ごとに区分して行う」ことになっており、それが国会の手続きに基づき「憲法改正案」となり、国民に発議されれば、国民(投票人)は、「国民投票に係る憲法改正案ごとに」投票し、その「憲法改正案ごとに」賛成か反対かの投票をすることになっているからです。
つまり、自民党は、「参議院の合区解消」を改憲の理由として前面に押し出して、第47条改憲案と、文言を統一することを口実にして第92条改憲案が「内容において関連する事項」だとして一つの改憲案として「区分」して、改憲の国民投票に付そうと画策しているのです。
また、「教育の無償化・充実強化」を改憲の理由として前面に押し出して、第26条第3項加憲案と、違憲でもない私学助成を「合憲」にすることを口実にした第89条改憲案が「内容において関連する事項」だとして一つの改憲案として「区分」して、改憲の国民投票に付そうと画策しているのです。
さらに、「緊急事態対応」を改憲の理由として前面に押し出して、第73条の2の加憲案と第64条の2の加憲案が「内容において関連する事項」だとして一つの改憲案として「区分」して、改憲の国民投票に付そうと画策しているのです。
しかし、以上の3つの「区分」のいずれにおいても、一方が成立し、もう一方が成立しなくても問題は生じませんので、2案を一つの改憲案として「区分」しなければならない必然性はありません。にもかかわらず、一つの改憲案として「区分」するのは、安倍自民党が、改憲の本音を隠しやすく国民の賛成を得やすい、と判断しているからでしょう。
(5)「7項目」改憲の本音は、安倍自民党が日本国を「戦争できる国」に変質させるという点で共通しています。
すなわち、「戦争できる国」にするためには、他衛権である集団的自衛権を「合憲」にする改憲が必要ですし、「戦争できる国家」は、議会制民主主義や地方自治を実質否定するために内閣に強大な権限を付与し国政選挙を先延ばしできる緊急事態の加憲や、都道府県を廃止し道州制を「合憲」にする改憲が必要です。また、将来の国民を戦争に反対しない国民や戦争に協力する国民へとマインドコントロールするために自民党政権が学校教育に介入することを「合憲」にする改憲が必要です。さらに、以上の目的を強行するためには安倍自民党ら「戦争する国家」づくりを目指す右翼勢力が衆参各院で「3分の2」以上の議席を獲得できる衆議院小選挙区選挙・参議院選挙区選挙を維持するために"投票価値の平等"を犠牲にしても「合憲」になる改憲が必要なのでしょう(以上についての詳細は、前掲・上脇『安倍「4項目」改憲の建前と本音』第3部第2章を参照)。
安倍自民党改憲の本音・危険性は、国民全体に知られてはいませんし、日本国憲法改悪阻止を目指す護憲の側でも十分に知られてはいません。
3.改憲国民投票運動等における"公平さ"と"公正さ"問題
(1)また、憲法改正の国民投票における国民の運動・活動においては、現行法によると、資金力の豊富な改憲勢力が圧倒的に有利で「不公平」であるという問題があります。それに加え、公金および事実上の公金である政治資金においては巨額の使途不明金があり、それによる買収の危険性などがあり、「不公正」になることが予想されます。それらの問題・危険性について国民は十分知る必要があります。
しかし、これらについても国民全体が知っているとは言えない状況です。前者の「不公平」の問題点については、それを指摘する論者やCM規制を求める運動があり、一部マスコミの報道もあるので、護憲の側は知ってはいるかもしれませんが、後者の「不公正」の問題点については護憲の側も十分知っているわけではありません。それを指摘する論者は私以外にないようですし、報道もないからです。
(2)以下では「不公正」の問題点に限定して具体的に紹介しておきましょう。
日本全体の政治資金はバブル経済時代と比較すると今年は減少していますが、日本最大政党である自民党の政治資金は、バブル経済時代と比較しても減少してはいません。むしろ増えているのです。その原因は、自己調達資金が確保できているからではなく、国民の税金が原資の政党助成金を日本で一番多く受け取っているからです(上脇博之『誰も言わない政党助成金の闇』日本機関紙出版センター・2014年、同『告発!政治とカネ』かもがわ出版・2015年)。
その結果として、自民党の直近の4年間の政党交付金の平均は173・7億円もあり、同党の本年収入のうち政党交付金の占める割合は、直近4年平均で約69・7%です。まさに国営政党状態です。カネに色がついていない以上、自民党の政治資金はすべて事実上政党交付金であると言っても過言ではないでしょう。
自民党本部は、それに乗じて自民党本部は、「組織活動費」「政策活動費」の名目で、幹事長などの一部の国会議員個人に対し支出してきました。その年間合計額は、自民党が下野し国政選挙のなかった2011年は5・7億円弱でしたが、衆議院総選挙で政権復帰した2012年は9・6億円強、参議院通常選挙のあった2016年は17億円強でした。衆議院総選挙のあった2017年は19億円強で、そのうち、二階俊博・幹事長に約13・8億円が支出されていました。
以上の支出については、それを受け取った幹事長ら国会議員が最終的にいつ何の目的で誰に対し支出したのか、どこにも報告されていないので、使途不明金です。自民党のこの使途不明金は、従来、政治や選挙で裏金になっている可能性が高いのです。
自民党本部の以上の手法は、大なり小なり、各都道府県支部連合会や各政党支部でも同様に模倣され、使途不明の支出が行われています。例えば、私が9割余り調査した2016年分では、合計すると少なくとも3億6000万円超になります。
(3)内閣官房長官には、その目的を逸脱しない限り自由に使える公金である「内閣官房報償費」があります。会計検査院でさえその支払いの相手方を知らされず、領収書もチェックできず、その使途は世間に一切非公開とされてきました。それゆえ、従来「官房機密費」とも呼ばれたのです。その内閣官房報償費(機密費)は、過去に、本来の目的を逸脱して以外のために投入されてきた、という重大な疑惑がありました。
そのような疑惑のある内閣官房報償費(機密費)は、現在では、目的別に「政策推進費」「調査情報対策費」「活動関係費」があり、そのうち、「政策推進費」は公式の出納帳は存在せず、官房長官自身が管理して自らの判断で支出ができ、必ずしも領収書の徴収を要しないものです。
私が共同代表を務める「政治資金オンブズマン」は、内閣官房報償費の使途の原則公開を求めて11年余り裁判闘争し、最高裁第二小法廷判決(2018年1月19日)は私たち原告の請求の一部を認めましたので、後日関係文書が私たちに開示されました。近年における内閣官房報償の年間総額は約12億円ですが、そのうち、「政策推進費」が約9割という実態が最高裁判決後に関係文書が開示されたことで判明しました。これは、内閣官房長官の裏金です。
原告団・弁護団は、菅義偉・官房長官に対し2018年3月20日付で、内閣官房報償費の目的外支出を防止するために「内閣官房報償費の根本的見直し要求書」を送付しましたが、菅官房長官は、いまだに何らの反応も示してはいません(詳細については、上脇博之『内閣官房長官の裏金』日本機関紙出版センター・2018年を参照)。
(4)以上紹介した自民党本部、支部連合会等、内閣官房長官の使途不明金(裏金)は、第一に、改憲の国会発議のために自民党内あるいは他党の改憲慎重派・反対派の国会議員らを買収するために投入され、また、発議後の憲法改正国民投票において改憲慎重派・反対派の国民を買収するために投入される恐れがあります。
私の以上の疑念に対しては、国民投票法で「買収」は禁止されているし、それが立証されれば、その数次第では国民投票の結果に影響を及ぼし、結論がひっくり返る、との反論が予想されます。
しかし、衆参の国政選挙の場合も地方選挙の場合も、公職選挙法は「買収及び利害誘導罪」(第221条)と「多数人買収及び多数人利害誘導罪」(第222条)が明記されているのに比べ、憲法改正の国民投票では「買収・利害誘導罪」は「組織的多数人」に対する場合に限定されているのです(国民投票法第109条)。つまり、「組織により」「組織的多数人」に対する「買収・利害誘導」が行われた場合しか処罰されないので、それ以外の「買収・利害誘導」があちこちで横行するのではないかと危惧されます。
また、国民投票の結果の無効を求める訴訟は、中央選挙管理会が「憲法改正案に対する賛成の投票の数及び反対の投票の数、投票総数(憲法改正案に対する賛成の投票の数及び反対の投票の数を合計した数をいう。)並びに憲法改正案に対する賛成の投票の数が当該投票総数の2分の1を超える旨又は超えない旨を官報で告示」(憲法改正国民投票法第98条第2項)した日から「30日以内」に提訴することを要件にしています(同法第127条)ので、「組織による多数人買収」を理由にした国民投票無効訴訟の提起には間に合わないのは明らかです。
要するに、買収し放題にならない歯止めとなる制度は確保されていないので、使途不明金が存在する限り、その疑念は拭払できません。
(5)第二に、改憲に関するCM放送の総量規制が実現できない場合、前述の使途不明金が他の団体に寄付され、その寄付を受けた団体がそのカネで改憲広告・広報する恐れがあります。通常、テレビ・ラジオの視聴者、新聞・雑誌・インターネットの読者は、改憲広告・広報を行っている者がその自己調達資金でその広告・広報を行っている、と受けとめることでしょうが、上記の場合は、改憲広告・広報する団体が自己のカネで行っているのではなく、その団体以外の裏カネで行っていることになります。
このようなことが横行すると、改憲についての民意は歪められてしまい、"不公正"でもあるのです(以上についての詳細は、前掲・上脇『安倍「4項目」改憲の建前と本音』第3部第4章を参照)。以上の危険性についても、国民全体に知られてはいませんし、日本国憲法改悪阻止を目指す護憲の側でも十分に知られてはいません。
おわりに
(1)安倍自民党は、世論調査の結果、今年夏の参院選で自公と改憲勢力が「3分の2」以上の議席を維持できることが確実視される見込みであれば、同選挙まで前述した安倍改憲の本質的危険性や国民投票運動等の問題点を隠すだけではなく明文改憲そのものを声高に叫ぶことなく同選挙での「圧勝」または「勝利」を目指し(可能性3、可能性4)、7月の参院選の後に「7項目」改憲の本音を隠して国会発議と国民投票を強行して、2020年の改憲施行を目指すことでしょう。
(2)それに対し、私たち主権者は、参院選で明文改憲を阻止するために、まず統一地方選で勝利し、その後の参院選で野党候補の調整と野党共通の魅力ある政策づくりを加速させ、かつ全ての1人区での勝利はいうまでもなく、複数区でも勝利して与党を大惨敗させなければなりません。政党任せにせず、市民が積極的に参加する必要があります。
そのためにはまた、安倍自民党「7項目」改憲を参院選の重大な争点の一つにして、同選挙で安倍自民党「7項目」改憲を絶対に阻止する必要があります。安倍自民党改憲には国民の多くが反対しています。自公与党支持者であっても反対する方々はいます。「支持党なし」層でも同様です。それらの方々に、安倍自民党「7項目」改憲反対を今年夏の参院選での投票行動の基準にしてもらい、与党とその候補者に投票しないだけではなく、安倍改憲に賛成する野党とその候補者にも投票しない行動をとってもらうことがどうしても必要です。
そうすると、参院選で安倍改憲を阻止するだけではなく、立憲主義と民意を大切にする政治への転換に向けた大きな一歩を踏み出せますし、「次の衆議院総選挙で政権交代だ」という勢いが生まれることでしょう。
◆上脇博之(かみわき ひろし)さんのプロフィール
1958年7月、鹿児島県姶良郡隼人町(現在の霧島市隼人町)生まれ。
鹿児島県立加治木高等学校卒業、関西大学法学部卒業。神戸大学大学院法学研究科博士課程単位取得。
専門は憲法学。2000年に博士(法学)号を取得(神戸大学)。
日本学術振興会特別研究員(PD、2年間)、北九州大学(現在の北九州市立大学)法学部・講師・助教授・教授を経て、2004年から神戸学院大学大学院実務法学研究科教授、2015年から神戸学院大学法学部教授(現在に至る)。
◆主な研究テーマ:
政党の憲法問題、国民代表論、衆参・地方議会の選挙制度、政党助成金・政治資金、政治倫理、情報公開制度、改憲問題など。
◆主な研究書・単著:
『政党国家論と憲法学』(信山社・1999年)
『政党助成法の憲法問題』(日本評論社・1999年)
『政党国家論と国民代表論の憲法問題』(日本評論社・2005年)。
◆共著:
播磨信義・上脇博之・木下智史・脇田吉隆・渡辺洋編著『新どうなっている!?日本国憲法〔第2版〕〔第3版〕』(法律文化社・2009年、2016年)など。
◆一般向けブックレット単著:
・『どう思う?地方議員削減』(日本機関紙出版センター・2014年)
・『誰も言わない政党助成金の闇 「政治とカネ」の本質に迫る』(日本機関紙出版センター・2014年)
・『財界主権国家・ニッポン 買収政治の構図に迫る』(日本機関紙出版センター・2014年)
・『告発!政治とカネ 政党助成金20年、腐敗の深層』(かもがわ出版・2015年)
・『追及!安倍自民党・内閣と小池都知事の「政治とカネ」疑惑』日本機関紙出版センター(2016年)。
・『日本国憲法の真価と改憲論の正体 施行70年 希望の活憲民主主義をめざして』日本機関紙出版センター(2017年)
・『ここまできた小選挙区制の弊害 アベ「独裁」政権誕生の元凶を廃止しよう!』あけび書房(2018年)
・『内閣官房長官の裏金 機密費の扉をこじ開けた4183日の闘い』日本機関紙出版センター(2018年)
・『安倍「4項目」改憲の建前と本音』日本機関紙出版センター(2018年)
◆共著:
・坂本修・小沢隆一・上脇博之『国会議員定数削減と私たちの選択』(新日本出版社・2011年)。
◆憲法運動・市民運動など
・憲法改悪阻止兵庫県各界連絡会議(兵庫県憲法会)事務局長
・「政治資金オンブズマン」共同代表
・「株主オンブズマン」共同代表
・公益財団法人「政治資金センター」理事
・「国有地低額譲渡の真相解明を求める弁護士・研究者の会」会員
など。