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一 昨年は、具体的な改憲案が自民党から示されました。
1月に開かれた通常国会では、森友学園や加計学園という「おともだち」に対して、安倍首相が特別に便宜を図った疑惑が生じ、野党が国会でその追及をはじめました。さらにその答弁を忖度した財務省幹部が公文書を改ざんした疑いも浮上しました。しかし、安倍首相は追及にまともに答弁をせず、参考人の答弁を含めて国民が納得する答えは示されませんでした。そのため、与党内では安倍首相への求心力が下がり、改憲熱も冷めはじめたかにみえました。
しかし安倍首相自身は、一連の疑惑に対する国民の反応を意に介さず、3月の自民党大会で改憲への意欲を見せます。正式には承認されませんでしたが、そこで4項目にわたる自民党による改憲条文案も示されました。
さらに10月、安倍首相は総裁三選を果たすと、自民党憲法改正推進本部長に下村博文氏を、また、自民党総務会の長に加藤勝信氏をあてます。どちらも安倍首相の側近中の側近です。同本部長は、憲法審査会の運営などで野党と折衝を行う責任者であり、また自民党総務会長は、自民党としての改憲案を国会に提出するための承認を行う機関です。改憲の要職を側近で固めた安倍首相は、10月下旬に召集された臨時国会で自民党改憲案を提出する意向も示しました。
そのような首相の思いとは裏腹に、自民党内には安倍改憲への異論も強く、また公明党の山口那津男代表は自民党との事前協議には応じない構えを崩しません。さらに臨時国会後に、野党対応に対する不用意な発言から下村本部長が辞任。12月に入り自民党は3月にまとめた4項目の改憲案について、今国会で提示することを断念し、臨時国会は終了します。
臨時国会終了後、それでも安倍首相は「国民的な議論を深めていくために、一石を投じなければならないという思いで、2020年を、新しい憲法が施行される年にしたいと申し上げましたが、今もその気持ちには、変わりはありません」と述べ、つぎの通常国会で改憲発議を目指す意向を伝えています。
こうしてみると、早急な改憲に固持しているのは、安倍首相(とその周辺)だけのようにもみえます。
これを、憲法の基本に照らして考えてみましょう。
まず、憲法改正権は私たち国民にあることを確認しなければなりません。すなわち、憲法に何をどう定めるべきかを決めるのは国民であって、国会議員や政府ではないのです。なぜ、憲法制定権が国民にあるのでしょうか。それは、憲法が私たちの生活に密着するものだからです。理由もなく警察に拘束されないこと、好きな仕事に就くこと、ネット検索を使って情報を得ること、Twitterでつぶやき、LINEでトークすることも、憲法がそれらを保障しているからこそできるのです。その意味で、憲法に保障されている内容は、私たちの生活そのものです。憲法に無関心な人はいても、憲法に無関係な人はいないのです。自分の生活は自分で決める。それが、憲法の究極の価値である個人の尊重に適うことです。憲法が私たちの生活そのものであるならば、そこに何を定めるかもまた、自分のこととして自分たちで定めるべきなのです。
だから、もし憲法を改正するのならば、まず、世論が先行して改憲の必要性を議論し、それを受けて国会議員が発議し、国民投票で確定させるのが本筋です。改憲が議員の責務であるかのような発想、ましてや、行政権のトップにある、その意味で最も強い権力を行使できる内閣総理大臣が、国民の関心が薄い改憲について、期限を区切って発議のスケジュールを示すなどという暴挙は、憲法への無理解の証しであり、明確な憲法尊重擁護義務違反というほかはありません(99条)。
では、国民は改憲についてどう考えているのでしょうか。NHKが昨年4月に行った改憲に関する世論調査※によれば、「いま憲法改正議論を進めるべきか? ほかの問題を優先すべきか?」の問いに対して、68%が「ほかの問題を優先すべき」と答えており、憲法改正の議論を進めるべきとする19%に3倍以上の差を付けています。さらに、自民党支持層に限っても、改憲議論を優先させるべきとするのは37%であり、他を優先すべきとする54%を大きく下回っています。
改憲に躍起になっているのが安倍首相(とその側近)だけだとすれば、そのような改憲は立憲主義という憲法の存在価値を全く無視するものです。
二 今年は、4月には統一地方選が、7月には参議院議員選挙が行われますが、憲法改正に向けた動きは、まず1月の通常国会から見られるでしょう。そこで安倍首相は、相変わらず改憲を進めようとするはずです。また、5月の連休明けから急速かつ強引に改憲手続を進めてくるかもしれません。
これに関してさしあたり、以下の3点を指摘しておきたいと思います。
第1は、改憲案が国民の声を反映しているのかということです。
安倍首相は、自衛隊への国民の信頼が9割を超えると主張します。しかし何を根拠に9割なのかはよくわかりません。ちなみに、先に紹介した昨年4月のNHKによるアンケートでは、「9条に自衛隊明記 賛成か? 反対か?」について「賛成」31%が「反対」23%を上回っていますが、「どちらともいえない」が40%で最も多くなっています。
むしろ、安倍首相がいう「国民の信頼」はあくまで、災害救助隊としての自衛隊への信頼でしょう。これと武装集団としての自衛隊とは区別しなければなりません。さきのアンケートでも、自衛隊明記に賛成した人にその理由を尋ねたところ、「国際情勢が緊迫しているから」が31%、「将来の9条の抜本的な改正につながるから」が15%でした。二つを合わせた46%は、武装集団としての自衛隊を憲法に明記すべしとする立場でしょうが、それは、自衛隊の憲法明記に賛成した31%の内の半分にも達していません。武装集団としての自衛隊を憲法に明記することに賛成する国民は、ごくわずかなのです。さきに述べたように、憲法改正権が国民にある以上、国民が求めていない改憲案を国会で発議しようということ自体、憲法の趣旨をふまえない行動なのです。
第2は、「自衛隊明記」の改憲によって何も変わらないというウソはいけないということです。
たとえば、9条に関する改憲案について、自民党内で検討されている有力なものは、9条はそのままにした上で、次のような9条の2を追加するというものです。
9条の2
(第1項)前条の規定は、我が国の平和と独立を守り、国及び国民の安全を保つために必要な自衛の措置をとることを妨げず、そのための実力組織として、法律の定めるところにより、内閣の首長たる内閣総理大臣を最高の指揮監督者とする自衛隊を保持する。
(第2項)自衛隊の行動は、法律の定めるところにより、国会の承認その他の統制に服する。
この9条の2の1項は前段と後段に分かれますが、「前条の規定は、我が国の平和と独立を守り、国及び国民の安全を保つために必要な自衛の措置をとることを妨げず、」という前段部分は、「後法は前法を破る」という法原則によって、形式的には残される9条が上書きされ空文化することになります。自衛隊の存在は合憲となりますが、それと同時に「国及び国民の安全を保つため」という名目で戦力の保持も交戦権も「必要な自衛の措置」として認められることになります。仮に「必要最小限の自衛の措置」とされたとしても必要最小限という文言は気休めに過ぎず、歯止めにはなりません。フルスペックの集団的自衛権行使も核兵器保持も必要最小限の自衛の措置として認められることになります。
1項後段の「そのための実力組織として、法律の定めるところにより、内閣の首長たる内閣総理大臣を最高の指揮監督者とする自衛隊を保持する。」という部分は、まさに自衛隊の保持を明記する規定となります。これにより自衛隊が憲法上の組織に格上げされることになりますが、国会、内閣、裁判所などに並ぶ憲法上の組織となることで、これまでとは桁外れの独立性と権威が自衛隊に与えられることになります。この規定を根拠に自衛隊の活動範囲が広げられ、防衛費がさらに増加し、軍需産業を育成して武器輸出も促進され、自衛官の募集が強化され、教育現場では国防意識も浸透させられ、大学等に学問や技術の協力を要請していく等、高度国防国家をめざして、社会のすみずみまでが軍国主義化していく危険があります。
そして、「内閣の首長たる内閣総理大臣を最高の指揮監督者とする自衛隊」と規定されることから、総理大臣による文民統制が及ぶようにみえますが、逆にこの規定は総理大臣が自由に自衛隊を動かす根拠規定にもなり、あたかも戦前の統帥権が復活したかのようで極めて危険です。2項において「国会の承認その他の統制に服する。」と規定されますが、これは国会以外の統制でもよいとする根拠になります。政治家の方が好戦的であるといわれる今日、文民統制は幻想だと考えておいた方がよいと思われます。
一方で、自民党内の議論では、「歴代政府の9条解釈を維持したまま、内閣統制下の自衛隊であることを明記する」案も提案されていました。すなわち、
第9条の2
前条の範囲内で、我が国の平和と独立を守り、国及び国民の安全を保つため、法律の定めるところにより、行政各部の一つとして、自衛隊を保持する。
とするものです。
確かに、「前条の範囲内」とすることで9条が上書きされ削除されるのを避けられているように思えます。しかし、先に述べたように、自衛隊を憲法に明記することによる様々な弊害は、そのまま残ることになります。そして、そもそも、自衛隊を明記したとしても、違憲の疑いは払拭されません。自衛隊がなぜ違憲の存在と指摘され得るのかというと、自衛隊の現実の装備や活動などが戦力不保持、交戦権否認という禁止規範(9条2項)に抵触し得るためです。これを違憲と指摘されないようにするには、大前提となる禁止規範を変更するしかありません。つまり、法的規範としての意味そのものの9条2項を変更し、戦力保持を許すか、例外を認めるしかないのです。よって「何も変わりません」とすることと、「自衛隊の違憲の疑いをなくす」とすることは両立しないのです。
第3は、改憲手続きに関する2つの不備を改めることです。
1つは、1人1票の実現です。現在の国会議員は衆参とも、「正当な選挙」(憲法前文)ではない違憲状態の選挙によって選出されており、民主的正統性を欠きます。そんな無資格者が集まった国会に改憲の発議権はありません。まずは人口比例選挙を実現して、民主的正統性が確保された代表者による国会に是正すべきです。
もう1つは、憲法改正国民投票法の問題です。
まず、最低投票率の定めがないことです。現状では、たとえば投票率40%であれば、有権者の約2割の賛成で憲法が改正されてしまうのです。主権者の一部の承認しか得られずに変更された憲法に、国民を統合する力は決して高くないでしょう。
つぎに、改憲の発議後、国民投票までの期間に行われる国民投票運動については、第1に、投票の15日以前まではテレビコマーシャルによる勧誘がやりたい放題です。第2に、投票日の14日以内であっても、有名人やアイドルなどに「自分は賛成です」と語らせることは自由です。賛否の勧誘ではないからです。第3に、雑誌、新聞広告なども資金力豊富な方はやりたい放題です。英国のEU離脱をめぐる国民投票と異なり広告資金の制限もありません。刷り込み効果を持つテレビコマーシャルの禁止、広告資金の上限の設定などが求められます。賛成・反対の情報が均等に国民の前に提示されてはじめて主権者による意思決定として正統性を持つのだと考えています。
三 今年は、5月に元号が変わります。元号には賛否両論ありますが、これまで用いられてきた「平成」は、国の内外、天地とも平和が達成されるという意味だそうです。平成の30年間、日本はそれなりの平和を維持してきました。あくまでも「それなりの」平和でしかありませんが、それでも日本国憲法の存在が大きかったと思います。平成が終わっても日本国憲法を終わらせてはなりません。わたしたち一人ひとりが自分の頭で改憲について考え、まわりを巻き込むべき時期に来ていると思います。
※ NHKは2018年4月13日からの3日間、全国の18歳以上の男女に対し、コンピューターで無作為に発生させた固定電話と携帯電話の番号に電話をかけるRDDという方法で世論調査を行った。調査対象は3,480人で、1,891人から回答を得たという。
◆伊藤真(いとう まこと)のプロフィール
法学館憲法研究所所長。
伊藤塾塾長。弁護士(法学館法律事務所所長)。日弁連憲法問題対策本部副本部長。「一人一票実現国民会議」発起人。「安保法制違憲の会」共同代表。「九条の会」世話人。
ドキュメンタリー映画『シリーズ憲法と共に歩む』製作委員会(作品(1)・(2)・(3))代表。
『伊藤真の憲法入門 第6版』(日本評論社)、『中高生のための憲法教室』(岩波書店)、『10代の憲法な毎日』岩波書店)、『憲法が教えてくれたこと ~ その女子高生の日々が輝きだした理由』(幻冬舎ルネッサンス)、『憲法は誰のもの? ~ 自民党改憲案の検証』(岩波書店)、『やっぱり九条が戦争を止めていた』(毎日新聞社)、『赤ペンチェック 自民党憲法改正草案 増補版』(大月書店)、『伊藤真の日本一やさしい「憲法」の授業』(KADOKAWA)『9条の挑戦』(大月書店、共著)など著書多数。