1「非行」と向き合う親たちの会(あめあがりの会)について
「非行」と向き合う親たちの会(あめあがりの会)は、1996年、非行に走った子どもを抱えた母親自身と元中学校教諭、元家庭裁判所調査官によって立上げられた自助グループである。以後、現在まで月1回、我が子の非行で悩む親たちが集まり、相互に自らの悩み、悲しさ、苦しさ、葛藤などを他の親たちに聞いてもらう「例会」が開かれてきた(「例会」は東京、さいたま、三多摩及び成人の4種類があり、それぞれ月1回開催されている)。そこでは、批判や評価は無論のこと、専門家からの一方的な助言や指導といったことも無く、議論するのではなく、親たちが相互に傾聴し合うことが基本とされている。現在では、既に子どもが成人となった会員も含め、全国各地に650人ほどの会員がおり、毎月の各種「例会」の報告を含めた「あめあがり通信」が発信されている。
一般に、非行少年と聞けば処罰の対象とされ、その親への社会的非難も極めて厳しいものがある。しかし、非行の子どもを抱えた親たち自身が、自らを一番責め続け、自分が親でなければよかったのではないか、死んでしまえばよいのではないかと考え、苦しんでいると言って過言でない。親たちは、非行の子どもの反抗的言動だけでなく、配偶者や親族、学校や警察、地域社会からの非難・叱責を受け、その苦悩を他者に理解してもらうことも許されないと思い、誰にも何も伝えられない暗闇を抱えている。
そうした内閉・孤立化し、崩壊しそうな親たちの心情を、少しずつ言表化してもらい、相互に傾聴しあう場所が「例会」である。この「例会」を何度か体験してもらうと、不思議なことのように、親たちの表情が少しずつ柔和になり、感情や言動(事態に対する受け止め方や価値観等)が変化する。少しずつではあるが、心情の安定化に伴って、問題状況をより広く客観的に把握し、具体的解決策を模索する意欲が相互に広がってくる。そうした中で、非行に走っている子どもとの直接的な対話や監護方法に変化が生成され、子どもの生活や行動の改善が図られることにつながっていく註1。
非行に走った子どもたち自身もいろいろ苦悩しているが、その子どもたちが自己抑制し、自己の社会適応力を改善できるようになるには時間がかかるのが実情である。その子どもに寄り添い、改善のために継続して子どもと向き合うには多大なエネルギーが必要である。その親にとって必要なエネルギーをどこから生成するかが重要であると思われる。
註1:この自助グループの実践と機能については、北村篤司著『語りが生まれ、拡がるところ』(新科学出版社、2018.07,30)に詳しい分析と考察がなされている。
2 NPO非行克服支援センターセンターについて
2003年、この「非行」と向き合う親たちの会(あめあがりの会)を母体に、親たちを支えるだけでなく、子ども本人への立ち直り支援、個別に起こる様々な緊急事態への相談や対処、子どもの立ち直りをサポートする司法・教育・福祉・医療といった諸機関との幅広いネットワーク構築の必要性などに取り組むため、NPO非行克服支援センターが設立された。非行克服支援センターでは、日常的に電話や面談による非行相談事業を行っている他、非行問題だけではなく、不登校や引きこもり、イジメ、被虐待など現代社会における様々な子どもの問題に対応できるよう各種研修会や啓発活動、調査研究活動を行っている。現在、子どもの問題で悩んできた親たち、弁護士、元教員や元家裁調査官、研究者等、150人ほどの会員で構成し、運営されている註2。
註2:あめあがりの会の「例会」予定等の情報、NPO非行克服支援センターへの相談等については、ホームページを参照されるか、事務所(℡ 03-5348-6996、E-mail npo-ojd@cocoa.ocn.ne.jp)へ問い合わせされたい。
なお、NPO非行克服支援センターはどなたでも会員になることができる。賛助してくださる方のご入会、ご協力をお願いしたい。
3 社会への発信~少年法適用年齢の引き下げ問題などについて~
「非行」と向き合う親たちの会(あめあがりの会)の親たちは、元来が、「自分たちのような親が集まって活動してよいのだろうか」といった自助グループを形成することすら抑制的に考えてきた人たちであり、様々な疑問を抱いてはいるものの、社会や行政へ向けての発言姿勢は極めて控えめである。NPO非行克服支援センターは、埼玉県や新宿区の青少年育成事業の一部を受託している他、公益法人キリン福祉財団等の民間財団から助成を受けつつ活動しているが、NPOとしての活動維持のために何とか財政をやり繰りしているのが実情である。しかし、非行からの立ち直りにせよ、学校不適応の改善にせよ、短期間で解決し、効率的に成果が出るような問題ではない。改善したかに見えて、再び非行化したりといった揺り戻しを繰り返しつつ、非行少年たちは何とか社会内に現実的な「居場所」と「人間関係」を築いていくのが実態であり、その支援のためには、息の長い継続的な活動を支える経済基盤と時代に応じた職業補導や学習支援といった柔軟な援助方法が不可欠である。国や地方公共団体の深い理解と支援をお願いしたいところである。
そうした実情のなか、「非行」と向き合う親たちの会(あめあがりの会)にせよNPO非行克服支援センターにせよ、その活動を根底から支えているのは、かつて荒れ狂う子どもの問題で苦悩していた時に支えられ、助けられたという思いを抱く母親たちであり、その相互信頼の深さと献身的な関与には敬服するしかない。
筆者は、家庭裁判所調査官という少年非行に取り組む仕事を38年ほど行い、2018年4月から、「非行」と向きあう親たちの会(あめあがりの会)とNPO非行克服支援センターの相談員として活動をお手伝いするようになった。相談業務の実感としては、20歳未満の非行相談は確実に減少しつつあり、代わりに、20歳代の家出・性風俗業への就労(女性)、特殊詐欺事件への受け子等での関与(男性)の相談が増えていると感じている。筆者が手伝うようになったのは、「非行」と向き合う親たちの会(あめあがりの会)の設立者の一人が家裁調査官の大先輩であったことと、非行少年の立ち直りのためには「親たちが生き延び、少しでも元気を出すこと」が必須であることを、多くの事例から学んだからである。
会として特に政治的主張を行うことは無いものの、最近の少年司法に関する話題としては、現在、法制審議会刑事法・少年法部会で検討されている「少年法適用年齢の20歳未満から18歳未満への引き下げ」問題について意見が交わされることがある。
会の親たちは、自らの子どもが18歳・19歳で少年院に収容された経験があったり、社会内で保護観察を受けていた経験があったり、様々な立場・経験を持っているが、13歳頃から子どもの様子が変化し、14・5歳から17歳頃にかけて荒れ狂い、18歳を過ぎてようやく子どもの心情と行動が小康化し始めたといった経験は多数の親が共通して持っている。18歳・19歳の時に、教育的・福祉的処遇を基本とする少年司法による処分を受けたことを前向きに受け止める意見も少なくない。筆者としても「非行少年は18歳・19歳で変化する」というのが経験則である。とはいえ、18歳・19歳で安定が確保され、非行問題は解決というわけではなく、不安な状況は20歳を超えても続いているという実情も数多い。
従って、少年法の適用年齢が引き下げられ、18歳以上になると全て刑事裁判手続となってしまうことへの危惧、その年齢で懲役にせよ、執行猶予や罰金にせよ、刑事処分となってしまうことが「立ち直り」につながるのか、むしろ、新たな社会からの排除体験と受け止めて、非行性以上に犯罪性を深めてしまうのではないかといった思いを抱くのが実情である。18歳が民法上の成年年齢とされたとしても、そのことだけで大人の自覚を強めさせることは難しく、社会適応を確実にするためには、民法上の成年年齢とは別問題(飲酒や喫煙、公営ギャンブルと同じく)の司法手続として、少年法の適用年齢は現状維持でもよいのではないかと考えられる。