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今週の一言
人間の性と性教育をめぐる問題 〜人のあり方を問うセクシュアリティ〜
2018年11月5日

浅井春夫さん(立教大学名誉教授、一般社団法人"人間と性"教育研究協議会代表幹事)

性教育バッシングというトピック
 2018年3月16日、東京都議会文教委員会において、古賀俊昭都議(自民党)が都内の公立中学校で行われた人権教育の一環として「自分の性行動を考える」という授業について「不適切な性教育の指導がされている」、その点に関して「都教委はどう考えるか」と質問をしました。それに対して東京都教育委員会は、その質問で求められた現場の教師や学校関係者への「指導」をすすめるという答弁を行いました。
 古賀質問で取り上げられた授業内容は、中学生たちに関わる性行動の実際、とくに予期せぬ妊娠、人工妊娠中絶、性感染症等をはじめとした深刻な現状を踏まえ、義務教育である中学校を卒業した後も健康で安全に、人生を主体的に生きてほしいという願いから、子どもたちの課題と知的要求に誠実に向き合い、保護者の共感を得ながら学校ぐるみで検討し実践した授業です。その内容は、国際的なスタンダード(International Technical Guidance on Sexuality Education、ユネスコ編、浅井春夫・艮香織・田代美江子・渡辺大輔訳『国際セクシュアリティ教育ガイダンス』明石書店、2017年)を踏まえた「性を学ぶ権利」を子どもたちに保障するものです。こうした子どもたちの発達課題に応えようとする優れた性教育実践が、2003年7月の七生養護学校事件の加害の当事者であり、地裁・高裁・最高裁のすべての判決で断罪された特定の都議と都教委によって教育現場への政治的介入を再び画策することが行われました。
 しかしこの第2次性教育バッシングはすばやく立ち上がった団体・市民、研究者などのとりくみとマスコミの事実に即した報道によって、双葉のうちに摘み取られた状況があります。しかし安倍政権の改憲(壊憲)路線や右派の統一戦線である「日本会議」の方針などをみれば、今後とも性教育・ジェンダーバッシングは手を替え品を替えながら続くことを想定しておく必要があります。

性教育政策をめぐる分岐点
 わが国の性教育政策は子どもたちの性意識・性行動の現実と国際的なスタンダード(標準:判断のよりどころや行動の目安となるもの)から"逸脱"といっていいほどかけ離れている実態があり、それは世界の性教育が子どもの実態と質問・疑問・学びの要求から出発して実践内容が創られているのに対して、日本の場合は前提として"学習指導要領ありき"という発想で推進される内容となっている点に根本問題があります。さらにいえば学習指導要領にある、いわゆる"はどめ規定"は性教育をすすめていく上での足かせとなっており、子どもたちの学びに対する"はどめ"となっています。はどめとは、「車や歯車が回転しないようにすること」であり、転じて、物事が進行しないように食い止めることを表す場合に用いられる用語です。
 "はどめ規定"に関して補足しておきますと、小学校第5学年の理科において、「B生命・地球」の項で「人の受精に至る過程は取り扱わないものとする」(『小学校学習指導要領(平成29年告示)』105頁)、さらに中学校保健体育(第3学年)では、「妊娠や出産が可能となるような成熟が始まるという観点から、受精・妊娠を取り扱うものとし、妊娠の経過は取り扱わないものとする」(『中学校学習指導要領(平成29年告示)』129頁)とはどめ規定が存在しています。はどめ規定が包括的性教育を学校現場ですすめる上で大きな障害となってきました。
 しかし学習指導要領を読めば、本質的にはどめ規定などが存在する必要などないことです。「学習指導要領」とは「教育課程の基準を大綱的に定めるものである。学習指導要領が果たす役割の一つは、公の性質を有する学校における教育水準を全国的に確保することである。また、各学校がその特色を生かして創意工夫を重ね、長年にわたり積み重ねられてきた教育実践や学術研究の蓄積を生かしながら、生徒や地域の現状や課題を捉え、家庭や地域社会と協力して、学習指導要領を踏まえた教育活動の更なる充実を図っていくことも重要である」(前掲『中学校学習指導要領(平成29年告示)』17頁)ことが述べられています。
 まず学習指導要領の性格は、教育課程の基準を大綱化した内容です。その点が基本で「学習指導要領を踏まえた教育活動の更なる充実を図っていく」という性格を持っています。第1章総則の「第2 教育課程の編成」の「3 教育課程の編成における共通的事項 ? 内容等の取扱い」で、学校において特に必要がある場合には,第2章以下に示していない内容を加えて指導することができる。また、第2章以下に示す内容の取扱いのうち内容の範囲や程度等を示す事項は、全ての生徒に対して指導するものとする内容の範囲や程度等を示したものであり、学校において特に必要がある場合には、この事項にかかわらず加えて指導することができる」とされており、「いわゆる『はどめ規定』は、これらの発展的な内容を教えてはならないという趣旨ではなく、すべての子どもに共通に指導するべき事項ではないという趣旨であるが、この点の周知が不十分であり、趣旨が分かりにくいため、記述の仕方を改める必要がある」(文部科学省「幼稚園、小学校、中学校、高等学校及び特別支援学校の学習指導要領等の改善について(答申)」、平成20年1月17日)ことが提起されています。この文言の意味は、すべての子どもに共通して指導することができる事項・課題であり、「特に必要がある場合には」十分に事前準備をしたうえで教えることができると解釈すべき内容です。
 学習指導要領におけるいわゆる"はどめ規定"を通知などで撤廃する措置をとることを強く求めたいと考え、アクションを起こしていく決意です。

性教育における発展とは
 わが国における性教育の発展とはどのような内容をいうのでしょうか。学習指導要領および各都道府県で発行されている「性教育の手引」の特徴は、学習指導要領の基本的な考え方を逸脱して、標準を超えて教えることに関して"はどめ規定"が性教育発展の上限規制となっているのが実際です。その点では、時代の変化や子どもの実態から出発しているとはいえません。
 現在、東京都において「性教育の手引」の改訂作業がブラックボックスのなかですすめられていますが、性教育で取り組むべき課題と実践方針を確定していく上で必要な論点を整理しておきます。
 その第1に、東京都における児童・生徒の性意識・性行動の実態調査、現場教師や保護者からの聴き取り調査、関係団体・研究者などへのヒアリング、さらに子どもたちの性の学びへの要求・疑問・質問などを踏まえて、総合的な観点から性教育の手引とプログラムの策定をすすめていくことです。 真摯に子どもたちの疑問や質問に応えていく性教育の基本姿勢が問われているのです。
 第2に、これまでの日本の性教育政策は、基本的に「寝た子を起こす」論に依拠してきたといえます。「寝た子を起こす」論の事実誤認について、国際的な多くの調査をレビューした分析では、適切な性教育の実施は"性行動を活発化させない"という実証結果が出ています。初めての性交に関する性教育プログラム影響を測定した63の研究のうち、プログラムの37%は初交体験の開始を遅らせたが、63%はまったく影響がありませんでした。「注目すべきは、初めての性交を早めるプログラムはなかった」し、同様に「プログラムの31%は、性交の頻度の減少(性交しない状況に戻ることを含む)につながった一方、66%は影響を与えず、3%は性交の頻度を増加させた。最後に、プログラムの44%が性交経験相手の数を減少させ、56%は影響を与えておらず、また性交経験相手の増加につながるものはなかった」という報告内容です。つまり①包括的性教育プログラムの3分の1以上は、初めての性交を遅らせ、②同様にプログラムのおよそ3分の1は、性交の頻度を遅らせ、③3分の1以上は全標本のなかで、また重要な標本のいずれかにおいて、性交経験相手の数を減少させているのです(ユネスコ編『国際セクシュアリティ教育ガイダンス』42〜43頁)。結果的に教育行政の指導する内容は、抑制的な性教育となってきたのが現状です。「性行動・性交」や「避妊」「中絶」などの基本的テーマの学習の位置づけは、子どもの性的発達・性行動の実際から遊離していると言わざるを得ません。
 第3に、子どもたちが人生を生きていく上で、賢明な判断と行動の選択ができるための性的自己決定能力をはぐくむことが性教育実践の課題としてあるのですが、その点の課題意識がきわめて薄弱であるといえます。問題行動を起こさせない指導と児童・生徒管理ではなく、人生のさまざまな性に関わる局面に適切に対応していくちからを形成し援助していく課題があります。
 そうした観点に徹して作成されたのが「国際セクシュアリティ教育ガイダンス」(初版は2009年12月公表、第2版は2018年1月公表、以下「ガイダンス」と略記)です。国際的なスタンダードからすれば、残念ながら日本の性教育政策は明らかに"逸脱"しているのが実状です。
 都教委作成の「性教育の手引」には「一部の学校で学習指導要領や児童・生徒の発達段階等を踏まえない性教育が行われている実態が明らかになりました」(「性教育の手引(中学校編)」および「性教育の手引(小学校編)」2004年3月の「はじめに」)と記述されています。また同様の趣旨が2005年に公表された「高校編」および「盲・ろう・養護学校編」の「はじめに」でも記載されています。現行の「性教育の手引(中学校編)」(都教委、2004年3月)の「はじめに」では「いうまでもなく、学校における性教育は、人格の完成を目指す『人間教育』の一環であり、 学習指導要領や児童・生徒の発達段階に即して系統的・段階的に進めることが重要です。 このように学校における性教育の重要性が言われる一方で、一部の学校で学習指導要領や児 童・生徒の発達段階等を踏まえない性教育が行われている実態が明らかになりました」という認識を踏まえて、「性教育の手引」が作成された経緯があります。しかし「こころとからだの学習裁判」で、こうした認識の事実誤認と一面性について地裁・高裁・最高裁判決で弾劾されました(2013年11月28日、最高裁判決により地裁・高裁判決が確定)。
 したがってこれまで14年間も改訂されることなく、事実上棚ざらしにされてきた現行の東京都教育委員会「性教育の手引」について、第1に、2003年7月の七生養護学校事件以降の"失われた15年"のなかで国際的な性教育の発展はいかなる内容と到達点にあるのかを共有することが必要です。第2に、性教育に関する基本的な考え方も含めてどの事項を、どのように改訂していこうとしているのかを明示することが必要です。第3に、その改訂をすすめることに関してエビデンス(論証・根拠)は何かを共有することは「手引」を活かすためにも重要な課題になります。
 まさに世界の大きな流れとして、性(セクシュアリティ)は基本的人権そのものであり、性教育・性の学びは人権教育の重要な柱になることが共有されてきたところです。「国際セクシュアリティ教育ガイダンス」(第2版)では、「人権的アプローチ」として、包括的性教育を、人権、つまりは質の高い健康、教育、情報を享受する権利などを基盤にして構想されており、そのひとつの柱は、若者が性に関して、強制や暴力から解放された安全な環境のもとで、お互いを尊重することができる責任ある選択をする権利です。もうひとつの柱は、自らを効果的に守るために若者が必要な情報を得る権利であることが強調されています(原文16頁)。人権教育としての性教育をすすめることは現代社会の不可欠の課題となっており、東京都教育委員会における「性教育の手引」改訂作業において、これらの共通認識のもとにすすめられるべきと考えますが、さて、都教委はどんな「性教育の手引」を提案するのでしょうか。

性教育の必要性を実感する人・しない人の傾向的特徴
 蛇足ながら、政策レベル、実践レベルから少し離れて、個人のレベルで性とジェンダーに関わる認識について、簡単に表で整理しました。
 自分自身の性教育への考え方、セクシュアリティ観、家族観、人間観を考える上で、ちょっと参考にしていただければ幸いです。

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◆浅井春夫(あさい はるお)さんのプロフィ−ル

1951年8月、京都府南丹市生まれ。 日本福祉大学大学院(社会福祉学専攻)を修了。
東京の児童養護施設で12年間、児童指導員として勤務する。
元・立教大学コミュニティ福祉学部教員(2017年3月定年退職)、立教大学名誉教授。
 専門分野は、児童福祉論、セクソロジ−(人性学)、戦争孤児の戦後史研究、とくに社会福祉政策論、児童福祉実践論、性教育、子ども虐待、子どもの貧困を重点課題としている。

【所属学会・研究団体、社会的活動など】
"人間と性"教育研究協議会代表幹事、同「乳幼児の性と性教育サークル」事務局長、『季刊SEXUALITY』編集委員、全国保育団体連絡会副会長、日本思春期学会理事、NPO法人学生支援シェアハウスようこそ理事、「戦争孤児たちの戦後史研究会」代表運営委員。

【単著書】(2002年以降の著著)
 『子ども虐待の福祉学』(小学館、2002年)
 『市場原理と弱肉強食の福祉への道』(あけび書房、2002年)
 『子どもの権利と「保育の質」』(かもがわ出版、2003年)
 『「次世代育成支援」で変わる、変える子どもの未来』(山吹書店、2004年)
 『子どもの性的発達論入門』(十月舎、2005年)
 『子どもを大切にする国・しない国』(新日本出版社、2006年)
 『保育の底力』(新日本出版社、2007年)
 『ヨカッタさがしの子育て論』(草土文化、2007年)
 『社会保障・保育は「子どもの貧困」にどう応えるか』(自治体研究社、2009年)
 『脱「子どもの貧困」への処方箋』(新日本出版社、2010年)
 『沖縄戦と孤児院』(吉川弘文館、2016年) 
 『戦争をする国・しない国』(新日本出版社、2016年)
 『子どもの貧困解決への道−実践と政策へのアプローチ−』(自治体研究社、2017年)
 『こう考えよう!そう話そう!幼児・学童の性(仮題)』(エイデル研究所、2018年9月)
【編著書・共編・共著】(2007年以降)
監修『児童福祉施設・保育所 子どもの危機対応マニュアル』(建帛社、2007年)
編著『子どもと性』(日本図書センター、2007年)
共編『希望としての保育』(新読書社、2007年)
共編『子どもの貧困』(明石書店、2008年)
共編『保育者と保護者ではぐくむ「対話のちから」』(かもがわ出版、2008年)
共編『新版 保育者・教師のための子ども虐待防止マニュアル』(ひとなる書房、2008年)
浅井春夫・金澤誠一共編『福祉・保育現場の貧困』(明石書店、2009年)
浅井・杉田・村瀬共編『性の貧困と希望としての性教育』(十月舎、2009年)
浅井・丸山共編『子ども・家族の実態と子育て支援』(講座第3巻、新日本出版社、2009年)
浅井・渡辺共編『保育の質と保育内容』(講座第2巻、新日本出版社、2009年)
編集委員会編『子どもの貧困白書』(明石書店、2009年)
 浅井・高橋光幸・中村強士共編『保育・子育て政策づくり入門』(自治体研究社、2010年)
編著『子ども家庭福祉』(建帛社、2011年)
 浅井編著『児童福祉施設・児童相談所・学校子どもの暴力対応実践マニュアル』(建帛社、2011年)
 浅井編著『はじめよう!性教育』(ボーダーインク、2012年)
 共編『あっ!そうなんだ!性と生〜幼児・小学生そしておとなへ〜』(エイデル研究所、14年)
 浅井・吉葉研司共編『沖縄の保育・子育て問題』(明石書店、2014年)
 浅井ほか著『戦争と福祉についてボクらが考えていること』(本の泉社、2015年)
 浅井ほか著『子どもの貧困の解決へ』(新日本出版社、2016年)
 浅井ほか共訳『国際セクシュアリティ教育ガイダンス』(明石書店、2017年)
 浅井・黒田邦夫共編『〈施設養護か里親制度か〉の対立軸を超えて』(明石書店、2018年)
 浅井・艮・鶴田共編『性教育はどうして必要なんだろう?』(大月書店、2018年8月)

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