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生活保護における奨学金収入認定問題 〜福島市の生活保護行政に対する取り組み〜

2018年9月3日



関根未希さん(弁護士)

生活保護世帯の子どもの高校進学の現状
 生活保護世帯の子どもが高校に進学する場合,高校の入学金,授業料,通学費用等,就学費用の一部が「高校等就学費」(生活保護制度の生業扶助の一つ,2005年度から新設)として支給されることとなります。
 しかし,生活保護費として支給される高校の入学金や授業料相当額は,公立高校の授業料を基準としています。また,入学準備金には6万3200円という上限があり,毎月支払われる就学費用(高校学用品費や学習支援費)も低額であり,実際に支出したすべての費用が支給されるわけではありません。修学旅行費などは生活保護の支給の対象となっていません。
 現在の取扱いでは,生活保護世帯の子どもがその能力と希望に応じた高校に進学するには,経済的な支障が多く存在しています。また,高校生活をおくる上でも,生活費を切り詰めたり,子ども自身がアルバイトをしたりして修学旅行費などをまかなわなければならないという現状があります。

福島市奨学金収入認定事件とは?
 2014年4月,生活保護世帯の高校生が受けた給付型奨学金が収入認定されるという事件が起きました。
 事件当時,当事者のNさんはシングルマザーで,病気のため働くことができなくなり,生活保護を受けて娘のBさんと二人で暮らしていました。Bさんは,自分の家は経済的に余裕がないことをわかっており高校進学をすることに不安を感じていましたが,努力の結果,教育委員会と社会奉仕団体の2つの給付制奨学金(年合計17万円)を受給できることとなり,2014年4月に高校に進学しました。
 Nさんは,事前に,福島市のケースワーカーに奨学金の取扱いを問い合わせ,制服の領収書などの資料を提出して生活保護費ではまかなえない不足分が発生していることを相談していました。しかし,ケースワーカーは,同年4月に「国の基準でこうなっている」「一般の人との均衡がとれない」などと言って,一方的に全額収入認定になると告げました。そして,福島市福祉事務所長は,2014年4月及び5月に支給された奨学金9万円全額を収入認定し,Nさんの世帯の生活保護費を減額してしまったのです。
 収入認定により,Nさんらは,奨学金をBさんの高校生活や学びのためではなく,日々の生活費に使わざるをえなくなりました。また,入学時の制服などの購入によりすでにマイナスが生じていた中での減額であったため,Nさん親子は最低生活を下回る生活を強いられることとなりました。

同じ思いをする子どもをつくりたくない
 Nさんは,これが前例になっては困る,同じ思いをする子どもをつくりたくないという思いから,福島県知事に対して審査請求を行いました。しかし,残念なことに,福島県知事は福島市の言い分を認めて,審査請求を棄却しました。
 そこで,Nさん親子は,厚生労働大臣に対して再審査請求を行うとともに,2015年4月,福島市に対し,処分の取消しと国家賠償(慰謝料)の支払いを求め,福島地裁に裁判を起こしました。

厚生労働省による保護実施要領の改正
 厚生労働大臣は,再審査請求を受け,2015年8月に福島市の処分を不当として取り消しました。同大臣は,奨学金は,保護実施要領にいう「自立更生を目的として恵与される金銭」(次官通知第8の3(3)エ)に該当し,この金銭のうち,「当該世帯の自立更生のために当てられる金額」は収入認定しないものと判断しました。そのうえで,本件では,処分を行う時点でのケース認定会議で,当該世帯への聞き取りや自立更生計画の作成等について検討しないまま,収入認定を決定しており,処分は不当であると判断したのです。
 厚労大臣裁決の直後,厚生労働省は,生活保護世帯の高校生が奨学金やアルバイトによる収入を進学塾通学等の費用に充てる場合,その分は収入認定しないという方針を決め,全国の保護実施機関に通知(それまでは,進学塾の学費等は「高校生活には必ずしも必要ない」という理由で,奨学金やアルバイト収入から塾代を出すことを認めていませんでした)を出しています。

国賠法上の違法性を認め,Nさん親子の心情を汲んだ判決
 福島市は,既に取消裁決がされているにもかかわらず,「国の実施要領にしたがった処分だから違法ではない」「後で保護費を追加支給したから,損害はない」との主張を繰り返し,自らの誤りを認めようとしなかったため,裁判は国家賠償請求の形で続きました。
 2018年1月16日,福島地裁は,Nさん親子に勝訴判決を言い渡しました。判決では,「被告(福島市)福祉事務所は,本件各奨学金について収入認定除外の対象となるか否かの検討を行わず,したがって,原告A(Nさん)から提出された自立更生計画書や添付資料の検討をせずに,除外認定に当たって必要な資料の追加提出等の指示もしないままに,本件各処分を行ったものであって,公務員に与えられた裁量権を逸脱したものということができ,本件各処分はいずれも国家賠償法1条1項にいう違法がある。」として,生活保護上明文の規定のない「(保護実施機関の)被保護者に対して適切に助言するとともに,自ら調査すべき義務」を認め,処分を違法と判断をしました。また,実際にきりつめた生活を余儀なくされ,高校就学を経済的に支えることができなくなるかもしれない母親の深刻な不安,努力して奨学金を獲得したにもかかわらず,これを事実上没収されたことにより,自らの努力を否定されるような経験をした子どもの精神的苦痛を認定して,合計10万円の賠償を認めました。

今後の課題〜保護実施要領改正の必要性〜
 福島市は控訴せず,判決は確定しました。しかし,福島市はこの判決を受けて,どのような改善を行い,今後生活保護世帯の子どもが奨学金を受けたときにどのような対応をするか,全く明らかにしていません。Nさん親子や支援団体(evergreen project)からの懇談の申入れも,拒否し続けており,事件は完全解決には至っていません。
 そのような経過から,生活保護問題対策全国会議は,福島市に対して,公開質問状を送っています
 Bさんは勝訴判決という結果にほっとした様子でしたが,Nさんに「でも,私の高校生活は帰ってこないんだよね…」と言っていたそうです。Bさんは,収入認定の処分後に体調を崩し,休みがちになり,高校3年生の時に通信制の高校へ転校しました(その後,通信制の高校を卒業しています)。たらればの話はすべきではないと思いますが,奨学金が収入認定されていなければ,Bさんは希望を断たれることなく,最初に通っていた高校をなんとか卒業し,大学などに進学できていたかもしれないとも思うのです。このような重い結果に,Bさんに関わったすべての人,特に福島市の生活保護行政は向き合うべきではないでしょうか。
 現在の保護実施要領上,奨学金は一次的には収入とみなされ,自立更生のために必要な最低限度の額が収入認定除外される形になっています。このままでは,またどこかの生活保護行政が福島市のように誤った解釈,運用を行い,奨学金を違法に収入認定してしまい,Bさんと同じ苦しみを経験する子どもが出てしまう可能性があります。
 厚生労働省は,この問題を根本的に解決するため,奨学金は当然に収入認定除外するという方向で保護実施要領を改定し,生活保護行政にその旨を通知すべきと考えます。

◆関根未希(せきね みき)さんのプロフィール

弁護士
1986年福島生まれ 東北大学法学部、新潟大学法科大学院卒業 
2012年福島県弁護士会に登録
福島市奨学金収入認定事件の弁護団の一員として活動





 
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