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誰の何が問題なのか―性的マイノリティの視点から法のあり方を考える

2018年7月16日



谷口洋幸さん(金沢大学准教授)


 ここ数年、テレビや新聞などで「LGBT」や「性的マイノリティ」という言葉が頻繁に登場している。主要な法学雑誌でも次々と特集テーマが組まれるようになってきた。20年ほど前から細々とこのテーマを研究してきた一人として、感慨深いものがあると同時に、多様な性のあり方の理解や性的マイノリティのための人権保障といった一辺倒な議論の展開に、自戒も込めて、物足りなさを感じることも多くなってきた。性的マイノリティと法制度について考える、とはいかなる作業なのか、あらためて確認してみたい。

性別の変更と法のあり方
 たとえば、性別の変更について。出生時に割り当てられた性別と自らの性自認や性表現が異なれば、性別は一貫して二分されるものという前提でつくられた法制度の中で、人々は生きづらさを感じることとなる。2003年に成立した性同一性障害者特例法(以下、特例法)は、その生きづらさを解消する手立ての一つとして、一定の基準を満たす人々に、法律上の性別変更を可能とすることに成功した。
 ところが、その「一定の基準」には、成立当初から疑義が唱えられている。特例法3条の生殖腺摘除・機能不全の要件は、実質的には不妊化の強要であり、同要件の人権侵害性を争う裁判も国内で提起されている。世界保健機関(WHO)はこのような要件を不当な強制不妊の一類型に掲げており、ドイツでは憲法裁判所が違憲判決を下し、スウェーデンでは過去の手術に対する国家賠償の法律も成立した。また特例法2条は「性同一性障害」の診断を性別変更の前提条件とする。ところが、来年度のWHO総会で採択予定の国際疾病分類(ICD)第11版では、「性同一性障害」が精神疾患から削除され、「性別不合」という新概念のもと、性の健康に関する状態へと位置づけられる。概念の根本的な転換である。これに先立ち、性別変更に診断は不要とし、医療モデルから社会モデルへと移行した国も多い。診断を前提とする特例法のもとでは、性別の再変更にあたり、医師が自らの過去の診断を「誤診」と認めるという皮肉な事案も生じている。仮に性別変更が許可されたとしても、本人の性自認や性表現が常に尊重されるとは限らない。むしろ、特例法が成立したことで、性別を変更していない事実が、性自認や性表現にもとづく処遇の拒否を正当化する根拠として用いられることもある(刑事収容施設、職場など)。
 性別の変更または性自認や性表現にもとづく処遇を考えるとき、トランスジェンダーの権利をどこまで認めるべきか、という問いを立てられることがある。その際、制度面の未整備や予算不足、周囲の混乱など、権利を認めない根拠はたやすく見つけられる。問いそのものが、現在の法制度ーシスジェンダーのためにつくられた制度ーを前提とし、その中で適合可能性を議論しているためである。割り当てられた性別ないし身体性の特徴が男性である女性について、女子大学への入学を認めない立場から発せられる「懸念」がその典型である。特例法の要件もまた、既存の法制度を揺るがさないために設けられた条件ばかりであり、性自認や性表現を尊重する立場から考慮された面は極めて小さい。性別の変更審判後に新戸籍の編成という手続がとられるのも、特例法が既存の戸籍制度の枠内でもたらす「混乱」を回避するための便宜的な技法である。
 そこで、問いを立て直す必要がある。あらゆる性自認や性表現に対して既存の法制度が十分な尊重や保護を与えているか。それこそが問われるべき事柄である。割り当てられた性別と本人の性自認や性表現が一致していれば、それらの人々の性別は法制度によって承認され、社会の中で自己の能力を発揮する基盤が与えられる。なぜその法制度や社会的な基盤がトランスジェンダーには準備されていないのか。リプロダクションの権利を剥奪する特例法の不妊要件、適切な医療水準の享受を阻む健康保険適用の不徹底、安心かつ安全な環境のもとで働く権利など、検討すべき課題は多い。その際、憲法13条にいう個人の尊厳や幸福追求の権利、14条の性にもとづく差別の禁止などが、人権侵害性を争う軸となる。

同性どうしの結婚と法のあり方
 同性どうしの結婚についてはどうか。性的指向が異性のみに向かうことを前提としてつくられた結婚や家族の法制度は、同性どうしで親密な関係性を築いている人々には基本的に利用不可能である。社会生活や規範意識の基盤に結婚や家族が据えられている日本において、その事実は、具体的な不利益に加えて、生きづらさの根源となる。同性どうしの結婚は24カ国で認められており、結婚に類似した法的枠組みをもつ国も20カ国以上ある(2018年1月現在)。G7の中で何らの法的枠組みをもたないのが日本だけであることも、よく知られている。
 家族の多様化と法制度の展開においては、事実婚に関する法的な保障が手厚くなっている。ところが、事実婚には基本的に異性どうしの関係性しか想定されていない。デートDVを盛り込んだ2014年のDV防止法改正の審議過程でも、その立場は維持されている。現在、同性どうしの関係性については3つの訴訟が進行中である。退去強制令書の発付取り消しおよび在留許可申請、相手方の死後の遺産相続と慰謝料請求、そして犯罪被害者給付制度の遺族給付金の不払いの3件である。いずれも、程度に差こそあれ、異性どうしであれば、事実婚として一定の法的利益が確保されうる事案である。犯罪被害者給付制度には、明文上に事実婚への適用規定(3条1項1号)があり、事実婚の法文解釈そのものが中心争点となっている。
 他方、2015年以降、自治体によるパートナーシップ認定制度が広がりをみせている。現在、8つの自治体で運用が開始されており、他にも導入を決定ないし検討している自治体がいくつかある。結婚や家族の法制度は国で一律に規定されるため、これらの認定制度は基本的に法的拘束力をもたない。しかしながら、自治体が同性どうしの関係性を公認する制度が社会に与える影響は決して小さくない。諸外国でも、自治体によるパートナーシップ認定制度が広がった結果として全国規模で議論が盛り上がり、パートナーシップ法の制定や婚姻の平等化へと至った例は多い。
 ただし、イタリア政府がヨーロッパ人権裁判所のオリアリ事件で主張したように、自治体による公認の広がりは、国による取り組みの遅れを正当化する根拠として援用される危うさもある。また、同性どうしの結婚については、アメリカ連邦最高裁所のオーバーガフェル事件がそうであったように、同性どうしの関係性が既存の法制度ー異性と関係性を築く人のためにつくられたものーに適合する「真摯」な関係であることが過度に強調されやすい。しかしながら本来的には、あらゆる性的指向に対して既存の法制度が十分な尊重や保護を与えているかが、問われるべきことである。性的指向のうち、なぜ異性のみを求める人々のみが、一律かつ恒常的に法制度によって安心や安全を確保されるのか。なぜ、それ以外の性的指向は排除され続けるのか。バイセクシュアルの場合、相手方の性別によって法制度の内と外に恣意的に割り振られている現状は、問題点を浮き彫りにする。そこでは、既存の法制度が憲法24条2項にいう個人の尊厳に立脚して制定されているのか、検証が求められる。憲法14条の例示列挙性に鑑みれば、諸外国の立法例にみられるような「婚姻の地位(marital status)」にもとづく差別という論点も注目される。

差別の禁止と法のあり方
 性別の変更や同性どうしの結婚という代表的な論点について、諸外国の法制度を動かしてきたのは、法的な側面からみれば、人権保障や差別禁止に関する基本法の存在である。どのような人権がいかに保障されうるか、何が差別にあたるか、人権侵害や差別はどう認定され、その被害はどのように救済されるか。諸外国にはこれらを明記した法制度があり、国際基準にもとづく国内人権機関も設置されている。これらの法制度に性的指向や性自認を含めていく作業を通して、法制度全体の変革が進んでいった。ところが日本にはそういった基本法や国内人権機関が存在しない。
 このような特徴的な法制度のもと、性的指向や性自認に特化した基本法の制定が議論されはじめている。2016年に市民団体からの提案をきっかけに、野党からは「差別解消法」が国会に上程され、与党からは「理解増進法」の骨子が発表された。いくつかの個別法を除いて、包括的な人権保障や差別禁止の基本法をもたない日本の現状では、いずれもが重要であり、その実現はまったなしの状況にある。ある国立大学法人のロースクールでは、同級生によるアウティング(本人の意に反する公表)が原因とみられる転落死事件が発生し、現在、大学を相手取った訴訟が展開されている。「理解増進」は公の機関がこの課題に取り組むための法的根拠を与える意味で重要だが、「差別解消」に向けた相談体制や苦情申し立て、さらに救済手段の確保が義務づけられなければ、性的マイノリティの安全は確保され得ない。また、「差別解消」の制度をつくっても、運用する側の「理解増進」が十分でなければ、性的マイノリティは安心して生活を送ることができない。同様の事件を繰り返してはならないとの認識ーOne is too manyーを多くの人が共有できるならば、両者を統合した基本法こそが、すべての人の人権保障を義務づけられた国家にとっての唯一の選択肢と考えられる。

おわりに
 性的マイノリティと法制度について考えるとき、ギリシャ神話のひとつ、「プロクルステスの寝台」の逸話が想起される。盗賊プロクルステスは、旅人を休ませるふりをして声をかけて寝台に寝かせ、その人の身長が寝台より短ければ足を伸ばして引き裂き、長ければ足を切り落とす。ところが、実はその寝台が伸縮可能な仕組みになっており、遠くから旅人を見つけたプロクルステスが、事前に寝台を調整していた、といった話である。既存の法制度は、性的マイノリティにとって、この寝台のようなものではないだろうか。性別二元制や異性愛主義を前提とする法制度に乗るためには、一定の無理が生じ、トラブルが生じるのは当然である。ところが、その適応や説明の責任は、あたかも性的マイノリティの側にあるかのように語られ、問い質される。また、提示される法制度に乗るために妥協させられたり、「恩寵」に無批判であれという態度を要求させられたり、あるいはそういう態度をとれないならば、新たな排除を生む主体として構成されたりもする。結果、新たな法制度は、性別二元制や異性愛主義を維持したまま、多少の伸縮に変化が見られた状態で、人々の前へと差し出される。もちろん、法制度が線引きの作業である以上、そこには一定の暴力が介在する。しかし、だからこそ、その線引きを固定化しないための仕組みや、継続的な見直しの過程を確保しなければならない。同時に、新たな法制度が、現状を肯定する方便として持ち出されないように細心の注意を払う必要もある。性的マイノリティと法制度について考えることは、人権の視点にもとづく、法のあり方そのものへの不断の問いかけである。

◆谷口洋幸(たにぐち ひろゆき) さんのプロフィール

金沢大学国際基幹教育院准教授
1975年岐阜県生まれ。中央大学大学院博士後期課程修了、博士(法学)。日本学術振興会特別研究員PD(学習院大学)、早稲田大学比較法研究所助手、高岡法科大学法学部准教授、同教授を経て現職。日本学術会議連携会員。ジェンダー法学会理事。『セクシュアリティと法』(法律文化社・2017、共編著)、『性的マイノリティ判例解説』(信山社・2011、共編著)など。





 
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