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戦争と憲法と女性・子ども

2017年12月25日



角田由紀子さん(弁護士)

 私が小学校に入ったのは、1949(昭和24)年だ。憲法公布からまだ2年であった。私はできたてほやほやの憲法と共に生きてきた。日本中の他の学校と同じく、入学したときは焼け残った僅かな校舎で授業が行われていた。先生の中には何人も復員兵の人がいた。片腕をなくし、義手の先につけた鍵状のものに鞄を引っかけ、改造した軍服と思しき洋服を着て登校してくる先生もいた。戦争はまだ焼け跡から煙が立ち上っているようなついこの間のことであった。
 憲法との関係で思い出すのは、3年生の時にクラス担任になった栗田先生のことである。子どもから見れば相当の高齢であり、おじいさんのようであった。栗田先生は、今から考えれば指導要領(当時もあったはず)など無視して、自分の教えたいことを勝手に教えていた。例えば、図工で何かを作るとなれば、丸一日その作業を続けるという具合であった。私はその先生の教え方が好きだった。子どもの私は先生の背景に何があるのかなどは考えることもなかったが、先生のひたむきさに心打たれた。他のクラスとの進行状況など全く無視して自分の教えたいことを教えていた。今でも懐かしく思い出す先生の一人だ。それが許される時代であったのだ。栗田先生は、そうとは言わなかったが、憲法が謳っている個人の大切さ、平等の大切さと正義を教えてくれたのだ。栗田先生の教え方は、自身の戦争への関わり方から来るのかもしれないと後に思った。当時の大人はみんな何らかの形で戦争に関わっていたはずだ。4年生になって谷先生という女性の先生が担任になった。谷先生は、憲法について教えてくれた。新しい憲法の大事な点は、主権在民、戦争放棄、象徴天皇だと話してくれた。これらの言葉はきちんと板書されたので、私は今でもそれを思い出すことができる。
 これほどはっきりと憲法について教えられたことはそれが初めてであった。私の憲法理解は、小学生の時に始まったことになる。私が小学生であった1950年代には朝鮮戦争の勃発とともに日本は再軍備が議論される時代になっていた。私は、男の子のおもちゃ(メンコ)にはびこる戦車などの戦争関連の絵は、戦争放棄の憲法を持つ国では許されないのではないかと考えていた。生意気な小学生であったが、本心から戦争の臭いと恐怖を感じ、怒っていた。北九州の田舎で生まれ育った私には、朝鮮戦争は身近な危険であった。遊び友達の年上の女の子は、今度戦争になったら服をたくさん持って逃げたいと言った。彼女は、アジア・太平洋戦争中着るものがなくみじめな思いをしたのだろう。私はその言葉に切実さを感じた。朝鮮の方向へ飛んでいく、と二人で話した飛行機を見上げながらそんなことを話していた。
 さて、長じて私は弁護士になり、今は安保法制違憲訴訟の弁護団に加わっている。安保法制違憲訴訟で私は国賠と差止請求の弁護団に加えて安保法制違憲訴訟・女の会(以下「女の会」)の弁護団にも加わっている。
 再軍備という言葉は、いつの間にか聞かれなくなり、事態は十分に再軍備に突入しているが、「再」という認識自体が今ではない。「再」ということばには、「軍備をふたたびやってはいけないのではないか」というためらいや違和感があったはずだ。しかし、今では当然の軍備とされており、毎年軍需費が過去最高額と報道され、少なくない国民は別に驚かなくなっているのではないだろうか。そういう社会の中で、とりわけ女性・子どもたちは戦争に無批判に向かう動きを感じて、言い知れない恐ろしさを感じている。私は、子どもの時に見た焼け跡や復員兵であった先生や、隣家に落ちた焼夷弾が燃え上がった時の激しい炎を思い出す。70年経って時代がぐるりと逆回りしているように思われる。ようやく抜け出してきたあの地点に帰ろうとしているのか。その愚かさを指摘するまでもない。
 2017年にはJアラートが発せられた際の避難訓練が都内の小学校でも行われている。子どもたちは頭を両手で覆って机の下に潜る「訓練」をしたとか。ある小学校では、防災頭巾(これ自体が防空頭巾からの発想であろう)を被った子どもたちが、ゾロゾロと避難訓練で先生に付き添われて校外に出て行ったとか。
 80歳を越えた女の会の原告の一人は、自分が小学生であったときに学校で体験させられた「訓練」と全く同じことが今行われていると怒りをもって訴える。そんな訓練で爆撃から身を守れるなんて、実は誰も思っていなかったのかもしれない。例え、訓練であっても今も昔も子どもたちは怖い思いをしたことだろう。世界のあちこちで戦争が行われており、シリアの例をあげるまでもなく、多くの子どもたちが今も殺されている。殺されなかった子どもたちからは、戦争は親や愛する人を奪い、未来を奪う。子どもたちを戦争から守る確実な唯一の方法は、戦争をしないということである。憲法9条のいう戦争放棄を確実に守ることである。
 この国の政府は、表向きは子どもが大事といい、「少子化」を国難とまで位置付けた。しかし、実際にやっていることは、子どもが大事とは眞反対のことである。例えば、2018年度から実施されるとする生活保護費の減額は、生活保護費のうち、食費などの生活扶助費の削減と母子加算の減額を含んでいる。理由は、低所得層の生活費よりも生活保護基準が高くなるからだという。日本の生活保護の捕捉率は2割であり、受給資格のある人の8割の人は受給しておらず、勢い、受給者の方が生活費が高いという結果になる。この政策の結果、今でも困難な生活を強いられている子どもたちはさらに貧しい生活になる。子どもが貧しい生活しか送れなければ、進学もできず、貧しさから抜け出すことは難しい。その先に待っているのは、経済的徴兵制かも知れない。貧しい子どもたちを大量に生み出す社会の仕組みは、戦争する国の政策を下支えする。どこの国でも、貧しい家庭の子どもたちには兵士になることが生き延びる方策の有効な一つである。戦前の日本の農村の貧しさを思い起こしてもいい。子どもを戦争から守るには、子どもたちに不自由のない生活と平和な未来を保障することである。子どもの生活を財政的にも支えるということである。
 人を殺すという最も非人間的な行為に子どもたちを誘導する政策は、集団的自衛権の容認から生まれるし、今、安倍首相が唱えている憲法に自衛隊を書き込んで公認することによって、この国の政策として決定的なものになる。
 膨大な軍需費を指摘するまでもなく、しかも、2018年度予算で求められているものは、明らかに人を殺すための武器である。人を殺さない武器があるはずもなかろうが・・・2017年12月19日の閣議で政府は、アメリカ製の陸上配備型迎撃ミサイルシステム「イージス・アショア」2基の購入を決めた。一基あたり1000億円が見込まれるというから驚きのあまり身体が震えてくる。子どもたちを十分に生かすことなく、人を殺すことに税金を使うなど本末転倒でしかない。さらに、軍需費から見れば、驚くほど軽視されているのが、女性に対する暴力防止及び被害者支援の費用である。これも人を生かすお金である。政府は、性犯罪被害者支援のために、2020年までに全国都道府県に1か所ずつ「ワンストップ・支援センター」を設置するとしている。2017年夏までにできたところは39か所である。その全体に対して政府から支給される補助金はわずか1億6000万円でしかない。単純計算すると1か所410万円である。片や政府が17機購入を予定しているオスプレイは装備費も入れて1機100億円という。戦争は究極の暴力であり、安保法制法によって戦争することに舵を切ったこの国では、今まで以上に暴力が大手を振って歩くことが予想される。暴力の犠牲になるのはいつの時代でも、とりわけ戦争の時には、女性・子どもたちであることは、歴史が繰り返し教えている。私たちは、歴史に学ばず、再び、女性・子どもたちを犠牲にするのか。今ほど、憲法9条の中身の実現が急がれるときはない。しかし、9条の中身の実現というとき、私たちは沖縄には今に至るもそのかけらもないことをしっかり理解しなければならない。日本には、9条の力の及ばない地域があり、そこに住む人々は米軍機による命の危険に日々曝されていることを忘れてはならない。戦争のない国は、沖縄抜きには実現できないことを知らねばならない。沖縄の女性・子どもたちをも苦難から解放するための憲法でなければならない。

◆角田由紀子(つのだ ゆきこ)さんのプロフィール

弁護士
 1975年4月 弁護士登録
 1975年4月〜1976年4月  角田合同法律事務所(群馬県前橋市、群馬県弁護士会)
 1977年10月〜1980年12月 長島・大野法律事務所(東京都、東京弁護士会)
 1981年1月〜1983年2月  内田法律事務所(東京都、東京弁護士会)
 1983年3月〜1994年6月  角田法律事務所(東京都、東京弁護士会)
 1997年3月〜2013年4月  田中合同法律事務所(静岡県沼津市、静岡県弁護士会)
 2013年5月〜現在に至る  角田愛次郎法律事務所(東京都、第二東京弁護士会)

教 職
 1983年9月〜1984年3月 津田塾大学非常勤講師(法女性学担当)
 1992年4月〜1992年5月 千葉大学教養部非常勤講師(人権論)
 1998年9月〜2000年3月 立教大学大学院文化研究科比較文明専攻 非常勤講師
 2003年1月〜2003年4月 アメリカ ミシガン大学日本研究所 トヨタ客員教授(日本における女性に対する暴力担当)
 2004年4月〜2013年3月 明治大学法科大学院法務研究科専任教授

その他
 1980年6月〜1986年4月 日本弁護士連合会(日弁連)女性の権利に関する委員会委員
 1982年1月〜1987年3月 日弁連 調査室嘱託
 1985年5月〜1989年4月 日弁連 徳島事件委員会委員(再審事件弁護活動)
 1988年5月〜1992年4月 日弁連 女性の権利に関する委員会委員
 2001年5月〜現在に至る 日弁連 両性の平等に関する委員会委員

 1997年5月〜2002年4月 関東弁護士会連合会 人権擁護委員会委員
 1984年6月〜1989年4月 東京弁護士会 女性の権利に関する委員会委員
 1991年6月〜1994年6月 東京弁護士会 女性の権利に関する委員会委員
 1991年4月〜1992年4月 東京弁護士会 刑事弁護委員会委員
 1997年5月〜2011年4月 静岡県弁護士会 人権擁護委員会委員
 2001年4月〜現在に至る NPO法人 女性の安全と健康のための支援教育センター 代表理事

 2001年10月〜2014年6月 東京大学 ハラスメント防止委員会委員
 2003年12月〜2014年12月 ジェンダー法学会理事

著作・論文等
 「性の法律学」1991年 有斐閣選書
 「性差別と暴力」2001年 有斐閣選書
 「性と法律」2013年 岩波新書
 「ドメスティック・バイオレンス」1998年 有斐閣選書(共著)
 「セクシュアル・ハラスメント—福岡裁判から24年目の到達点「ジェンダーと法」11巻 2014年所収 
 「Sexual Harassment in Japan」2003 年「Directions in Sexual Harassment」 所収Yale University Press
 「Legal Response to Domestic Violence in Japan」2009年「Japanese Family Law in Comparative Perspective」所収 The Robbins Collection 等


 





 
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