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「働き方改革」の倒錯

2017年11月6日



兵頭淳史さん(専修大学経済学部教授)

「働き方改革」をめぐる、とある対話
 「働き方改革」の議論が盛んです。そもそも、長時間労働の蔓延やワーク・ライフ・バランスの乱れなど、「働き方」をめぐる日本社会に特有の問題は、すでに四半世紀、あるいはそれ以上にもわたって指摘され続け、日本の雇用社会における議論の焦点となってきました。にもかかわらず、長時間労働に従事する者の割合は今なお先進国中トップクラスで、若者や働き盛りの過労死や過労自殺という悲劇も後を絶たないなど、日本の「働き方」問題に顕著な改善の兆しはなかなかみられません。
 そうしたなかで、安倍政権が社会・経済政策の目玉として「働き方改革」を掲げるようになり、マスコミ報道にも連日のように「働き方改革」という言葉が現れるなど、こうした問題に対する国を挙げての取り組みがようやく本格化してきたようにも見えます。が、それでもやはり、日本の労働社会における「働き方」には、まだまだ大きな変化はみられない、というのも、多くの人の実感ではないでしょうか。
 そんななか、IT企業サイボウズが20周年記念の特別企画として開設した、「働き方改革、楽しくないのはなぜだろう」と銘打ったWebサイトが話題を呼んでいます。そのコンテンツのなかでもとくに評判なのが、童話「アリとキリギリス」をパロディ化したアニメ動画です。これは、アリとキリギリスのキャラクターに、当世サラリーマン社会で「いかにもありがち」なセリフを語らせるという趣向のショートコントで、「働き方改革」が叫ばれ、「プレミアムフライデー」だの「女性活躍」だのといった花火は上げられても、「働くことの現実」はなかなか変わらない、という状況をチクリと風刺した、確かになかなか面白い動画作品に仕上がっています。
 ところで、同サイトには、この人気の動画以外にも、「働き方改革」に関連するさまざまなコンテンツが盛り込まれていて、それぞれに目を引くテーマが掲げられているのですが、なかでも興味深いのが、サイボウズの社長である青野慶久氏と、フューチャー株式会社社長の金丸恭文氏の対談です。この金丸氏は、政府の「働き方改革実現会議」議員で、いわば「働き方改革」の「中の人」ということになりますが、とりわけ印象的なのは、2人の次のような対話です。

青野:金丸さんは内閣官房の働き方改革実現会議議員として、日本の「働き方」にかかわる仕事をたくさんしていますよね。
金丸:していますね。大変です(笑)。
青野:やはり、大変ですか。
金丸:はい。例えば副業・兼業は青野さんも熱心に取り組んでいるテーマですけど、これは「自由な働き方をしよう」という前提があるから成り立つ概念です。その前提がないまま議論してもしょうがないですよね。
青野:今の日本には、まだその前提がない、と?
金丸:というのも、労働基準法では労働時間が1日8時間・週40時間までと定められています。
青野:時間外の労働時間についても、上限規制の動きがありますね。
金丸:はい、でもこれは逆の不安もあって。もし副業をしている人が、1社1日5時間ずつ、3社で働きたいとして、労働基準法や上限規制があると……。
青野:その働き方ができません。
金丸:自分でそれを望んでいるのに、です。今の労働基準法も、上限規制の動きも、「1つの会社に朝○時に来て、○時に帰る」という前提に基づいているんです。本人が望んで副業しているのですから、労働時間の合計に上限を付けるのは難しいですね。

 そして金丸氏は「働き方の未来を考えるにあたっては、一律のルールで管理するのはもう無理です、と。これからの働き方は多様なので、いろんなケースがある」と主張します。

ワークルールとは何のためにあるのか
 しかしこの対話、とりわけ金丸氏の発言は、非常に奇妙なものと言わなければなりません。そもそも、労働時間規制をはじめとするワークルールとは、基本的に「雇用する労働者の労働条件の最低限を守ることを、雇主(使用者)に対して義務づける」もの、つまり「労働者への規制」ではなく、あくまで「雇主への規制」だからです。同氏が言うような「労働者が複数の雇主の下で働くことによって総労働時間が長くなる」ことを規制する内容なども、少なくとも現行の労働基準法には存在しません。したがって、ここでの発言は、金丸氏が労働規制について大いに語っている割には肝心のその中身をよくご存知ではない、という気まずい事実をまずは暴露してしまっているわけですが、のみならず、ワークルールの本質に関する同氏の根本的な誤解、あるいは倒錯した理解をも端的に表現していると言わねばなりません。
 もとより、「働き方」を改善してゆくためには、単なる個々人や企業に対する意識改革の呼びかけなどにとどまらず、ワークルールの改革を進めることが不可欠となります。しかし、そのワークルールとは「労働者の自由」「自由な働き方」を縛るものであり、「働き方の多様性」を実現するためには、とにかく緩和ないし撤廃を目指すべきである、金丸氏の考え方を一言で表現するなら、このようなものになるでしょう。同氏は、働く者に「自由」を与えると称して、その実、雇主(使用者)にこそ労働者を「自由に」使用するフリーハンドを与えることを主張しているのであり、ここでは、本来、法制度によって制約すべきとされてきたもの(雇主の自由)と、保護すべきとされてきたもの(労働者の権利)が完全に逆立ちして認識されているのです。
 そして重大なのは、ワークルールをめぐってこのように倒錯した理解を示す人物が、政府による「働き方改革」政策決定の中枢のポジションを占めていることです。このこと自体、目下唱えられ進められようとしている「働き方改革」の危うい本質を如実に示すものと言えるでしょうし、さらに言えば、本来、国家権力の無制限な拡大や恣意的な行使に制約を加えることを基本的な役割とする憲法を、国家権力の行使にこそ限りない自由を与え、市民の自由に制約を加えるものへと名実ともに改変しようとする現政権・与党の考え方とも相似形であると言えます。自民党の改憲論に現れる国家主義的・復古的な政治路線と、労働分野をはじめとする徹底した規制緩和論に現れた新自由主義路線は、一見、異質なもののように見えながらも、実は一体となった、ヤヌスの顔のごときものであることは、こうしたところにも現れているわけです。

強い労働者と弱い経営者?
 しかし実のところ、金丸・青野両氏による、ワークルールをめぐる前述のような発言は、単なる「誤解」「無知」に基づいたものではないのかもしれません。というのも、件の対談のなかで、両氏は次のようにも論じているからです。

金丸:労働基準法のベースは、明治・大正時代の工場法だからね。「弱い労働者を守る」のが法律の目的で、そもそも現状とは大きなギャップが生まれてしまっている。いやいや、もうそんな会社、あんまりないです、って。
青野:経営者って今、弱いじゃないですか(笑)。辞められたら、会社を縮小しなきゃいけない。
金丸:今はもう、自由に転職できるからね。うちの会社もそうだけど、みんな転職サイトに登録しているし、そこから毎日のようにメールが来るわけだ。「あなたの正当な給与は」「待遇は」って。

 「『会社(雇主)に対して労働者が弱い立場にある』というのはもう過去のものだ、今では、労使対等どころか、むしろ雇主の方が弱い。労働者に過重な労働をさせたり理不尽な労務管理をする企業など存在しない」これが彼らの目に映る日本の雇用労働の世界のようです。なるほど、それなら、雇主の行動を規制し労働者を保護するワークルールなど必要ないというのも、むべなるかなです。
 しかし、今では労働者の立場がそんなに強くなった、というなら、なぜこれほどまでに「ブラック企業」の猖獗が社会問題となっているのでしょうか※1。なぜ過労死や過労自殺の悲劇が後を絶たないのでしょうか。なぜ違法な不払い残業が横行しているのでしょうか。長時間労働に従事する人は、みなそれを「好き好んで」やっているのでしょうか。公的な紛争処理機関に持ち込まれる個別労働紛争は、ほぼ全てが労働者側からの訴えによるものなのはなぜなのでしょうか。
 現代日本において雇われ働くことをめぐるこうした問題状況の一端を想起するだけでも、両氏の認識は噴飯ものというほかないことは明らかでしょう。そして「働き方改革」の「中の人」が、労使の力関係やワークルールについて示すこのような認識は、この「改革」なるものの危険な方向性をいっそう明瞭に示唆していると思われます。

倒錯した「働き方改革」に対抗する力
 実際、本年3月に、「働き方改革実現会議」によって策定・発表された「働き方改革実行計画(PDF)」という政府文書においては、この青野・金丸対談に現れた考え方をまさに体現するように、「副業・兼業」の推奨が内容として盛り込まれています。しかし、そもそも労働者は、今の仕事に加えて「副業・兼業」をしたいとそんなにも願っているのでしょうか。いや、確かに副業・兼業に関心をもつ人は、正社員のなかにも一定程度存在はします。副業や兼業を一律「禁止する」などという企業は、労働者個人の企業外での生活にまで介入するものとして「時代遅れ」とみなされつつある、というのもわからなくはありません。
 しかし、実際に副業・兼業を行っている労働者の大多数が、その理由として挙げているのは「収入のため」です。ということは、多くの労働者にとって、主たる勤務先である一企業において、十分な賃金が支払われ、十分な所得が保障されるなら、仕事以外の生活時間を削ってまで副業に精を出す必要はないわけです。してみれば、「副業・兼業の解禁」というのは、企業にとって体のいい賃金抑制策に他なりません。「うちはそんなに出せないから、カネが足りないのならヨソでいくらでもバイトをどうぞ」というわけです。このような意味をもつ「副業・兼業」を勧める「働き方改革」が、労働者の暮らしや健康のためになろうはずもなく、ワーク・ライフ・バランスの適正化をますます遠ざける政策であることにも、多言は要しないでしょう。
 しかしながら、この「副業・兼業」の推奨という、それ自体は非常に警戒すべき議論は、逆説的なことに、「今、働く者にとって本当に必要な政策や行動は何か」という問題にとって重要な論点を、はからずも投げかけるものになっているとも思われます。
 すなわち、より人間らしい暮らしのために、働き方(働かせ方)に制約を加えることを目的とした、労働時間規制を中心とするワークルールの改革(もちろん規制緩和ではなく規制強化)は、確かに喫緊の課題です。「高度プロフェッショナル制」導入などという、労働時間規制の撤廃に他ならない政策など論外であることも、言うまでもありません。しかし、たとえ労働時間規制をいくら強化しようとも、先ほどから述べているように、ワークルールの本質があくまで「使用者(雇主)に対する規制」である以上、「労働者が複数の雇主の下で働くことによって総労働時間が長くなる」ことを規制するものとはなりえません。そうしたなかで、企業に「副業・兼業の解禁」が奨励され、賃金の抑制・削減によって労働者にも副業・兼業へのインセンティブが生じるよう誘導されることになれば、個々人の労働時間は全く短縮されない、あるいはさらなる長時間労働がもたらされる可能性さえあるわけです。
 そのような流れを食い止め、さらに逆転させてゆくためには、労働時間そのものへの取り組みだけではなく、賃金引上げに向けた取り組みもまた不可欠だと言えるでしょう。そのために必要なこととしては、例えば最低賃金制というワークルールを強化してゆく(最賃額の引き上げetc.)ことによって、賃金の「底上げ」を図ってゆくことも、もちろん挙げられます。しかし、現に浮上しつつある「副業・兼業の解禁」が、主として正社員の労務管理における争点であることなどを考えれば、最低賃金を上回る賃金をうけとってはいても、安倍政権の経済政策下で実質賃金の目減りに苦しむ(それゆえ「副業・兼業」に惹かれざるをえない)正社員を含む広範な労働者の、より高い水準への賃金引上げをも目標としてゆくべきでしょう。
 さらに付言すれば、たとえ時間外労働への罰則付き上限規制などによって、労働時間の法規制がいくら強化されようとも、過大な作業ノルマといった問題が解消されない限り、外見上の「時短」は、持ち帰り残業、ヤミ残業、不払い残業などの増加をもたらすだけ、となりかねません。したがって、真の労働時間短縮を実現するためにも、仕事量や要員数を適正なレベルに規制してゆくことは不可欠な目標となります。
 そして、そのような目標は、最終的には政府・議会の決定するワークルールだけの力で実現するものではありません。それは、憲法第28条で保障された、労働者の団結権・団体交渉権および団体行動権に基づく、職場に団結の基礎をおく労働組合の力によってこそ実現するものだということ、「言わずもがな」のこととは言え、今の日本では忘れられがちなこの命題を、結びにかえて今一度強調しておきたいと思います※2

※1ここでは「ブラック企業」という用語を、問題の所在をわかりやすく示す語として人口に膾炙しているといった理由から、便宜上やむをえず使用しました。しかし私は本来この言葉は使用すべきではないと考えています。というのも、この言葉を使うことは、国際社会においては人種差別的な含意をもつものと誤解される危険があるからです。この点についての詳細は兵頭(2014)を参照してください。
※2団結の基盤として「職種」ではなく「職場」を強調していることの理由・意義については、兵頭(2012)・兵頭(2013)などを参照してください。

<参考文献>
兵頭淳史(2012)「労働市場規制と労働組合」『経済科学通信』129号
兵頭淳史(2013)「格差社会に立ち向かう労働組合運動再生の条件」『月刊全労連』192号(PDF)
兵頭淳史(2014)「「G企業」時代における労働政策と労働組合」町田俊彦編『雇用と生活の転換』専修大学出版局

◆兵頭淳史(ひょうどう あつし)さんのプロフィール

1968年大阪生まれ。九州大学法学部卒・同博士課程単位取得。
現在、専修大学経済学部教授、NPO法人ワーカーズネットかわさき代表。
専門は労働問題・社会政策。
著書に、『現代労働問題分析』(法律文化社、2010年)、『図説 労働の論点』(旬報社、2016年)など。
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