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生活保護問題をめぐる最前線の攻防 〜ジェットコースターの10年間

2017年9月18日



小久保哲郎さん(弁護士)

「法律はかざりか」
 今から10年前の2007年7月、北九州市で生活保護を打ち切られた50代男性が、「法律はかざりか」「おにぎり食べたい」という日記を残し、餓死死体で発見されるという衝撃的な事件が起きました。
 私が事務局長を務める「生活保護問題対策全国会議」(以下、「当会議」といいます。)という市民団体は、その直前の6月に設立総会を開いたばかりでした。当時、北九州市では、生活保護をめぐる餓死事件が3年連続で起きていました。「闇の北九州方式」とも呼ばれる困窮者を排除する福祉事務所の体制が問題視され始めていたところでもあり、発足間もない当会議は総力を挙げてこの問題に取り組みました。違法に生活保護を打ち切った福祉事務所長を保護責任者遺棄致死罪で刑事告発する等の取り組みをした結果、厚生労働省が保護の辞退強要を禁止する通達を出すなどの改善も見られました。
 それから止まらないジェットコースターのような日々が始まり、今年(2017年)6月、当会議は設立10周年を迎えました。私たちは、弁護士・司法書士等の法律家を中心とする団体です。この10年は、男性から突き付けられた「法律はかざりか」という厳しい問いかけに対し、必死の思いで「法律はかざりではない」と答えようと格闘してきた10年だったように思います。

追い風の前半、逆風の後半
 10年間の前半は、「反貧困」の旗印のもと貧困問題が可視化され、「貧困をなくそう」という社会のコンセンサスが醸成されていった5年間でした。2007年末の「生活扶助基準引き下げ」は反対運動の成果で先送りされ、2008年末から2009年年初にかけては「年越し派遣村」が取り組まれました。2009年夏の総選挙で民主党に政権交代すると、いったん削減廃止されていた「母子加算」が復活され、通院移送費を原則不支給とする局長通知も改正されました。
 しかし、10年間の後半は、一転して厳しい逆風にさらされた5年間でした。転機となったのは、2012年春、人気お笑いタレントの母親が生活保護を利用していたことを契機とした異常なバッシング報道です。このバッシングは、自民党の生活保護プロジェクトチームの片山さつき議員らが火をつけ、さらに油を注いで育てたものです※1。その結果、2013年には史上最大(平均6.5%、最大10%)の生活扶助基準の引き下げと生活保護法「改正」が決まり、その後、住宅扶助基準・冬季加算等が相次いで引き下げられてきました※2
 

声を上げれば社会は変わる
 この10年を通じて、私たちは、問題が起きるたびに声明や意見書を発表して記者会見を開き、集会やデモを企画してきました。私たちは、法律家や研究者が主体の団体なので、法的観点からの論理性、説得力を重視してきました。加えて、私たちの強みは、生活保護利用当事者、支援者、現場のケースワーカーなど実態を熟知する会員がたくさんいることです。メーリングリストや月1回の幹事会で活発な意見交換をすることで、現場の被害実態と法的論理性が融合した意見書等を適時に出すよう心がけてきました。運動の蓄積の中で、マスコミ各社に心ある知己のジャーナリストを得ることができ、諸政党の国会議員ともつながりができてきました。
 私たちは、こうした方々と連携しながら、この間、数々の厚生労働省の通知の改正や、法文修正などの成果を上げてきました。10年間の取り組みで学んだのは、「声を上げれば社会は変わる」ということ(逆に言うと、「怠慢をして声を上げないと事態は変わらず悪化する」ということ)です。

人間らしく生きる権利を求めて
 私たちは、今年6月、設立10周年を記念して、「人間らしく生きる権利を求めて〜ジェットコースターの10年間〜」(1300円(税込)+送料)を発刊しました。
 この本は、10年間の生活保護をめぐる攻防を、それぞれの運動の最前線にいた方々に分担執筆いただいてつくりました。執筆陣は、当会議を設立するよう発破をかけたクレサラ運動のリーダー木村達也弁護士をはじめ、北九州市の保護行政を内部告発した元ケースワーカーの藤藪貴治さん、「年越し派遣村」村長だった湯浅誠さん、住まいの貧困に取り組む稲葉剛さん、作家の雨宮処凛さん、ジャーナリストの水島宏明さん、漫画家のさいきまこさん、元生活保護利用者の和久井みちるさん、元日弁連会長の宇都宮健児弁護士、「下流老人」でブレイクした藤田孝典さん、朝日新聞、読売新聞、東京新聞の現役記者、精神科医の方などなど、幅広い立場の方々です。ありがたいことに40名近い執筆者の皆さんが、一人も断ることなく無償で、最前線の舞台裏と熱い思いを書き記してくださいました。
 運動によって政策が動いていった推移がリアルに描かれていますので、生活保護や社会保障に関心のある方や、分野は異なっても市民運動に取り組んでいる方など、多くの方々にぜひ読んでいただきたい本です。一般書店では取り扱っておりませんので、生活保護問題対策全国会議のHPから申し込んでいただくか、住所、氏名、電話番号、必要冊数を明記して072-970-2233にファックスでお申し込みください。 『生活保護なめんな』ジャンパー事件から考える
 2017年1月早々、神奈川県小田原市で生活保護担当職員が「保護なめんな」「不正を罰する」などと書かれた揃いのジャンパーを着て業務にあたっていることが発覚し問題となりました。その後、揃いのポロシャツ、マグカップ、携帯ストラップまで作られていたこともわかりました。
 小田原市のジャンパーは、生活保護利用者全体を不正受給者扱いして敵視するものであり論外なのですが、「見えないジャンパー」を着て、生活保護利用者を差別し威圧する福祉事務所職員は残念ながら全国に少なからず存在します。その意味で、これは小田原市だけの問題ではないと位置付けつつ、私たちは、同市に対して、直ちに公開質問状を発出しました。
 しかし、その後の小田原市の対応は異例なほどに迅速かつ誠実でした。「生活保護行政のあり方検討会」の立ち上げを表明すると、生活保護利用者の権利擁護に取り組んできた森川清弁護士と、当会議の幹事でもある元生活保護利用者の和久井みちる氏を委員として招聘したのです。そして、短期間に4回の充実した検討会を開催し、同年4月には素晴らしい内容の報告書を取りまとめました。
 検討会の中で、小田原市の生活保護行政に様々な問題があることが明確となり、報告書は、その一つ一つについて具体的な改善策を提示しています。その内容は、他の自治体の生活保護現場を改善するうえでも大いに参考になるものであることから、私たちは、「『生活保護なめんな』ジャンパー事件から考える」(あけび書房・1500円+税)を緊急発刊しました。
 小田原市の生活保護行政の問題点の分析や改善策が詳しく書かれているだけでなく、生活保護のしおりやホームページの具体的なチェックポイントなど、他の地域でも生活保護行政を改善する取り組みに活用できる内容となっています。

これからの10年も
 生活保護世帯の子どもの大学・短大・専門学校等への進学率は33.4%で一般世帯の73.2%の半分以下です。これは、国が、生活保護を受けながら大学等に就学することを認めておらず、生活保護世帯の子どもが大学等に進学すると生活保護から外し(「世帯分離」といいます)、保護費を減らす運用をしているからです。

 この運用については、子どもの貧困に取り組む超党派の国会議員連盟が改善を求めるなど前向きの動きもありますが、来年度(2018年度)は小幅な改善にとどまりそうです。貧困の連鎖を断ち切るため、「世帯分離」をやめ、生活保護世帯の子どもの大学等への進学を正面から認める必要があります。
 一方、来年度予定されている生活保護基準の見直しにあたって、「母子加算」がまた削減のターゲットとされています。生まれてから18歳までの子どもに支給される母子加算が削減されたのでは、大学進学希望というスタートラインにさえ立てない子どもたちが増え、生活保護世帯の子どもの大学等進学率が今より悪化するのが必至です。生活保護基準は、他の社会保障制度にも連動する「ナショナル・ミニマム」ですから、国民生活の土台を掘り崩す、これ以上の引き下げは阻止しなければなりません※3
 私たちは次の10年も、これまで通り地道に取り組んでいきたいと考えています。当会議の活動に関心をお持ちいただき、応援していただけると嬉しく思います。

※1このバッシングの問題点については、「生活保護、いま何が問題か」をご参照ください。

※2 この史上最大の生活保護基準引き下げに対しては、史上最大(現在29都道府県で900名を超える原告)の違憲訴訟(いのちのとりで裁判)が闘われています。詳しくは「いのちのとりで裁判全国アクション」のHPをご覧のうえ、応援をお願いいたします。

※3 私たちの主張の詳細は「概算要求にあたっての要望書」をご覧ください。

◆小久保哲郎(こくぼ てつろう)さんのプロフィール

1965年生まれ。京都大学法学部卒業。1995年大阪弁護士会登録。野宿生活者や生活保護利用者の法律相談や裁判に取り組んできた。現在、日弁連・貧困問題対策本部事務局次長、大阪弁護士会・貧困・生活再建問題対策本部事務局長、生活保護問題対策全国会議事務局長。
編著に「すぐそこにある貧困・かき消される野宿者の尊厳」(法律文化社、2010年)、「間違いだらけの生活保護バッシング」(明石書店、2012年)、「間違いだらけの生活保護『改革』」(明石書店、2013年)、「Q&A生活保護利用者をめぐる法律相談」(新日本法規、2014年)などがある。























 



 
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