法学館憲法研究所は、憲法を系統的に研究し、個人の尊厳の実現をめざす非政府組織としての自由な研究機関です

法学館憲法研究所

Mail info@jicl.jp
 
今週の一言
憲法情報Now
憲法をめぐる動向
イベント情報
憲法関連裁判情報
シネマ・DE・憲法
憲法関連書籍・論文
今日は何の日?
憲法Voice
研究所・客員研究員紹介
中高生のための憲法教室

憲法文献データベース
日本国憲法全文
リンク集
 
事務局よりお知らせ
賛助会員案内
メールマガジン
ご意見フォーム
サイトマップ

今週の一言

 

つくり、うたい、ひろめ、つなぎあう

2017年9月4日



森 理子さん(日本音楽協議会 東京都支部 事務局長)

 日本音楽協議会、通称『日音協』は、1965年に結成した労働者の音楽団体です。労働者が自らを表現する文化活動をめざし、『つくり、うたい、ひろめ、つなぎあう』を柱に活動しています。労働組合を母体として生まれましたが、今は個人会員制をとっています。あまり大きな団体ではありませんが、全国に15の地域支部をもち、私は東京都支部に所属しています。

原発事故から
 2011年3月11日、大震災の後の福島原発事故。震災は天災でも、原発事故は人災でした。
 安全で安価だと宣伝し、増やし続けた原発は国内に54基。今年、72回目のヒロシマ・ナガサキを迎えたわけですが、あの原爆の痛み、苦しみの冷めやらぬ中で、原子力発電を計画したこと、そして住民の分断を招いた強固な建設地指定と買収。計画から60年以上、商業稼働から40年以上経っていますが、発電後の放射性廃棄物『核のゴミ』の処理方法は未だ決まらぬままです。
 事故原発について現在もなお状況は明らかになっていません。除染ゴミのフレコンバッグは山積みになり、汚染水のタンクは林立しています。それらは中間貯蔵場所すら決まらず、風雨にさらされ、相次ぐ台風で破損し流され、何のための除染だったのか虚しい状態です。大気に、海に希釈され、忘れ去られるのを待っているのでしょうか。安倍首相は「状況はコントロールされている」と言って、オリンピックを誘致し、避難解除をすすめ事態の収束を刷り込んでいく…。真実が報道されないまま、コントロールされようとしているのは放射能ではなく、市民の『意識』なのだと感じます。

うたの出会いと金曜行動のはじまり
 2011年9月19日、『さようなら原発5万人集会』が、明治公園で開催されました。さほど大きな公園ではなかったのですが参加者は予想をはるかに超えて6万人が集結。デモは警察の規制もきつく、出発までにも延々待たされ、解散地の代々木公園まで4時間以上かかりました。私たち日音協は歌いながら歩きました。私自身、集会で歌うことはあってもデモで歌うのは初めての経験でした。
 この時にたったひとりで集会に参加されていた女性がいました。原発は危ない、その一心で参加し、公園の一角で歌う私たちに気づいたそうです。彼女は歌が好きで、歌っている私たちのそばで一緒に歩きました。そしてそのあと、私たちの金曜行動の中心となっていきます。
 2012年3月29日に首都圏反原発連合が官邸前抗議行動を呼びかけ、1か月をすぎるころから毎週の金曜行動として定着していきました。個人で参加していた仲間が偶然、前出の女性(この時はご夫婦で参加)と出会い、一緒に歌っています。彼女はそれまで社会運動の経験はなく、ただ純粋に『原発』への危機感から集会に参加し始めたそうです。日音協の金曜行動は彼女の参加にも励まされ2012年9月ごろから常態化し、以来欠かさず、誰かが歌っています。参加者が少ない日も、伴奏楽器の無い時もありますが、とにかく誰かは歌い続けます。悪天候や大集会直前で、金曜行動そのものが休止になった日も、『知らずに来る人がいるかもしれない』と、誰かしらは足を運び、もう250回を越えました。
 実は私たちは今まで、労働組合の動員を多々経験してきました。けれど金曜行動参加者は、やむにやまれぬ気持ちで国会前に集まってきます。たった一人で来る人、遠くから参加される人…。動員の時とは、気持ちの強さが異なります。シュプレヒコール、ドラムの音、思い思いのプラカード…。『歌』もその一つです。いろいろな表現の中、歌は、同調し共に表現できる利点があります。立ち止まる人に歌詞カードを渡し、一緒に口ずさみます。楽器を持っていて、演奏に加わる人もいました。自作の歌を歌っていく人もいます。シュプレヒコールの強さに慣れられず、歌があってほっとしたと言われたこともあります。
 常連になる人が増え、日音協という団体名におさまらなくなり、『反原発うたいたい』と名前をつけました。それまでの日音協の歌ばかりでなく、詩を持ち寄って曲付けを依頼したり、仲間のアピールに刺激されて新しい曲が生まれたりもしました。
 私たちの歌っている国会議事堂南側の緩やかな坂道は『茱萸坂(ぐみざか)』という名前がついています。時にひとりでいたりすると、通りがかりの人が「今日はひとりなの?」と声をかけてくれます。言葉を交わしたことがなくとも、歌があることは知っていてくれます。集会後、帰路に就く参加者を見送って歌いかけると、手を振り会釈を返してくれる人々。歌は、私たちはまだまだ諦めはしないよねという、互いへのエールです。



金曜日の茱萸坂(ぐみざか)にて

日音協のうた
 生活を歌う、労働を歌う日音協運動。『反原発』を含む反核、反戦・反基地、平和、護憲、労働…日音協の運動の中で、ひとがひとらしくあることを求める歌が、たくさん生み出されています。40年以上前、東京電力柏崎刈羽原発・東北電力巻原発建設反対闘争の中で、新潟の仲間が生みだした歌『座りこめここへ』は、別の労働闘争の中でも歌い継がれてきています。また、ここ数年では、歌詞をアレンジして、沖縄の辺野古新基地建設反対闘争の象徴的な歌となりました。辺野古で歌い始めたのは日音協沖縄県支部、沖音協の仲間でした。また、私たちが反原発を歌う時、テーマソングのようにしている『あたりまえの地球』も、30年以上前に反核・平和運動のなかで作られた歌です。作者は日音協の指導的立場にいらした窪田聡氏。凝縮し、昇華した言葉が、異なる場面でも思いを表わす手立てとなります。
 金曜行動を機に、街頭や集会の場の一角で、歌う行動が増えました。秘密保護法反対、沖縄の基地建設阻止…。2年前の安保法制反対運動の中では、東京都支部は山手線各駅での署名行動を行い、歌いながら訴え、また、ある仲間は連日国会正門前にギターを持って参加し、歌い続けていました。

 歌は記憶。忘れてはいけない想いをつなぎ、つなぎたい想いを持続してくれます。
 あなたもご一緒に歌いませんか?

『海にさかなが泳ぎ 空には鳥が飛ぶ
 そんなあたりまえの地球 いつまで残るだろう
 私たちの海と 海のさかなたちと
 私たちの空と 空の鳥たちと
 そんなあたりまえの地球 いつまで残るだろう
 そんなあたりまえの地球 いつまで残せるだろう』
(『あたりまえの地球』 詩・曲 窪田聡)

『我らは 平和を愛する諸国民の 公正と信義に信頼して
 我らの安全と生存を 保持しようと決意した

 日本国民は 国際平和を誠実に希求し
 国権の発動たる戦争と 武力による威嚇 又は武力の行使は
 永遠にこれを放棄する

 前項の目的を達するため 
 陸・海・空軍その他の戦力は これを保持しない
 陸・海・空軍その他の戦力は これを保持しない』
(『決意』憲法前文および第9条から  曲 市野宗彦)
日本音楽協議会

◆森 理子(もり まさこ)さんのプロフィール

長野県出身 
1980年〜2006年 保育士 
1980年から日音協運動に関わり始める。途中育児等で8年ほど休止期間があったが復帰。
現在「メーデー合唱団」、「Rico」(ソロ・オリジナル)、「あんくるん」(アジアの闘いをうたう)にて活動。金曜行動ではアコーディオン担当。
2015年より 日本音楽協議会 東京都支部事務局長



 



 
[今週の一言][憲法情報Now][中高生のための憲法教室][憲法文献データベース][事務局からのお知らせ]
[トップページ]