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小学6年社会科教科書における憲法の記述の問題点 

2017年8月7日



楾 大樹さん(弁護士)

 先週の「憲法がわかるおはなし『檻の中のライオン』」につづいて、今週も私が書かせていただきます。
 ここ数年、様々な憲法問題が起こりましたが、いまいちピンと来ていない方が多いように感じられます。そこで、先週書いたように、『檻の中のライオン』という本を出版したり講演活動をしたりしています。しかし、憲法の基本的な知識・理解は、小中高校で教わるはずです。教育現場はどうなっているのでしょうか。
 そういう問題意識を持ち、小中高校の社会科の教科書をひととおり購入して記述内容を調べてみました。今回は、小学6年生の社会科の教科書における憲法の記述の問題点について書いてみます。このほか、教員採用試験過去問において憲法がどのように出題されているかも検討し、大きな問題があると思いましたが、またの機会にしたいと思います。
 以下、東京書籍「新しい社会6下」、日本文教出版「小学社会6年下」、教育出版「小学社会6下」、光村図書「社会6」の4冊の教科書について論じます。

1 憲法というルールを守らなければならないのは誰か
 この問いに、「国民みんな」と答えてしまう方が多いようです。答えは憲法99条「天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ」。憲法は、公務員、つまり国家権力の行使に携わる方々が、仕事をするうえで守らないといけないルールです。権力を握った人は権力を濫用しがちだから、憲法というルールで縛っておくということです。憲法は、国民みんなが守りましょうというルールではありません(国民にも憲法尊重擁護義務があるかについては、拙著『檻の中のライオン』p63参照)。
 だから、憲法に書かれている様々な基本的人権を守らないといけないのも、まず第一に国家権力の側です。しかし、「基本的人権を守らないといけないのは誰か」について、小学校の教科書には以下のように書かれています。

◆東京書籍
 p45「わたしたちは、憲法の定める権利を正しく行使するとともに、おたがいの権利を尊重する態度を身につけるよう努力しなければなりません。そして、国民としての義務を果たしていく必要があります。」

◆日本文教出版
 p27「基本的人権を尊重するためには、自分の権利を主張するだけでなく、国民としての義務を果たし、他の人の人権を尊重する態度が大切です。」
 p29「わたしたちは、おたがいの権利を尊重し、共に理解し合うことにより、差別のない社会をつくっていくことが大切です。」

 人権を尊重しないといけないのは私たちのように書かれています。もちろん、「人権の私人間効力」、つまり私たち同士の「ヨコ」の関係でも人権を尊重し合わないといけないという話はありますが、その前に、国家権力と私たち、という「タテ」の関係を規律するのが憲法というルールです。そこが、きちんと教科書に書かれていません。これでは、憲法とはそもそも何のためにあるのか、誰が守るルールなのか、教科書をいくら読んでもわからないと思います。
 
◆教育出版
 p33「・・・このような問題(※差別など)を防ぐためには、国や地方の政治が努力するだけでなく、わたしたち一人一人も、憲法に掲げられた理想の実現に向けて、おたがいの人権を尊重し合う社会をつくる努力をしていくことが大切です。」

 まずは「国や地方の政治が努力」と書かれており、これならまあよいのかもしれませんが、この文章の直前には、就職や結婚の際に差別を受けるなどの問題について書かれており、やはり「私たち同士」が差別をやめましょう、というのがメインのように読めます。

◆光村図書
 p175「基本的人権を尊重する精神のもとに、全ての人が豊かに、人間らしく暮らせるような社会をつくりあげていくことは、政治の最も大切な役割なのです」

 他と比べて、最も的確な表現だと思います。が、その直後には、他社と同様、就職や結婚の際に差別を受けることがある問題について書かれています。

 ちなみに、教員採用試験においても、憲法99条は出題されません。『教員採用試験過去問シリーズ』2017年版(協同出版)で、中国地方5県の数年分の過去問を調べたところ、憲法99条は一度も出題されていませんでした。
 「誰が守らないといけないルールか」「何のために憲法があるのか」という最も基本的な事柄が、教育の世界では軽視されているのではないでしょうか。

2 「三権分立」について
 三権分立、国会・内閣・裁判所についてはどの教科書にも書かれていますが、「なぜ三権分立なのか」の説明は、教科書によっていろいろです。

◆東京書籍
 p39「国会・内閣・裁判所は、国の重要な役割を分担しており、その仕組みを三権分立といいます。」

 三権分立は、単なる役割分担でしょうか?会社の中でいろんな部署が役割分担しているのと同じでしょうか?そうではありません。
 別の教科書を見てみましょう。

◆日本文教出版
 p16「国の政治は、国会を中心に、内閣・裁判所の三つの機関が、一つのところに権力が集まることのないように仕事を分担して進めています。この政治のしくみを三権分立といい、日本国憲法に定められています」

◆光村図書
 p165「国の政治は、一つのところに力が集まることのないように、国会が行う立法、内閣が行う行政、裁判所が行う司法の三つの役割を分担して、仕事を行っています。これを『三権分立』といいます。こうした国の政治の仕組みは、日本国憲法に定められています」

 東京書籍とは異なり、権力は一つのところに集まってはいけないのだと書いてあります。
 ただ、なぜ一つのところに集まってはいけないのか、については書かれていません。権力は一カ所に集中すると濫用されがちで、権力の濫用によって人権や平和が脅かされることがある、憲法に基づいた政治が行われるように権力同士がチェックしあう仕組みが必要だ、という説明があってほしいと思います。

◆教育出版
 p16「日本では、国の政治を立法・行政・司法に分け、それぞれの仕事を国会・内閣・裁判所が分担して行っています。それぞれの機関がその役割を実行するとともに、おたがいの役割がきちんと実行できているかどうかを調べる役割をもつことで、一つの機関に権力が集中しないようにしています。このようなしくみを、三権分立といいます」

 きちんとしてないこともあるからお互いチェックしあう、ということが書かれており、他社と比べて、最も良いと思います。

3 全体の構成について
◆東京書籍
 まず「子育て支援の願いを実現する政治」という章で、政治の働きで子育て支援の取り組みがなされていること、それには税金が必要なこと、が書かれている(ここまで14ページ)。
 次に「震災復興の願いを実現する政治」という章が12ページ。
 つづいて「国の政治の仕組み」という章で、国会・内閣・裁判所について、それぞれ見開き2ページずつ計6ページ。
 最後に「わたしたちのくらしと日本国憲法」という章に入るが、この章の冒頭は「だれもが楽しめる公園」という小見出しで、大阪府堺市の「ユニバーサルデザインの考えで整備された公園」について2ページにわたって解説されている。その次のページでは堺市の市役所職員の方が登場され、堺市では千利休のふるさととして「おもてなしの心」をまちづくりに生かしていることなどが紹介されている。その次に、憲法の三原則につい7ページ書かれている。

◆教育出版
 まず「私たちのくらしを支える政治」という章で高齢者や子育てのための福祉や、そのために税金が必要なことが書かれ(8ページ)、その次に国会・内閣・裁判所についてそれぞれ2ページずつ計6ページ書かれている。
 次に「災害から私たちをまもる政治」という章が8ページ。
 最後に「憲法とわたしたちの暮らし」という章に入るが、この章の冒頭には、「だれもが使いやすい駅に」との小見出しで、駅にエスカレーターやエレベーターが設置されていることについて2ページ書かれ、その次のページから、憲法の三原則について6ページ書かれている。

◆日本文教出版
 まず「わたしたちの願いと政治のはたらき」という章で、政治のはたらきによって高齢者も安心して生活できること(10ページ)、社会福祉のために税金が必要なこと(4ページ)、国会・内閣・裁判所(2ページ)について書かれている。
 次に、「わたしたちのくらしと憲法」という章に入り、憲法の三原則が解説されている(12ページ)。その次に「災害の発生と政治のはたらき」という章が6ページ。
 最後に「大きくジャンプ」という発展学習のような体裁の見開き2ページで憲法について解説されている。このページに、王様が自分を批判する人を牢屋に入れようとする漫画があり、立憲主義、表現の自由、人身の自由について考えさせるような問題提起だけがなされている。

◆光村図書
 まず「みんなの願いと政治の働き」という章で、社会福祉と税金(10ページ)、国会・内閣・裁判所(6ページ)について書かれている。
 次に「暮らしの中に生きる憲法」という章で、憲法の三原則について10ページ書かれている。

(1) どの教科書も、まず政治というものがあり、政治の働きによって福祉制度が整えられている、という話から出発しています。しかし、論じる順序としては、まず私たちには生まれながらにして人権があり、それを確保するために政府を作って政治を委ねるのだという順序のはずです。上記の教科書はすべて、国家権力の方が先に存在しているような、逆の順序になっているように見えます。
 社会福祉については、生存権(憲法25条)など「社会権」(国家による自由)が憲法で保障されていることから、政治がこれを行わなければならないものですが、その前に、基本的人権の中核である「自由権」(国家からの自由)についての説明がほしいです。すなわち、国家権力を法で縛ることにより、私たちは権力から自由だということです。しかし、そもそも権力を法で縛るという「立憲主義」の説明が、どの教科書にもありません。民主政において最も重要な「表現の自由」についても、どの教科書にも説明がありません。
 教科書の書きぶりでは、まず政治というものがあり、そのおかげで私たちはいろいろやってもらえて助かっていて、だから税金を払わなければならない、という流れの後に、上記1のとおり「私たちはお互い人権を尊重しましょう、義務を果たしましょう」となっており、お国のおかげでありがたいだろう、お前らはいい子にしているんだぞ、というように感じられます。

(2) 憲法は授権規範であり、国会・内閣・裁判所は、憲法による授権によって存在しています(たとえば国会に立法権があることは憲法41条に書かれている)。しかし、どの教科書でも、国会・内閣・裁判所の説明は憲法の章に入る前に書かれ、憲法とは関係ないかのような章立てになっています。

(3) 憲法の章の冒頭で、教育出版では駅にエレベーターなどを設置する話、東京書籍では公園を作る話が、唐突に書かれています。
 教育出版では、それが法律によって税金から補助金を出して行われていることが補足的に説明され、だいぶ後のページで、それが憲法25条の要請であることが書かれているので、一応理解できます(唐突であるうえに、その前に福祉制度の説明はされているので重複していますが)。
 しかし、東京書籍では、憲法の章の冒頭で、なぜいきなり公園を作る話をするのか、どこにも書かれておらず、わかりません。おまけに、公園の話につづいて「千利休のおもてなしの心」などと書かれていて、もはや何の話をしているのだったかわからない感じになっています。憲法の章で千利休に言及したいなら、時の権力者豊臣秀吉によって千利休は大した理由もなく切腹を命じられた、このように権力は濫用されるのが歴史の教訓だから、権力者を法で縛っておかないといけないのだ、刑罰権が恣意的に行使されないように日本国憲法は刑事手続に関する規定を詳細に置いている、という話をすればよいのにと思います。

4 最後のまとめの設問 
 日本文教出版では、憲法の章の最後に、次のような設問が書かれています。
◆日本文教出版 p33
 「日本国憲法の三つの原則のなかから、これからの自分の生活で最も大切にしていきたいと思うものを一つ選び、どうしてそう思ったのかを書きましょう」

 国民主権、基本的人権の尊重、平和主義のうち、最も大切にしていきたいものを一つだけ選べと言われても、私は何を選んだらよいかわかりません。「自転車のハンドルとサドルと車輪のうち、大切にしたいものを一つ選べ」と言われても答えようがないのと同じです。どれか一つだけでは無意味で、全体として組み立てられて自転車として機能するから意味があるのです。
 拙著『檻の中のライオン 憲法がわかる46のおはなし』のはしがきでは、次のように書きました。「憲法は、『個人の尊重』『人権尊重』という目的に向かって組み立てられた、立体的な一つの構築物のようなものです。」
 憲法は、全体として一つのシステムです。憲法の基本原理はいろいろありますが、どれも不可欠なのであり、バラバラにして一つ選ぶのではなく、それぞれの原理がどのように関連しあって一つのシステムとなっているのかを理解することが重要だと思います。

5 おわりに 
 文科省検定済みの教科書が、なぜこのように変なことになっているのでしょうか。教育の世界については全くの門外漢ですが、関心が尽きません。
 ここ数年、私も含め全国の弁護士が、そもそも憲法とは何か、という啓蒙活動を行っています。が、本来、そんなことは学校で教わってみんな知っているということでなければならないはずです。ここ数年、政権を握っている政治家たちが、憲法をよく知らないまま権力を振り回しているように思います。このような事態を招いた根本的な原因は、学校教育や、教員養成課程、教員採用試験のあり方にあるのではないでしょうか。学校での憲法教育の仕組みが、長年にわたってきちんと確立できてこなかったのではないか、「憲法学」と「教育学」との橋渡しができてこなかったのではないか、という疑いを持っています。
 学校での社会科教育では、とかく「暗記」が重視されがちではないでしょうか。憲法前文を一言一句丸暗記させたりする学校もあるようです。しかし、一言一句丸暗記しても、あまり意味がありません。限られた授業時間を、条文の暗記に費やしてはいけないと思います。重要なのは、なぜ憲法というものがあるのか、どのような仕組みになっているのかを「理解」すること、そして、主権者として様々な問題を自分で考え、適切な行動ができるようになることが重要だと思います。
 憲法の出前授業を弁護士に依頼することもできますので、弁護士を教育現場で活用していただきたいと思います。
 また、拙著『檻の中のライオン 憲法がわかる46のおはなし』は、小学校高学年くらいから読めるように工夫したつもりですので、ぜひ学校教育で役立てていただきたいと思います。

 (拙著『檻の中のライオン 憲法がわかる46のおはなし
 

◆楾 大樹(はんどう たいき)さんのプロフィール

ひろしま市民法律事務所所長、日弁連憲法問題対策本部委員。
1975年 広島県生まれ
1998年 中央大学法学部法律学科卒業
2004年 広島弁護士会登録
2016年 『檻の中のライオン 憲法がわかる46のおはなし』(かもがわ出版)を出版
弁護士業務の傍ら、月数回ペースで「檻の中のライオン」の講演活動を行っている。
2017年度から、正進社の中学校公民資料集『公民の資料』に「檻の中のライオン」が掲載される予定。
「檻の中のライオン憲法条文クリアファイル」「檻の中のライオンTシャツ」など関連グッズも販売中。




 



 
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