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児童虐待の現状と課題を踏まえて

2017年5月8日



津崎哲郎さん(NPO法人児童虐待防止協会理事長)

1 はじめに
 日本でも戦前、児童虐待防止法が制定されていた事実は、あまり知られていない。1933(昭和8)年には、先駆者たちの尽力により、独立法として制定されたが、戦後は新たに制定された児童福祉法に吸収され、その後40年ほどは、児童虐待問題が社会的に意識されずにきたという経緯をたどっている。
 戦後、日本でこの問題に社会的関心が向き始めたのは、大阪の取り組みが契機になっている。1985(昭和60)年を過ぎたころから、大阪府や大阪市の専門職の間で児童虐待に関する研究活動が別個に始動しだした。筆者自身は当時、大阪市中央児童相談所の措置係長職にあったが、外部研究者を交えた有志による研究会を主宰し、その成果を『大阪市中央児童相談所紀要—特集 児童虐待の処遇について』にまとめて発表したのが1989(平成元)年である。
 これらと時をほぼ同じくして大阪府も医療・保健・福祉の有志が集まり、研究会を発足させて調査活動を実施、その成果を『被虐待児のケアに関する調査報告書』として発表したのが1989(平成元)年である。
 これらの研究会活動は後に合体してより裾野を広げ、児等相談所と弁護士の連携、民間団体の設立(児童虐待防止協会 1990(平成2)年設立)、全国組織の立ち上げ(日本子ども虐待防止研究会−後に学会)などへとつながっていくことになる。

2 児童虐待防止法制定前後の動き
 児童虐待の政策に大きな影響を与えたのは、2000(平成12)年に議員立法として成立した児童虐待防止法である。しかし、実務的には、その3年前、1997(平成9)年に発出された、厚生省児童家庭局長通知が、大きな意味を持っている。
 従来、児童相談所の援助のスタンスは、ケースワークが基本であることが強調され、保護者との良好な関係維持が求められていた。したがって児童福祉法の中には、一時保護の職権性、調査の権限性(立入調査)、施設入所の強制権(児童福祉法第28条)は用意されていたが、それが実務で活用されることは皆無に近い状態にあった。
 ところが、上述の児童家庭局長通知は、このケースワーク主義を改め、子どもの安全確保を最優先させ、そのためには保護者との対立はやむを得ないこと、そして行政機関に与えられた権限を有効活用するようにとの通知を行ったのである。
 実はこの通知の背景には、大阪の実践活動が大きく影響している。筆者が所属していた大阪市中央児童相談所では、1991(平成3)年から、児童相談所と弁護士がタイアップした権限に基づく児童虐待対応を積極的に実践し、多くの困難事例にこれまでにない成果を上げていた。これを積極的に情報発信することにより、保護者が関りを拒否するような困難事例には権限発動型のやり方の方が適しているとの主張を繰り返してきたのである。
 児童虐待防止の機運の高まりの中で、民間から児童相談所につないでも児童相談所がうまく対応できず、児童相談所への不信感が広がる状況に、厚生省は大阪の方式を注目し、上述の通知発出につながったという経緯を持っている。
 これらの機運の高まりを反映し、2000(平成12)年には通知内容を踏襲・強化した形で児童虐待防止法が制定、施行される。この法律の施行により児童相談所の業務は一変することになる。
 つまり、ケース数の著しい増大だけでなく、休日・夜間を含めた対応、保護者との摩擦・トラブル、複数対応体制、裁判手続き、一時保護所や施設などの受け皿整備、介入と支援のギャップ等々、これまでになかった事態が一挙に押し寄せ、業務のパンク状態に陥ることになる。

3 現在の対応体制確立としての2004(平成16)年児童福祉法等改正
 上記の混乱状態を解消する目的でなされたのが、2004(平成16)年の児童福祉法等の改正である。この改正の大きな骨子は、児童虐待への対応に、児童相談所と市町村という二元体制を持ち込んだことにある。
 つまり、虐待通告は双方が受理する形をとりつつ、児童相談所は主に困難ケースや保護を要するケースを受け持ち、市町村は在宅ケースを受け持つという役割分担を敷いたのである。ただしこの際、市町村が自ら支援をするというより、市町村傘下にある子どもに関わる機関のネットワークを形成し、その調整機関になって、支援そのものは各関係機関のチームで行うという設計を行っている。そして、ネットワークは要保護児童対策地域協議会として組織化し、全体に守秘義務をかぶせることで、各機関の情報の共有化を図る取り組みを推進して、個人情報保護法令の縛りを解いたのである。
 現在、全国で実施されている児童虐待への対応・支援は、このときの法改正で成立し、以降それが強化されてきたということになる。

4 児童虐待の現在の実情
 児童虐待を生じさせた家族の背景調査は、これまで全国規模、あるいは自治体で数多くなされていて、虐待につながる重要なファクターとして主には以下のような要因が指摘されている。
・貧困
・家族の社会的孤立
・保護者の未熟・不安定性・精神・人格的な障害など
・ひとり親・離婚・連れ子再婚(ステップファミリー)などの複雑な家族要因
・子どもの発達障害・遅れ・未熟児などの育てにくさの要因
・夫婦、親族関係等の相補性の欠如

 児童虐待が増え続けている要因として考えられるのは、一つには、取り組みの進展による意識の高まりや定義の拡大などによる潜在ケースの顕在化がある。しかし、単に虐待だけでない、より広い概念である養護相談(何らかの理由により家庭で養育できないという相談)の推移をみると、ここ20年ほどで4〜5倍くらいに増え、逆に少子化の影響で子どもの数は3割ほど減少していることが明確なので、日本全体で子どもを養育しにくい環境が広がっているという認識を持つことが大切になる。
 そして、その行きつくところが児童虐待に結びついているので、社会的孤立、貧困層の拡大、不安定な親の増加、複雑な家族の増加などが大きな要因として、とりわけ都市部で虐待そのものが増加しているととらえることが重要であると思われる。

5 予防対策の重要性
 虐待の対応に関しては、児童相談所や市町村などの体制強化、介入と支援の役割矛盾の解消、家族の改善支援の有効策、受け皿となる児童施設や里親などの拡充、家族再統合や自立支援の強化など、多岐にわたるが、ここではより重要とされている予防支援に焦点を当てておこう。
 厚生労働省も2008(平成20)年頃より予防支援に力点を置くようになり、とりわけこんにちは赤ちゃん事業(乳児家庭全戸訪問事業)や特定妊婦などの、早期から妊産婦家庭に関与して必要な家庭を支援に乗せていく取り組みの強化に努めている。
 しかしこれらの時間軸(縦軸)での予防支援以外に、もう一つ重要な予防支援が存在している。それは生活空間軸(横軸)での予防支援策の拡充である。多くの要保護児童対策地域協議会で援助を必要とする家庭を見ていると、様々な生活課題を抱え、グレーゾーンで生活をしている課題別のハンディ家庭が数多く存在していることに気付く。
 例えば、母子・父子家庭、夜間就労者家庭、DV家庭、ステップファミリー(連れ子再婚家庭)、貧困家庭、若年親家庭、障がい者家庭、外国人家庭、等々である。
 これらの家庭に対する効果的な予防支援策が十分でないところから、虐待につながるケースが数多く生まれてきている。本来、予防支援策を効果あるものにするためには、時間軸(縦軸)と生活空間軸(横軸)の双方が相まって効果を発揮することになる。だが、残念なことにこの横軸の予防支援策は、いまだ十分取り組まれておらず、今後国や自治体、さらには社会全体で、課題に応じた支援メニューの拡充がなされていく必要があることを強くアピールしておきたい。

◆津崎哲郎(つざき てつろう)さんのプロフィール

現在 公益財団法人 全国里親会副会長、社会福祉法人 大阪児童福祉事業協会 理事長、NPO法人 児童虐待防止協会 理事長、NPO法人 子どもセンターぬっく 副理事長、関西大学 客員教授。

昭和43年  大阪市立大学文学部社会学専攻卒業
昭和44年  大阪市中央児童相談所に勤務しケースワークに従事
以降 一時保護所長、措置係長、副所長、所長を経て、平成16年3月末で35年間勤務した児童相談所(現、大阪市こども相談センター)を退職
平成16年4月 花園大学社会福祉学部教授 児童福祉論を担当
平成27年3月 花園大学退任 同年4月より関西大学客員教授

これまで厚生労働省社会保障審議会児童部会委員、児童虐待等要保護事例の検証に関する専門委員、日本子ども虐待防止学会副会長などを歴任。
現在 京都府児童相談所業務専門委員会座長、京都府社会福祉審議会委員、大阪市社会福祉審議会委員、大阪市児童虐待事例検証部会座長、大阪市里親施策推進プロジェクト会議座長、等々を務める傍ら、養育里親として、平成28年7月に21歳になった里子(女)を18年にわたって養育してきた。

著書
「子どもになれない子どもたち」筑摩書房、「子どもの虐待」朱鷺書房、 共編著「児童虐待はいま」ミネルヴア書房、「子どもの回復・自立へのアプローチ」明石書店、他、論文等多数。





 



 
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