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今週の一言

 

植村さんと植村裁判を支える市民の会にご支援を

2016年8月8日



小野寺信勝さん(弁護士・植村隆氏名誉毀損札幌訴訟弁護団事務局長)

1 直接対決
 2016年4月22日午後3時30分、札幌地方裁判所805号法廷。朝日新聞元記者の植村隆氏が、自身の書いた慰安婦の証言記事を「捏造した」などと繰り返し非難するジャーナリストの櫻井よしこ氏及び出版社であるワック、新潮社、ダイヤモンド社に対し、損害賠償や謝罪広告等を求めた名誉毀損訴訟の第1回口頭弁論は、植村氏、櫻井氏がそれぞれ法廷で意見を述べる直接対決となった。
 「櫻井さんは、訴状にないことを付け加え、慰安婦になった経緯を継父が売った人身売買であると決めつけて、読者への印象をあえて操作したのです。これはジャーナリストとして許されない行為だと思います」
 植村氏は、法廷で櫻井氏のジャーナリストとしての姿勢をこのように非難した。植村氏の指摘は次のようなものだ。
 植村氏は1991年に元従軍慰安婦である金学順氏の証言を記事にした。櫻井氏はこの記事について2014年3月3日の産経新聞に「真実ゆがめる朝日報道」と題したコラムを発表し「この女性、金学順氏は後に東京地裁に訴えを起こし、訴状で、14歳で継父に40円で売られ、3年後、17歳のとき再び継父に売られたなどと書いている」にも関わらず、「植村氏は彼女が人身売買の犠牲者であるという重要な点を報じ」ていないと非難した。
 ところが、金学順氏が日本国に戦後補償を求めた訴状には人身売買されたなどどこにも書かれていない。つまり、櫻井氏は金学順氏の訴状に書かれていない事実を引用し、植村氏が慰安婦の真実を歪めて報じたという印象を強調しようとしたのである。
 他方、櫻井氏は、法廷での意見陳述で「『従軍慰安婦問題』と、悲惨で非人道的な強制連行の話は、朝日新聞が社を挙げて作り出したものであります」と、「慰安婦問題=朝日捏造説」を全面展開した。そして、「まるで運動家のように司法闘争に持ち込んだ植村氏の手法は、むしろ、言論・報道の自由を害するものであり、言論人の名に悖る行為ではないでしょうか。」と批判した。 
 まるでネットの言論をなぞるように朝日捏造説を滔々と述べ、事実に基づかない記事を平気で書く。どちらが言論人の名に悖るかは明らかだろう。

2 なぜ裁判に踏み切ったのか?
 櫻井氏は、意見陳述で「言論には言論」ともっともらしい理屈をもって司法に救済を求めた植村氏を難じた。しかし、櫻井氏の言説は「言論」といえるだろうか。
 
 櫻井氏の言説の一例を紹介する。

 「過去、現在、未来にわたって日本国と日本人の名誉を著しく傷付ける彼らの宣伝はしかし、日本人による『従軍慰安婦』捏造記事がそもそもの出発点になっている」「 植村隆氏の署名入り記事である」(雑誌WiLL2014年4月号)

 「植村氏は金氏が女子挺身隊として連行された女性たちの生き残りの一人だと書いた。一人の女性の人生話として書いたこの記事は挺身隊と慰安婦は同じだったか否かという一般論次元の問題ではなく、明確な捏造記事である」(2014年10月23日週刊新潮)

 「若い少女たちが強制連行されたという報告の基となったのが「朝日新聞」の植村隆記者(すでに退社)の捏造記事である。植村氏は慰安婦とは無関係の女子挺身隊という勤労奉仕の少女たちと慰安婦を結び付けて報じた人物だ」(2014年9月13日週刊ダイヤモンド)

 ところで、なぜ櫻井氏は植村氏の記事を「捏造」と断定するのか。その出発点となったのが1991年8月11日付朝日新聞大阪版の以下の記事である。

 思い出すと今も涙 元朝鮮人従軍慰安婦 戦後半世紀重い口開く 【ソウル10日=植村隆】日中戦争や第二次大戦の際、『女子挺(てい)身隊』の名で戦場に連行され 、日本軍人相手に売春行為を強いられた「朝鮮人従軍慰安婦」のうち、一人がソウル市内に生存していることがわかり「韓国挺身隊問題対策協議会」(尹貞玉・共同代表 、十六団体約三十万人)が聞き取り作業を始めた。」(1991年8月11日朝日新聞大阪版社会面1面)

 これが「捏造」批判の対象となっている記事の一つである。その主な論拠は、勤労動員する「女子挺身隊」と無関係の従軍慰安婦とを意図的に混同させて日本が強制連行したかのような記事にしたというものである。櫻井氏もこの論拠に依っている。
 しかしながら、植村氏が記事を書いた当時、韓国では「挺身隊」という言葉は「慰安婦」を意味し、日本のメディアもそれを踏襲していた。朝日だけでなく、読売、産経などの他紙も慰安婦のことを「挺身隊」と表記していたのである。
 過去の慰安婦報道を調べれば植村批判に根拠がないことがわかるはずであるし、せいぜい言葉遣いという枝葉の問題に過ぎない。
 つまり、櫻井氏は、植村氏を慰安婦問題捏造の象徴に祭り上げて意図的に批判を加えているのである。そして、櫻井氏は、植村氏が歴史修正主義者から「捏造記者」と苛烈なバッシングを受け、娘を「殺す」と脅迫され、勤務する北星学園大学も「暴力」に晒されるなかで、あたかもその流れに便乗するように、執拗に植村氏を攻撃し続けたのである。これは言論ではなく人身攻撃に他ならない。植村氏は司法に救済を求めざるを得なかったのである。

3 札幌訴訟の提訴と移送を巡る攻防
 札幌訴訟が提起されたのは2014年2月10日であり、裁判が始まるまで1年以上かかったことになる。それは提訴後、櫻井氏側が、植村氏が札幌訴訟提訴前に文藝春秋、西岡力氏(東京基督教大学教授)を相手に東京地裁に提訴提起していたことなどを理由として、東京地裁への移送を申し立てていたからである。
 札幌地裁は、櫻井氏側の移送申立てを受けて、事件を東京地裁に移送する不当決定を下した。しかし、植村さんは捏造記者という汚名を受け激しい誹謗中傷、更には脅迫まで受けている。こうした被害と社会的影響力のある櫻井氏の言説とは切り離して考えることができないはずである。弁護団は、札幌高裁に不服を申立てて植村さんの被害実態を繰り返し主張した。また、北星大卒業生の有志が短期間で2629通を超える署名を集めてくれた。こうした主張と活動が功を奏し、札幌高裁は東京地裁への移送を認めない逆転勝利決定を下し、札幌地裁で審理されることになった。これは裁判管轄に留まらない大きな勝利である。
 札幌訴訟は第3回口頭弁論期日まで進行している。現時点では櫻井氏の表現が「事実の摘示」か、「論評」かについて、それぞれの主張を整理している段階である。これは前者であれば櫻井氏は植村氏が捏造したことが真実であること等の立証が必要であり、後者であればそこまでの立証は必要ないことになる。極めて法技術的論点ではあるが、訴訟の帰趨に関わる重要な争点について、双方の主張を闘わせている。

4 市民に支えられて
 2014年は異様な年であった。同年8月5日、朝日新聞の「慰安婦問題を考える」・「読者の疑問に答えます」と題した検証記事をきっかけに巻き起こった朝日バッシングは、植村氏や北星大に飛び火して苛烈な「暴力」に晒され、大学は植村氏の雇用継続を決めかねていた。他方、報道機関の多くは火の粉が降りかかるのを恐れてか報道を自粛し、地元紙ですら北星大を取り巻く異様な状況を積極的に報じようとしなかった。
 こうした状況下で、暴力に毅然と立ち向かったのは市民であった。2014年10月6日、学者、ジャーナリスト、弁護士等が発起人となり「負けるな北星!の会」(略称マケルナ会)が発足し、国内外の賛同者は1000名以上に膨らんだ。また、同年11月7日には、北星大に届いた脅迫状に関して、全国の弁護士380名が札幌地検に威力業務妨害で刑事告発し、同年12月26日にも全国352人が告発人、全国の弁護士438人が告発代理人となり、北星大への電凸※1の模様を動画サイトで公表した人物を札幌地検に刑事告発した。暴力による言論弾圧、歴史の書き換え、大学の自治への圧力を許さないという社会の意思を示したのである。
 そして、植村氏の雇用継続に揺れ続けた北星大は、2014年12月17日に記者会見を開き、2015年度の契約更新を発表したが、記者会見で方針転換の理由について、マケルナ会の激励や弁護士の告発、弁護士会の支援表明などの支援を挙げた。
また、上田文雄元札幌市長や香山リカ氏らは、植村氏の裁判は報道・表現の自由、民主主義を守るための闘いであるとして広く支援を呼びかけ、「植村裁判を支える市民の会」を設立した(ブログで裁判期日等を詳しく報告しているので、ぜひご覧頂きたい)。
 つまり、植村氏は、慰安婦問題を否定したい人々にとっては慰安婦捏造の象徴であるが、私たちにとっては自由の象徴であり、植村裁判は日本の右傾化への抵抗なのである。私たちはこの問題を裁判と支援の両輪で抗していきたい。

※1デントツ。「電話突撃取材」あるいは「電話突撃」の意味で、企業・宗教団体・公的機関・政治家・政党などに対して電話し、それらの組織の活動(主に広報・報道など)について「組織としての意見を問いただす」行為のこと。インターネットスラング。

◆小野寺信勝(おのでら のぶかつ)さんのプロフィール

2006年弁護士登録。
北海道合同法律事務所所属。
自由法曹団、青年法律家協会、日本労働弁護団所属。
外国人技能実習生問題弁護士連絡会共同代表
日弁連人権擁護委員会技能実習問題PT嘱託委員
植村隆氏名誉毀損札幌訴訟弁護団事務局長



 



 
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