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#最低賃金を1500円に

2016年5月2日



橋口昌治さん(関西非正規等労働組合副執行委員長)

 昨年から急速に浸透し、主要政党の政策にも影響を与え始めた「#最低賃金を1500円に」というスローガンほど想像力を刺激する言葉はない。
 固定観念に囚われた想像力の乏しい人々は「そんなこと言ってないで働けよ」という反応をする。「時給が低くても長時間労働をすれば収入は増える」、あるいは「スキルアップしたら収入は増える」という考え方が背景にあるのであろう。こういった考えが、労働運動が弱くなり、個人の力で何とかサバイバルしないといけないという多くの労働者の実感にもとづいたものであることは否定できない。しかしそのような考え方こそ労働者の心身を蝕み、また日本経済を長年低迷させてきたと考える。
 日本の経営手法を語る際「良いものを安く」という言葉がよく使われてきた。それは確かに消費者の利益となり、日本企業の発展にも寄与してきたかもしれないが、商品に適切な値段をつけること、労働者に適切な賃金を払うことを後回しにすることにもつながってきた。その結果、企業も労働者も「薄利多売」の発想にとらわれてしまっている。財界はイノベーションが重要だと言いながら、「そのためには解雇規制の緩和や残業代を支払わなくてすむ制度が必要だ」という謎の要求を国にし、労働力を安く買い叩くことに終始している。また労働者も長時間労働や厳しい競争に身を投じ、労働力の「薄利多売」から抜け出せずにいる。そして賃金の低下と将来不安が消費を低迷させ、消費の低迷がさらなる安売りにつながるという悪循環に日本経済は陥っている。だからこそ賃金全体を底上げする最低賃金の引き上げが必要なのである。

Non Stop Kyoto撮影
 生計費調査を参考にした額である1500円まで最低賃金を引き上げ、「8時間働けば普通に暮らせる社会」を作ることによって、労働者は「底辺への競争」から解放される。また、所得が上がり生活への不安から解放されることは消費を喚起し、消費低迷による悪循環を好循環へと反転させる。そして地域社会にお金がまわるようになることは、地方の活性化にもつながる。
 さらに賃金の底上げは、労働生産性の上昇にも寄与する。労働生産性は付加価値額を労働投入量で割ることで算出されるが、労働投入量を減らさなくても(労働強化や機械化を進めなくても)、付加価値が上がれば(企業が値段を上げられれば)労働生産性は上がる。賃上げによる購買力の上昇によって企業が値段を上げられる環境が生まれれば、それは可能である。よく経営者から「生産性が上がらなくては最低賃金の引き上げは無理だ」というように、最賃引き上げにはさらなる労働強化が必要であるような物言いがなされ、労働者からも「最賃引き上げによって立場の弱い労働者が労働市場から排除される」と心配する声があがる。しかし最賃引き上げによって、買い叩かれてきた日本の労働者に適切な賃金が支払われるようになると考えれば、今までの働き方を維持したまま賃金を引き上げることも不可能ではない。
 一方、「最低賃金を1500円に引き上げたら倒産してしまう」という中小企業経営者の声は、決して想像力の欠如ではなく、リアルな実感に基づいた切実な声として受け止めなければならない。これに対しては、「#中小企業に税金まわせ」というスローガンが掲げられている。具体的な策としては社会保険料の減免があり、筆者の関わっているAEQUITAS KYOTO(エキタス京都)では「#経済にデモクラシーを!?最賃引き上げと社会保険料の減免で、みんな幸せになろう?」という企画を6月2日に行う予定である(詳細はフェイスブックページで)。
 このように最低賃金の引き上げは、日本の労働者の働き方、経済構造に大きな変化をもたらす。しかし、1500円まで最低賃金を引き上げ「8時間働けば普通に暮らせる社会」を作ることがもたらすものを、経済的側面でだけ語ることはもったいない。

※ここで一旦読むのを止めて「もしも最低賃金が1500円になったら」、「8時間働けば普通に暮らせる社会が来たら」、どのように生活は変わるだろうかと想像してみてほしい。

 以下の内容は、自分なりに最賃引き上げの影響を想像し、京都府地方最低賃金審議会で話したことをもとにしている。
 最低賃金審議会は、毎年改定される最低賃金の額を決めるところである。7月頃に中央最低賃金審議会が各都道府県の改定額の「目安」を発表し、それをもとに各都道府県で開かれる地方最低賃金審議会が改定額を決定する。審議会は、研究者などによる公益委員と労働組合(連合)の代表である労働者委員、経営者の代表である使用者委員から構成されるが、一般の人も意見書を提出し、審議委員に対して意見陳述を行うことができる。
 筆者も昨年意見陳述を行う機会を得たので、委員たちの前で「賃金が低いと離婚もできない」ということを話した。よく賃金が低いため結婚できない若者(男性)が増えていると言われるが、歴史的には、低賃金が女性を結婚に誘導し、また離婚をさせない圧力になってきた(離婚をすると収入が激減するため、離婚をせずにドメスティック・バイオレンスなどの夫の横暴に耐え続けている女性は多いであろう)。現在の結婚の輪郭をなしているのは女性が単身者として生きていくことが難しい状況であり、逆に言えば、世帯を形成せずに個人であっても生きていける社会では、これまでの結婚や家族、恋愛のあり方も変わる可能性がある。そこでは、結婚したい人はできるし、したくない人はしなくていい、また離婚も経済的な心配をせずにできる。そのような社会を実現することが人々に与える希望は計り知れないと筆者は考える。
 最低賃金を引き上げることは何よりも生存権を実現することであり、また日本経済を活性化させる有効な手段でもある。しかし「8時間働けば普通に暮らせる社会」ができることの影響は、それにとどまらない。そこでは、どのような会社でどのような仕事をしていても普通に暮らせるし、独身であっても離婚をしても普通に暮らせる。いわば「すべて国民は、個人として尊重される」という日本国憲法第13条の条文に経済的な裏付けが与えられた社会である。尊厳ある個人として人々が生きるようになっている社会では、もちろん人と人との関係も大きく変わるであろう。そのような変化を、日本が近代化をやり直すことであると言い換えられるかもしれない。

 …以上はあくまでも筆者の想像である。「先走りすぎだ」「大袈裟だ」という人もいるかもしれない。しかし長い期間にわたって低賃金に依存してきた日本社会を、最低賃金の引き上げが変えることは間違いない。その変化の全てを予想できる人はいないであろう。だからできれば一人でも多くの人にAEQUITASの運動に関心を持ってもらい、「もしも最低賃金が1500円になったら」という想像をしてもらえればと考えている。

◆橋口昌治(はしぐち しょうじ)さんのプロフィール

公正な社会の実現を求めるAEQUITAS KYOTOの活動に関わる。AEQUITASは「エキタス」と読み、ラテン語で「正義」や「公正」を意味する。東京と東海にもある。
AEQUITASの詳しい主張は下のページで読めます。
http://aequitas1500.tumblr.com
http://aequitas1500.deci.jp/minwage/1502/






 
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