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「下流老人」問題を考える

2016年4月18日



藤田孝典さん(NPO法人ほっとプラス代表理事)

 わたしが所属する「NPO法人ほっとプラス」では、「生活に困っているという方たちの相談は何でも受けよう」ということで日々活動しています。そのため、メールや電話、来所相談など、年間約500件の相談があります。そのうち65歳以上の高齢者が約半数です。
 相談内容は、「住宅ローンが返済できない」「家賃を滞納している」「家がぼろぼろになり、ごみ屋敷になっているがリフォーム代が払えない」というものや「医療費が払えない」「3食まともな食事がとれない」というものなどさまざまです。
 それから、年金受給日前、つまり偶数月の15日の少し前になると、弁護士から要請があります。月に1〜2件、高齢者が万引きや無銭飲食などをして、生活困窮を理由に「刑務所に入りたい」と言うのです。それは男女の区別なく、70、80代の人も来ます。要するに、生活困窮が原因で犯罪に追い込まれてしまっている高齢者も実際に現れているのです。
 相談内容からしても、若者から高齢者まで、本当にいろいろな人たちが生活困窮しているという状況にあります。とくに顕著なのが、「年金を受けていても生活できない」という人たちの姿です。ご夫婦2人で国民年金5万円や厚生年金10万円という低年金では暮らせません。年金だけではセーフティーネットが弱くなってきていて、暮らせなくなっている高齢者がたくさんいます。

 以前は、低年金の高齢者を家族が支えてくれていたり、退職金が入ってきたり、そもそも現役時代に働いた預貯金に金利がついて、ある程度、それが老後の資金になっていました。地域のつながりもここまで希薄ではなく、周囲に助けてくれる住民や知り合いもいました。 そうしたいくつも重なっていたセーフティーネットがなくなってきています。さらには、最近は大企業が地元の商店を潰してきているので、国民年金で暮らさざるを得ない元自営業者も含めて、多くの人が生活に困窮しています。
 中小、零細、自営業者の老後はかなり困窮していて、さまざまなセーフティーネットが弱まっているし、息子、娘の世代も親を助けられない。現役世代も自らの生活が大変なのです。非正規雇用4割の時代で、非正規雇用の人が大黒柱、家計の主軸になっていると、とても親の面倒まではみられません。正社員であっても子育てをしているなかでお金がかかります。今の家計から親を援助する費用を月額5万円から10万円出せる家庭がどれほどあるでしょうか。みんな一様に自分たちの生活で精一杯なのです。
 このような社会の変化によって、多くの人が貧困を経験することは珍しくなくなりました。貧困は社会構造的に生み出されている問題なのです。決して自己責任などではありません。2000年以降、雇用の規制緩和が始まって、非正規雇用も広がって退職金もない、福利厚生も削られてきた中、そのあおりを受けているのが、今の団塊世代から下の世代だと思います。
 私たちも相談を受け、家族に連絡したりもしますが、基本的には扶養できないのです。ほとんど生活保護申請せざるを得なかったり、自己破産の手続をします。政府は相互扶助、「家族でお互い支え合ってください」と言っていますが、現場を見る限り、もうそれは限界だと思います。
 それから、私が「下流老人」という言葉を作ったのも社会における所得階層を意識してほしいからでした。1970年代に「一億総中流」と言われていましたが、今もその意識が抜けていなくて、うちに相談に来る人は自分を中流だと思っているのです。明らかに下層で、生活自体が成り立たない人たちでも、「何とか2食、3食は食べられているから、まあ、私はまだいいほうですよ」「中流ですよ」とおっしゃるのです。
 多くの人に「ぼんやりとした中流意識」があるのです。自分は中流であり、普通でありたいという願望に近いのかもしれません。この意識が様々な政治改革なり、社会保障の充実をとめているのではないかと思っています。支援を求めなければ社会保障は充実しませんし、だからこそ次々に高齢者が貧困に落ちています。
 一億総中流というのは、1970年、80年代、政権側の意図ですが、「みんな同じぐらいのレベルで生活しているので、いいのではないか」ということで使われてきました。
 本当はそのときに貧困は拡大傾向にあったのですが、それをごまかすために、中流意識を植えつけたのです。この中流意識のメッキを剥がしていかなければいけないと思うのです。「下流」という言葉も、正確に言うと「下層」なのですが、あえて「下流」という言葉を使って、「中流だった人たちがみんな老後になったら突然下流になる」という形で打ち出したのです。幸いにもそれが多くの方に届きました。今、ぼんやりとした中流意識が、少しずつ霧が晴れている感じはします。

 日本はこの間ずっと社会保障は、ほとんどあってないようなものでした。家族と企業がいろいろ担ってきたので、社会保障の面だけ見れば、日本は先進諸国と比べるとかなり遅れている、鎖国状態と言っていいと思います。
 社会保障については、海外では100年ぐらい前から議論が始まっていて、少子化対策のためにどう再分配するか、住宅、教育にどうやって税金を入れていくかなど、幅広い議論をしています。日本はそうした先進国の議論も取り入れていません。憲法25条における生存権や社会権を行使していない国民が多数出ていても対策をとることはしていません。とことん困窮してから生活保護制度で一部分を捕捉するのみです。
 社会保障の議論自体が旧態依然としたもので、家族と企業が良くも悪くも担ってきたので、本質的にこれから社会保障はどうするのかということを考える時期に来ているのだと思います。
 高齢化にしても、日本はすでに1970年代に高齢化率が7パーセントを超えていたのに、手を打ってこなかったことが今に影響しています。確かに以前は家族が機能していたので、それほど問題が露呈していなかったことや、40年前と比べてかなり長寿化してはいるということあります。だから当時よりも深刻さを増して貧困が日本を席巻してきました。
 相談に来る80代以上の方は、「あと何年生きるのですかね」とよく言われます。健康で、足腰も丈夫、それはいいことなのですが、それを支えていくだけの金銭的なゆとりがないのです。「預貯金を使い果たしたら残りの時間はどうやって暮らしていこう」という高齢者がかなりいると思います。長生きすることがつらくなってくる。それがいまの日本の実態なのです。

 では何から始めたらいいのでしょうか。まず対策として、住まいの整備は大変重要だと思います。たくさん公営住宅を建てるには時間も費用もかかって、すぐには整備しきれないかもしれませんが、日本には空き家がたくさんあります。亡くなった高齢者が使っていた空き家などを「見なし公営住宅」に転換して活用する方法があると思います。住宅費さえかからなければ、何とか生活はしていけるという世帯は高齢者に限らず、全世帯で増えています。
 空いている賃貸住宅も、空き家にしておくよりは貸したほうがいいということで、フランスなどでは税制を変えるなどして国が活用しています。予算がそれほどなくてもできる政策はたくさんあります。そうした他国の政策を参考にしてほしいと思います。

◆藤田孝典(ふじた たかのり)さんのプロフィール

1982年生まれ。首都圏で生活困窮者支援を行うソーシャルワーカー。NPO法人ほっとプラス代表理事。聖学院大学人間福祉学部客員准教授。反貧困ネットワーク埼玉代表。ブラック企業対策プロジェクト共同代表。厚生労働省社会保障審議会特別部会委員。著書に『下流老人 一億総老後崩壊の衝撃』(朝日新聞出版 2015)『ひとりも殺させない』(堀之内出版 2013)など多数。




 
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