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今週の一言

 

国会決議と相容れない米国TPA法案

2015年4月20日



醍醐 聰さん(東京大学名誉教授)

様変わりしたTPA法案

 締め切り間際のこの原稿を書いているさなかに、TPP(環太平洋連携協定)交渉が重大な局面を迎えた。交渉進展のカギを握ると見られていた米国内での大統領貿易促進権限(大統領が条約や通商協定の合意を締結するにあたって議会が承認を与える権限:TPA)法案が4月16日、超党派の議員によって議会に提出されたのがそれである。重要なことは、今回のTPA法案の内容は、従来言われてきたTPAのそれとは一変していることである。
従来言われてきたTPAは、議会が政府に通商交渉権限を一任し、議会は政府が合意した通商協定について賛否の意思を議決するだけとされてきた。しかし、今回、提出されたTPA法案は上院・下院いずれかが合意内容に不満があれば政府に付与した権限を白紙に戻すという条項や交渉相手国に為替操作を禁止する条項も盛り込まれた。その結果、政府が合意したTPPの内容に議会が満足しなければ修正や再交渉を求める可能性もある。現に米議会はTPPで合意する関税の水準を米国と同等以下とするよう要求している。
 こうした米議会の強硬姿勢は4月15日から始まった日米実務者協議の場で現れ、米国は自国産の主食用米の関税外輸出枠(日本の輸入枠)を17.5万トンに拡大することを要求している。これに対し、日本は米国産の主食米について新たに5万トンの輸入枠を新設する案で交渉に臨む意向とされてきた。しかし、わが国の米の市場では数万トンの需給の変化でも大きく値崩れが起こると。そうした中で、かりに日本政府が米国向けにもくろむ5万トンの新規輸入枠をオーストラリアやベトナムなどからも要求された場合、今でさえ米価の暴落に苦しむ米農家に致命的な打撃を及ぼすことは確実である。

TPA法案を歓迎する政府首脳の発言は売国の極み

 米議会に新たなTPA法案が提出されたことについて甘利明TPP担当相は「一歩前進」と歓迎し、菅官房長官も「TPP交渉に向けた前向きの動きとして歓迎したい」と語った。両氏がわが国の聖域とした米など重要品目を交渉から除外するよう求めた国会決議を蹂躙するに等しい今回のTPA法案の内容を熟知したうえでそう語ったとしたら、売国的発言の極みである。
 ところでTPPに反対する多くの人々が指摘するように、TPPは農業分野の関税以外(非関税分野)でも問題が山積している。しかし、そのことを承知の上で言うと、農産品の関税率引き下げは農業・農家への影響にとどまらず、農業を主たる産業にする地方の関連産業や医療、教育、さらには地方行財政にも甚大な影響を及ぼすことを銘記しなければならない。
 いまさらの感はあるが、医療、交通、教育などの社会的インフラの整備状況は一定の密度の人口が前提になっているのが現実である。昨年、日豪経済連携協定(EPA)の大筋合意が発表されたとき、たまたま滞在していた岩手県の地元紙は「セーフガードを付けて段階的に関税を引き下げるというと聞こえはいいが、われわれはじわじわと生殺しされるのと同然だ」という畜産農家の声を伝えていた。地元の農協中央会幹部からは「このまま泣き寝入りは絶対できない」という言葉が返ってきた。
 私が高校生まで過ごした実家の地域でも、過疎化に伴い、近くにあった「国立病院」が閉鎖され、中核病院と謳われた隣の市の県立病院も勤務医不足で小児科が閉鎖の危機に直面している。同じ地域にある赤十字病院でも産科が休止され、医療崩壊の危機に瀕している。
 政府統計によると、1991年から2014年までに農家数は全国計で約238万戸減少した。都道府県別で見ると、減少率が大きかったのは鳥取県(△57.5%)、青森県(△57.4%)、北海道(57.2%)などだが、これらの道県では統廃合による小学校の減少が相次ぎ、鳥取県は△30.1%、青森県△38.6%、北海道△31.9%となっている。「地方創生」を看板に掲げた政府が地方衰退を加速させるTPPの合意促進にのめり込むのは悪い冗談で済まされない。
 TPP交渉は19日から東京で始まった日米閣僚協議、28日に予定されている日米首脳会談を前に重大な局面を迎えている。
 わが国会も、TPPのテキストの事前公開を要求するにとどまらず、米国のTPA法案を反面教師として、国会決議に反するおそれのある合意は国会の承認なしに認めないと決議して政府に突き付けてはどうか。私たち国民も国会決議を忘れたかのように交渉妥結にのめり込む背信の政権を断罪する意思を、来るべき後半の一斉地方選挙で毅然と示す必要がある。

◆醍醐聰(だいご さとし)さんのプロフィール

略歴
1946年5月 兵庫県に生まれる
1970年3月 京都大学経済学部卒業
1974年3月 京都大学大学院経済学研究科博士課程中退
1974年4月 名古屋市立大学経済学部助手
   以後、名古屋市立大学経済学部講師・助教授を経て、
1985年4月 京都大学経済学部助教授
1989年12月 東京大学経済学部教授
2010年3月 東京大学定年退職
2010年6月 東京大学名誉教授

1982年11月 経済学博士(京都大学)

主要業績(主な編著単行本)
 『公企業会計の研究』1981年、国元書房
 『日本の企業会計』1990年、東京大学出版会
 『自治体財政の会計学』(編著)、2000年、新世社
 『労使交渉と会計情報』2005年、白桃書房
 『会計学講義』第4版、2008年、東京大学出版会
 『消費増税の大罪』2012年、柏書房


<法学館憲法研究所事務局から>
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